11「ラーメンが食べたい」

「ミノタウロスの香草焼きウクレス風でございます」

「はぁ~いい香りだぁ~。流石は美食のテリュス・ヒロン伯爵家っ!」

「お褒めに頂きありがた~き幸せ」


 テリュス・ヒロン伯爵家は帝都に向かう交通の要所。代々伯爵家は同格の伯爵、辺境伯や侯爵、公爵をもてなすことでその地位を確固たるものにしてきた。料理の質が上がることはその政治力に直結するものだ。金にモノをいわせて高ランクのモンスターの食材をふんだんに使い客人をもてなす。


「香草焼きウクレス風ってなんだよ……」


 俺はラーメン屋だぞ。異世界でフランス料理の名前をゴリ押しするには限界がある。醤油を使った料理を遠い異国のウクレスの名前を騙って出していた。この世界のモンスターの肉は大抵クセや臭みがあるからハーブは必須。たいていが香草〇〇ウクレス風になってしまう。


「ラーメンが食べたい……」


 ラーメンを試作していてできた料理がある。それはパスタだ。中華麺にはかんすいが必要だ。独特な匂いとあのコシがないとラーメンじゃない。『食材鑑定レベル4』を以てしてもその代替品が見つからなかった。

 伯爵家にいることで品質のいい小麦が使えるのはうれしいが自由に外を出歩けないし、使える食材の種類にも限界はある。最近レベルも頭打ちになっていた。どうやら何度も同じ人間に食べさせるだけでは『経験値』のようなポイントは得られないようだ。新たなスキルは食の安全を保障する『殺菌・無毒化』だけだった。


「しばらく獣人を見ていないな」


 伯爵家の人間やここで働く者たちの中に獣人はいない。ここに訪れる貴族たちやその従者も人間だった。なぜ?この帝国の皇帝一族は獣人と人間の混血だ。当然帝国全土で差別など認めるはずはない。隔世遺伝的に人間同士でも獣人が生まれることが多いので、もし差別なんてあったら大変なことになるだろう。


「いや、俺には関係ない話か」


 料理に関しては試作を含め自由にさせてもらっている、ただそれだけだ。門番を含め何人かが俺が変なことをしないか見てやがる。まるで水槽に入れられた魚みたいな飼い殺しだな。

 他の貴族の訪問が十回になる頃、たまたま『純血派』という言葉を聞いてしまった。



   □   □   □   □



 一年が経った。オリーブオイルっぽい植物油のおかげで料理もレパートリーが増えた。醤油がなくても十分な料理が作れるようになった。つまり俺がいなくてもできる料理が増えたのだ。

 現代知識というチートのおかげだが俺は食文化を変えた大天才ではなかろうか?


「…………。……煙たい!!?」


 いつものように使用人の住む屋敷で寝ていたら何かが焼ける匂いで目が覚めた。赤い光が差し込んでくる、伯爵家の母屋は炎に包まれていた。


「うわあああああああああああああああああ」

「伯爵さまぁああああああああああ」


 あんなおっさんでもそれなりに慕われているらしい。屋敷を見て取り乱す者が何人もいた。しかし俺のように無理やり連れてこられた人間はそんな場合ではない。容疑者として吊るし上げられる前に逃げなければいけない。

 混乱の最中逃げるのは簡単だった、門番もいなかった。俺は朝イチに商業組合に駆け込み、預けていた金を全額引き落とした。実は俺はまだ伯爵から金を受け取ったことがない。いい加減金を寄越せと思ってたのにタダ働きになっちまいやがった!


「マジでこれからどうすんだ?」


 とりあえずやるべきことは逃げること。名前を変えて商売すれば俺自身は見つからないが屋台は目立つだろう。最低でもこの国を出ないといけないな。


「どうせなら海の食材を使いたいな」


 情報を集めたところ、東に向かうとサエリセス王国という国があるらしい。地図を見ると子供の書いた落書きのようだ、距離は分からない。人々に距離を聞いて回るも、人の足で四十日というアバウトさときたものだ。だが途中で金が尽きようとも俺は行くしかないのだ。

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