言葉で語り得ないなら魔法で伝えるしかないじゃない!

江倉野風蘭

言葉で語り得ないなら魔法で伝えるしかないじゃない!

 魔法使い。

 素手の正拳突きでコンクリートの壁を粉砕し、呪文一つで高層ビルを爆破する──私こと深川ふかがわナツミがそんな生き物になったのは、大学に入ってすぐの頃だった。

 指導教員となった女性の教官が魔法使いで、『才能ありそうだからやってみましょうよ、魔法使えたら将来食いっぱぐれないし、ねっ?』と半ば強引に誘われたのだ。当初は(なに言ってんだこの人……)と指導教員の変更を考えたが、まあ何やかんやあり、ついに私は〈弟子〉となったのだった。

 そして学業の傍ら、その人が所属するという魔法使いの特務機関にも籍を置き、訓練を受けたり、夜な夜な悪い魔法使いをしばき倒したりなどして、それなりに充実した魔法使い生活を送っていたのだが……。


 教官は死んだ。


 件の特務機関も一枚噛んでいたという極秘の軍事研究プロジェクト。詳細は組織の最高機密に指定されており、私も未だに知らされていない。

 教官はその計画に参加し──実験中の事故により、文字通りこの世から消えた。物理的に蒸発したのだ。私が三年生の頃であった。

 たったの二年で何が学べただろう。学問も、魔法も……その他色々な人生のことも、もっともっとあの人から学びたかったのに。

 あの人は、私を置いて逝ってしまったのだった。最期に聞いた言葉は『お土産楽しみにしててね!』だった。


 それから十一年の時が経った。


§


「えっ……?」

「あら!」


 私が現場に到着すると、そこにいたのは十一年前に死んだはずの教官だった。

 すらりと伸びた長い肢体に、瑞々しい白い肌。青いリボンで一つ結びに括られた長い黒髪。そして神秘的な光を湛えた、虹色の瞳。

 とても一児の母たる経産婦とは信じがたいあの美貌の魔法使いが、海を背にして立っていたのだ。


「お久しぶりね、ナツミ」

「なぜ……ここに……」


 横須賀の某所に夜ごと怪しい輩が出るので、行って様子を見てこい──と言われて来てみれば、その輩の正体は教官だったと。そういうわけだ。

 私と同じ黒い軍服に身を包んだ教官は、少女のように微笑んで言った。


「髪の色が違うから、一瞬誰かと思っちゃった」

「はは……。ストレスで白髪になっちゃったんで……開き直ってがっつり染めたんです」

「そっかそっか。でも可愛いじゃない。よく似合ってるわ」

「それはどうも……」

「相変わらず背もちっちゃくて可愛い♡」

「そっちは褒めてくれなくていいんですよ」

「ふふっ、ごめんごめん。…………」

「…………」


 会話は長続きしなかった。

 言ってやりたいことなら山ほどあった。十一年間どこで何してたのかとか、あの計画は何だったのかとか。教官が”死んだ”せいでみんなの人生が散々になったこととか。

 けれど私は何とも言えなかった。言葉がまとまる気がしなかったから。何をどれだけ語っても、どんな言葉を選んでも、決してその本質を表現しきることはできないだろうと思われたから。

 しかしだからと言って、その感情を全部呑み込んで冷静になり、胸にしまっておくという選択が取れる気はしなかった。

 腹の中で火がついた。頭の中で際限なく言葉が湧き出てきて、その火に焼べられていった。まるで古の時代の蒸気機関のように。


「……ねえ、教官」

「…………」


 教官はただ微笑んでいた。海風がその長い髪を揺らした。

 けれどその風は、私のところまでは届いてこなかった。

 ……気がつけば私は、チタン合金製の魔法の〈杖〉を抜いていた。

 こんな時にはどうするべきか魔法で語れ。それを教えてくれたのは他でもない、いま目の前にいるこの女性だ。だからその通りにする。


「とりあえず、本部までご同行いただけますか。立ち話もなんですから」

【Main system: Activating Combat Mode】


〈杖〉の合成音声が脳内に直接響いてくる。

 腹の中で滾る火炎の魔力が思考を沸騰させていき、沸き上がった私の思考が魔力の炎を噴き上がらせていく。

 殺すつもりで行かねばあの人には勝てない。いや、殺すつもりぐらいじゃ勝ち目はない。細胞の一つまで焼き尽くし、DNAの一片まで炭に変えるつもりで挑まねば。

 教官もまた自分の〈杖〉を起動し、その虹色の魔力を呼び起こした。圧倒的なエネルギー量が大気をビリビリと震わせ、あたかも地鳴りがしているかのような錯覚を私に引き起こさせた。


「ついていくのはいいけど、ただじゃ捕まってあげないわよ?」

「望むところです。……教官ッ!」


 ──そして私の方から、火蓋を切った。


§


 そして。


「おぉおおおおッ!!」

「…………」


 十分以上経っても決着はついていなかった。

 私がいくら攻撃を仕掛けてもいなされ、かわされ、跳ね返される。

 最初は私も戦いに夢中だったが、いい加減もう気づいてしまっていた。ということに。

 私は本気だ。言葉では語り得ないことがあるから魔法によって表現している。

 何もかもが本気の想いだ。本気だからこそ言葉なんかでは表現しきれない。何をどう語っても陳腐になる、それ故に〈杖〉を執って戦うのだ。この魔法の業火は訴えなのだ。

 それなのに教官は、ただ、受け流すだけ。まともな反撃をしてくるわけでも、尻尾を巻いて逃げてしまうわけでもなかった。

 まるで暖簾に腕押しだった。何なんだ、これは。この虚しい営みは。まるで届いていないのに、必死になってる私が馬鹿みたいだ……。

 そう思ってしまった時、自然と私の攻撃の手は止み。


「隙あり!」

「──ぐううッ!?」


 代わりに、教官が私に攻撃してきた。みぞおちへの正拳突きだった。

 初めてまともな攻撃をもらった。息苦しくなり、吐き気がこみ上げてきて……やっとこっちを向いてくれた気がした。

 だから、思い切って訊ねた。


「……そうやって反撃するタイミング、何度もありましたよね」

「ええ。百回以上はあったわ」

「だったら何故スルーしたんです?」

「そうする意味がなかったからよ」

「……は?」


 何を言ってるのか分からなかった。

 私の想いを真っ向から受け止めることに、意味が無い。言葉では語り得ない私の本気に──受け止めるだけの価値が無い、と。そう言われている気分になった。

 頭が真っ白になるかと思った。視界が滲んだ。十一年ぶりに涙が零れそうになったが……そうなる前に、教官は続きを言った。


「ナツミ、あなたが伝えようとしたことは分かったわ。強くなった、寂しかった、悲しかった。……でもそれって、あなたが本当に伝えたいことなのかしら」

「私が、本当に伝えたいこと……?」

「そう。今までのあなたの攻撃ことばは枝葉にして末節。私はそんなことを聞きたくて現れたんじゃないのよ。だから早く本題に入りなさい」


 本当に伝えたいこと。本題。

 教官が私の攻撃ことばを無視していたのは、それを引き出すためか。

 ……私は。

 本当は、何が言いたいのか……。


「私は……」


 ……私は、強くなった。教官が”死んで”からもずっと鍛錬を続けていた。色々な魔法使いと戦って経験を積んだし、自分で新しい魔法の開発までした。組織での階級だって上がったし、弟子もいる。今では私も〈教官〉なのだ。

 私は……寂しかった。もっと教官と一緒にいたかった。教官と出会い、色んな場所へと連れ回される毎日は最高に楽しかった。成人した私が初めて飲んだ酒も教官の奢りだった。あのハイボールの味は一生忘れないが──それが過去の思い出になってからの十一年間は、致命的に精彩を欠いていた。

 私は……悲しかった。教官が”死んだ”こともそうだし、その後に起きたこともだ。教官が”死んだ”おかげで、私のみならず皆の人生が滅茶苦茶になった。ある仲間は心を病んでテロリズムに堕ち、別の仲間がそいつのテロ攻撃で命を落とした。そして私がそいつを始末し、ケリをつけた。仲間同士で殺し合いなどしたくなかったのに。

 私は、私は、私は……。


「教官、私は……」

「…………」


 立ちはだかった教官が、その虹色に輝く瞳で見下ろしてくる。

 優しくも厳しい、師の眼差し……ああ、そうだ。この目だ。

 分かった。私がどうしたかったのか。私は、教官、貴女の──!


「おァあああああ──────ッッ!!」

「っ!! ……やっと……本音が、聞けた」


 ──胸に埋もれた私の頭を、教官はそっと撫でた。

 そして私の右手が握るのは、未だ脈を打つ心の臓。教官の、心臓。

 指の先から炎を発し、火に包んでゆっくりと焼いていく。


「本懐は遂げられた?」

「……はい」

「そう。なら、よかった。……ごめんね、ナツミ」


 私の炎は燃え広がり、教官の身体を焼いていった。

 ああ、そうだ……。私はずっとこうしたかったんだ。十一年間。

 言葉では語り得ない。けれど、この血と灰と煙が物語っている。

 ……燃え尽きた教官を、教官だったものを、海風が静かに吹き飛ばしていった。


§


「……かん! 教官!」

「……ん……」


 可愛い弟子の声に呼びかけられて、私は目を覚ました。

 眼前にはパソコンで作成途中の報告書が。どうやらデスクワークの途中で居眠りをしてしまっていたらしい。それにしては随分と濃い内容の夢を見ていた気がするけど……。

 椅子を回して弟子の方へ振り向くと、青いリボンを着けた黒髪の少女が、私の顔を覗き込んできた。


「教官、悲しい夢でも見てたんですか……?」

「えっ?」

「だってほら、涙が……」

「えっ……。あ、ホントだ……」

「……教官も泣くことってあるんですねー……」

「今、なんて言った?」

「えっ!? いやその、特になにも! あはは!」


 いまさら誤魔化してもがっつり聞こえてたし。全く、人のこと何だと思ってんだか。私だって一丁前に涙ぐらい流すっての。

 こんな自分の教官のこと血も涙もない鬼か何かと思ってるような無礼な弟子には、ちょーっとお仕置きが必要かなー。


「あはは……あの、教官……目がちょっと、怖いですよ?」

「そんなことないわよ。それよりあんたさあ、空手とマラソンだったら……どっちが好き?」

「ひいいいっ! すみませぇぇ~ん!!」


 弟子が怯えながら後退りして、私の部屋から逃げていった。だがまあ、逃がしはしない。

 百本組手かフルマラソンかは好きに選ばせてやるとして……あとはどんな稽古をつけてやろうかしら。まずはアップでヒンズースクワット1000回、これは確定として……。

 何にせよ、こっちも気合入れていかなくちゃ。だって私の弟子になった以上は、しっかり強くなってもらわないといけないもの。……私みたいな後悔しないように、ね。


(短編:言葉で語り得ないなら魔法で伝えるしかないじゃない! おしまい)

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