9「香ぉばし~い匂い」

「う~ん、う~ん」

「ちょっと兄さん、冷やかしなら帰ってくれよ」

「このポパオを四束くれ」

「決まってるのになにをそんなに迷ってたんだ?」

「ちょっと悩みごとがあってな」


 もちろん嘘だ。市場で『食材鑑定レベル1』を試していた。この能力は食材のマズい部分が分かるという能力だ。弱毒があったり火をしっかり通さないといけないなど注意深く見ると細かい記述も表示された。この能力を得る前は元の世界の品種改良された野菜や肉を基準に考えてしまっていた。しかし能力のおかげで俺自身も食材の扱い方が上手くなった。

 屋台は繁盛した。屋台としては高い値段設定だがリピート客が多かったのが大きい。『食材鑑定』はすぐにカンストのレベル4まで上がった。


「醤油きたぁ~!!!」


 でも目立つといけないから黒狼のやつらと俺が食べるときにしか使えないな。肉じゃがモドキにも挑戦した。

 そんなある日事件は起こった。いつものように黒狼のやつらに夕飯を振舞っているときだった。


「お邪魔するわ~ねぇ」

「なんだぁ?あんたらは?」


 近づいてきたのは明らかに身なりのよい人物とその護衛らしき三人だ。その身なりのよいオネエ系の男は警戒モードの黒狼の遠吠えを無視して俺の屋台にどんどん近づく。


「まて……っ!!」


 今にも飛びかかりそうな形相のガリウスをメアとノアの二人が止めに掛かる。この人物が只者ではないと察したのだろう。どうやら目的は俺なようだ。


「う~んっ。これぇじゃ~ないわねぇ」

「あの~、わたくしになにか御用でしょうかぁ?」


 とりあえず下手に出てみよう。護衛の人もこっちを睨んでいるし。


「最初にあの香ぉばし~い匂いを嗅いだときぃ、たしかぁにアナタの屋台からだったわ」

「!!?」


 こっわっ!!今まで道化のような雰囲気だった男はいきなり大蛇のように俺の目を捕えた。


「でぇもね。屋台を探らせてもあのぉ匂いらしき料理は出てこ~ない。ならこうして街外れでこっそ~りC級ハンターた~ちと食卓を囲んでいるときなぁらって思ったんだけどぉ」


 全員がまだ自分のことをなにも話さないこの男に飲まれてしまっている。目力が強く独特の雰囲気があったからだ。


「でも、かっくし~ん。アナタ、お持ち帰りけってぇ~い♪」

「「「は?」」」


 ザッ、足音が聞こえたと思った瞬間。ガリウスとノアとメアは吹き飛んでいた。


「え」

「どうやら抵抗しそうな雰囲気でしたので」

「あっ、あ……」


 マムルは目の前で仲間が吹き飛ばされて激しく動揺した。


「殺さなければ問題ないわぁ~。さあ~て来てくれるわ~よぉね~?」

「……はい」


 俺はルナイ・テリュス・ヒロン伯爵に拉致された。他に選択肢はなかった。そうしなければ黒狼の連中を一人ずつ殺して俺を頷かせたと思う。屋台はあえて置いてきた。ただしフェイクに買っておいた空の甕だけ持っておき、その中に醤油を作った。


「その液体があの香ぉばし~い匂いの正体?」

「はい」


 ルナイが目をギラギラさせて俺に問いかけてくる、怖い。


「その作り方を教え~るなぁら解放してあげて~もいいわ~よ」

「そんなことをすれば俺は殺されるかもしれない。ルナイ様でない人物に。だから俺があなたの下で料理を作る、それで勘弁してください」

「まぁい~でしょ。この美食家、ルナイ・テリュス・ヒロンの使用人とぉして働ぁくことぉをゆるしまぁす」


 俺は最悪の形で貴族に仕えることになった。

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