紅い紅い星空が見下ろしていた
ガルダから戦闘終了の報せを受け、アルナと彼女の護衛役はアムリタの下へと急ぐ。
ガルダは合流するまでの間、墜落したヘリの中からマイルズとリオラの遺体を探していた。
ガルダの姿を遠目に確認した隊員達は、勝利とは言い難い犠牲の多さと、彼女の沈痛な胸中を察する。隊員の内一人は見張りを務め、他の隊員はガルダと共に捜索に加わった。
発見されたマイルズとリオラは、辛うじて原型を保っていた。
凄惨な姿がアルナの視界に入らないよう配慮しながら、ガルダ達は二人の遺体を運び出し、そっと布を掛けて安らかな眠りを願う。
「ご苦労様、マイルズ。お前は最初からずっと私の味方でいてくれたな。どんな無茶なことにも付き合ってくれて……こんなんじゃ労い足りない。向こうに行ったら、部下と上司の垣根を越えて酌み交わそう。約束だ」
ガルダはマイルズに向けて弔いの言葉を送ったあと、かき集めたダルタンの灰をリオラの隣に積み重ねた。
「すまない、兄を救ってやれなくて。君にアムリタを飲ませてあげられなくて……せめて兄と共に笑顔でいることを願う。ダルタンは私の命の恩人だ。礼を言えなかった私の代わりに、ありがとうと、そう伝えておいてくれないか」
「ガルダ隊長。米国特殊部隊の掃討を生き残った熊が一頭、向こう岸からこちらの様子を窺っています。急いだ方がよろしいかと」
「巨人にやられた隊員達がまだ残っている。彼等も連れて来なければ」
「私も同じ気持ちです。ですが、そうするには余りにも時間が足りません。米軍に察知される可能性もあります」
見張り役の隊員から報告を受けたガルダは、遺体の傍に寄り添ったまま指示を出す。
「わかった……アムリタを回収してきてくれ」
隊員はヘリに搭載された巨人回収用アームを使って、アムリタを包む巨木の根を切り取り、滝壺からそれを持ち上げアスファルトの上に置いた。
ガルダはヘリに搭乗していた隊員を下がらせると、直ぐに破壊の合図を出そうとはせず、ゆっくりとアムリタの側へと近付いていく。
彼女は
隊員達は驚きながらも、疑問を口にすることはなく、異を唱えることもしない。アルナは不安げにガルダを見つめている。
ガルダはナイフの先端に付着したアムリタの雫を慎重に運び、遺体の傍へ戻って膝を付いた。
それから掛けた布をそっとめくり上げ、添えるように、手向けるように、リオラの口元に優しく垂らす。
「ダルタン。約束を守ってやれなくて、本当にすまなかった……今の私には、これくらいのことしか出来ない」
布を掛け直し、ガルダは力強く立ち上がると、滝の底目掛けてナイフを放り投げた。アムリタに触れた以上、使用には危険が伴うと判断したのだ。
心の荒波を鎮め、ガルダはアルナと視線を交わす。
「力を貸してくれ、アルナ」
アルナは頷くと、左目の眼帯を丁寧に外して、自らの原罪を
眼帯の下から、底知れぬ闇と化した眼球と共に、羽を広げた蝶を想わせる漆黒の痣が露わになる。
アルナに超常的な身体能力や治癒能力は備わっていないが、彼女の左目にはアムリタを破壊するだけの力が宿っている。
アルナの左目は瞬きもせず、じっとアムリタを見つめ続けた。
頭上の雲が姿形を大きく変え始めた頃、アムリタは黒く変色し始め、やがて黒曜石の塊へと変わる。
原罪を顕現してからじわりじわりと増していたアルナの痛みは、子を産む苦しみに劣らない激痛となった。
左目を抑え付け、
「ありがとう、アルナ。よく耐えてくれた……」
ガルダはそっとアルナの頬に人差し指をあてがい、伝う涙を指先で受け止めた。
それから手早く眼帯を着けてあげて、アルナの膝裏に腕を通し抱き上げる。
離反軍一行は名残惜しそうにその場から立ち去る。武装ヘリは長距離移動の用途では使うことが出来ない。米軍にすぐさま位置を特定され、襲われてしまう可能性があるからだ。
眠りに付いた隊員とマイルズ、リオラとダルタン。亡くした者達の思いを胸にガルダは前を向く。
平和の実現をその先に見据えて、ガルダは赤い瞳に熱を宿した。
悠久。そう思える程の時間を少女は眠っていた。
大地が薄灰色に染まった頃、彼女は吹き荒れる風の音で目を覚ます。
長く続いた夢を辿って、
みずみずしくて、赤い皮をした甘い果実。大切な誰かと分け合ったものだった。
「あれ、わたしって……ここはどこ……」
少女は無意識の内に呟き、自分の声に驚く。そして辺りを見回してから、ふと空を見上げた。
頭上には、無数の星が閃いていた。
独り立ち尽くす少女のことを、紅い紅い星空が見下ろしていた。
अमृत―アムリタ― アンガス・ベーコン @Aberdeen-Angus
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