13「孤児」

「おっちゃん、今日もなんかくれよ」

「ちっ」


 この世界に孤児は多い。娯楽のない世界だ。望まれない子供が多く生まれるのだろう。今、目の前にいる孤児は何度か見たことがあった。


 この世界では孤児や乞食に施しを与えることは一般的ではない。なぜなら数が多いから。一度恵めば際限なくやってくるだろう。それならなぜ彼らが生きていけるか、それは知恵とこの街の住人のやさしさだ。

 例えば街の住人の多くは孤児たちに直接食べ物を渡すことはないが残飯を分けて置いておく。もしこれ以上ゴミを漁り、散らかしたままにすれば孤児たちはたちまち街から締め出されるだろう。ここの孤児たちは残飯を漁るだけでなく自分たちの縄張りのゴミをゴミ捨て場まで運び、掃除までする。こうすることで街に居場所を作った。居場所ができることで仕事ももらえることもある。孤児同士でそういうことを教え合っている。


 俺は後ろの壁際に置いてある残飯を指さす。一応木を薄く削った紙のようなものの上に置いてあるが地面の上だ。


「ありがと」


 あいつらのことを哀れに思うが線引きは必要だ。なぜなら俺は食べ物を売る屋台の店主なのだから。ダシを取るのに使ったガラには多めに肉が付いていた。


「なあ兄さんまだやっているかい?」

「運がよかったな。あと二杯といったところだ」


 その男は歩いて旅をしてきたようで足元は酷く汚れていた。


「ふぅー、生き返るぅ」

「……」


 喜んでくれてなによりだ。男は余程腹が減っていたのか残りを全部もらうと言ってあっという間に麦粥を平らげた。


「うまいよ。最近食った中ではいちばんだ」

「褒めてもらえるのはうれしいね」

「ところでこの辺りは昔から孤児が多いよな?」

「そうなのか?俺は最近ここに来たばかりだから知らないんだが」

「オレが言うから本当さ。なにせ昔この辺りで捨てられたからな」

「……それは災難だったな」


 なんだ?世間話をしたくて居座るヤツはたまにいるがこいつはなにが狙いだ?


「俺はハンターをしててな。ここの麦粥がうまいと聞いて食べに来たんだ」

「そうか。評判になってるようでうれしいよ」

「ところで依頼をしたいのだがいいか?」

「なんだ?」


 あえてぶっきらぼうに答える。多分そこまでうまい話ではないだろう。


「孤児院で炊き出しをしてほしい。もちろん相応の金を出す」

「炊き出しなあ……」


 正直全く乗り気じゃない。炊き出しなんてして腹一杯食わせても所詮一時しのぎだ。根本的な解決は行政の仕事になる。


「素直に孤児院に寄付をしたほうがいいんじゃないか?」


 どうやらこの世界の子どもは五、六歳くらいから親の手伝いをする。孤児院に金があれば手伝いができる年齢まで育つ人数が増えるだろう。だが元孤児のこの男の考えは違うらしい。


「それでもだ。うまいもんを食った覚えがあればガキは欲が出る。オレはだから必死になれた」

「わかった、ただし金次第だ」


 男の稼ぎはそこまでではないようでモンスターの肉を提供する分、安くしてくれと言われた。よくもこんな稼ぎでと思うが志は立派だと思う。量を確保するため屋台で出す粥よりも手抜きで作った。ただし味付けは醤油ベースだ。


「昨日の粥とは違う匂いがするな?」

「お前が値切ったんだろ?店で出すものと同じにしたらもう銀貨5枚は請求してるぞ」

「味見させてくれないか?」

「注文を付けるなら金を取るからな?」

「……うめぇ。安く作れるならなんでこっちを店で出さないんだ?」

「こっちにも事情があるんだよ」


 伯爵のおっさんの嗅覚が犬並みだったのは例外だろう。だが街中でこんな特徴的な匂いを漂わせていたら、あの時の二の舞になってしまうかもしれない。まあここでなら多少変わった料理を作っても噂になりはしまい。ちょうど金が溜まって次の街に行こうと思っていたところだし。


「おいしいよ」

「「おいっしー!!」」

「この粥の作り方を教えてもらえないかい?」

「簡単な作り方ならいいぞ」


 孤児院でも麦粥を作っているらしいがここまでおいしい麦粥は食べたことがないそうだ。確かに素人には動物の骨からダシを取るのは難しいのかもしれない。手間は掛けれるみたいだからそれなりに本格的なダシの取り方を教えてやった。モンスターの骨やスジ肉はハンター協会に頼めば譲ってくれるかもしてないとも付け加えた。


「あっ、確かにおいし~い」

「ちょっと、大人は食べちゃダメでしょ」

「あーアンだぁー」


 知らぬ間にアンと呼ばれた女性が立っていて麦粥を食べていた。だが孤児院の子どもたちはアンのことを知っていた。


「ただいま。みんな」


 アンをよく見ると歩き方が明らかに変だ。彼女の左足は義足だった。

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