〜隠れて小説書いてた俺が隠れラノベ作家だった学年一の美少女に教育される話〜

すかいふぁーむ

第1話

「ほい。渡辺くん。これ読んどいてね」


 さらっと手渡された手紙。

 周りにはきっと、先生から頼まれたプリントを渡されたくらいにしか見えていない。

 実際表は今朝配られたクラスだよりの余りのようだ。だけど俺には一瞬見えた。その裏にちらっとだけ、悪魔の言葉が見えていた。


『私は貴方の秘密を知っています。バラされたくなければ放課後、屋上に。遅れたら拡散しちゃうね……君の「最強魔導師が剣も覚えて向かうところ敵なしに──


 そこまでで紙をクシャクシャに丸めて入念にかばんの奥に封印した。

 見られなかったよな。

 よし。よかった。俺がヤラないといけない相手はあいつだけだ。


 品行方正完璧美少女、日坂ひのさかあいか。

 クラス委員。成績は学年一。運動もばっちり。隠れてモデルでの収入があるのではないかと噂されるような、男子憧れの高嶺の花。

 俺はやらされたクラス委員でペアになることが多いせいで他の男子よりは接点がおおいが、それでもこれまで当たり障りのない会話しかしてこなかったはず。


「何故バレたんだ……」


 俺だけの、誰もに言っていない趣味だったのに。

 最大手小説投稿サイトで万年ランキングにも入れずにほそぼそ続けている、小説の話は。


 ◇


 放課後。

 教室を飛び出して屋上を目指す。

 万が一があってはいけない。

 相手の狙いがわからない以上絶対に遅れてはいけない。

 あの秘密は墓場まで持っていきたい。

 これが俺もランキングに入るような人気作家なら自慢げに語るかもしれないが、結果を残していない趣味の世界を人に知られて、笑われるのが怖かった。

 そんなことになれば俺は立ち直れない。

 現に今も10褒められても1の酷評があれば3日更新できなくなる豆腐メンタルなのだ。いやそもそも10も褒められないけどな!

 それはさておきリアルで知られた唯一の、1/1の相手が俺の小説を笑ったら、もう俺は筆を取れなくなるかもしれない。


 だから先手必勝。

 かならずやつより早く動かねばと思っていたのに……。


「あ、早かったね。渡辺健人わたなべけんとく──」


 俺のほうが遅かったらしい……。だがそのパターンもイメージはしてきた。

 相手が見えた瞬間素早く動き出した俺は……。


「何でもしますからあのことだけはどうかご内密にいいいいい!」


 土下座していた。


「ちょ、ちょっと?! やめてよこんなところ人に見られたら変な誤解を生むから!?」

「どこで知ったんだ何が望みだ。金か!? 名誉か?! 力がほしいか……!」

「落ち着いてって。力はほしいけど」

「え……?」


 土下座する俺に目線を合わせるようにしゃがみ込む学年、いや学校一の美少女。


「ネタが通じた……?」

「ふふ。そりゃそうでしょ。あんなランキングに入ってないブックマークもそんなについてない作品知ってるんだよ? この学校で一番、私は貴方のことを知ってるよ?」


 学年一の美少女、品行方正なクラス委員。その姿しか知らなかった日坂さんが初めて、知らない顔を見せていた。


 その悪戯げな表情もまた、絵になるななんて思ってしまうほど。


「笠日かさのひイア。聞いたことないかなあ?」

「笠日……? あのランキング常連の書籍化作家の……?」

「そうそうそれそれ! 知ってるなら話がはやいよ」

「いやいや。知ってるからってそれがな……待てよ……かさのひ?」

「逆から読むと?」

「ひの……さか」

「ぴんぽーん! 知ってる人にはすぐバレちゃうかと思ってたんだけど、意外とわからないもんだよね」

「ええ!?」


 目の前にいる美少女が、あの笠日先生なのか……?

 いまも年間トップに自作を持つ、出す度どんなジャンルでもランキング上位に顔を出すあの……!


「ふふーん。どうだ。驚いたかー?」

「えっと……そりゃ、もう……」


 頭が混乱する。

 あの日坂さんが……という思いと、あの笠日先生が……という思い。


「なんで……?」

「それは何に対してかなあ? んー。声をかけた理由なら、私が話し相手が欲しかったから、だけど」

「話し相手って……」


 あれだけ人気ならいくらでも相手はいるのではないあろうか。

 日坂としても、笠日としても。


「ふふ。小説仲間。書き手の人と話すの、初めてなんだよ?」

「そうなの……か?」

「うん! 感想くれてたよね。嬉しかったんだあ。あ、私の作品って、書いてる人にも面白いって思ってもらえるんだなって」

「それは……」


 俺なんて書き手と読んでいいかもわからないような、そんなやつ、いくらでも笠日先生のコメント欄にはいるだろうに。


「年代の表示。あれでね、年が近かったのが君だけなんだよ。ケンナベ先生?」

「それだけで特定したのか……?」

「あはは……まさかなと思ったけど、ぱっともしかしたらって思い浮かんだから、それからしばらく君のことを見てたんだよ。授業中、暇になったらプロット考えてたでしょ?」


 まさか見られてたなんて……。

 分かる人間じゃなければ授業のメモに見えるようにカモフラージュしながらやっていたのだが……。


「見た瞬間わかっちゃったよ。あ! あの作品だ! って」


 明るく言い放つ日坂。

 次の一言が怖くて聞けない。


「あれ? どうしたの?」

「日坂さん……俺は、君みたいに人気があるわけじゃないくて……その……」


 目の前にいるのはプロの作家だ。

 そのプロに、自分の作品を否定されたら俺は……。


「渡辺くん。何か勘違いしてるなー?」

「勘違い?」

「投稿サイトの人気の差が、物語の面白さの差じゃないでしょ?」


 日坂のセリフは、日坂が言うからこそ、価値の有るものだった。

 同じセリフを俺が言えば、それはただの負け惜しみにしかならない。


「私は渡辺くんのストーリー、すごく面白いと思ったよ」

「え……」


 顔を上げる。


「ふふ。私だって不安だよ? 自分の作品がどう見られるか」

「そうなの……か?」

「うんうん。やっぱりランキングに上がると心ないコメントもたくさんついちゃうし……どうしても、ね?」

「あんなに面白いのに……」


 自然と溢れでた言葉だった。

 それがなぜか、日坂さんには刺さったらしい。


「いまの、もっかい言って?」

「え?」

「もっかい」

「ああ……面白い」

「私の作品が?」

「ああ。笠日先生の作品は、面白い」

「ふふ……ふふふふ……」


 あ、これわかる。

 俺が初めて人に褒められる感想もらった時になった顔だ。

 完璧美少女日坂さんがちょっと他所では見せられない顔になっている。


「あー、思ったより嬉しいね」


 本当に心底嬉しそうに目の前の美少女は笑った。

 そしてこう言ったのだ。


「ねえ、私、あなたの作品をもっと多くの人に読んでもらいたいと思うの」

「えっ……」

「歳も近いし何かの縁じゃない? 渡辺くんって多分、ランキング狙って書いてるでしょ?」

「うっ……そりゃ……まあ……」


 言外にそれなのに全然伸びていないと言われているようだった。

 だが日坂の意図はそうでないことは、なんとなくわかる。その通りの言葉が紡がれた。


「それって実はそれだけですごいんだよ」

「どういうことだ……?」

「普通の作者はどうしても、自分の書きたいものを書くんだよ」

「ん? それは普通じゃないのか?」

「んー、多分あのサイトで投稿してる人の半分くらいは、それしかないの。でも渡辺くんは読者にどうやったら読まれるかって葛藤が見えたから」


 誰しもその気持ちはあると思っていた。

 だが日坂いわく……。


「そう思っても、そうできる人は少ないんだよ」


 とのことらしい。


「読者が読みたいものはつまり、ランキングに上がってくる作品、テンプレ、王道、流行だから、それをしっかり書き切れるかで書籍化だって夢じゃないんだよ!」

「ほんとに?」

「うんうん。渡辺くん、基礎は完璧、なんなら国語の成績私より良かった時あったし……だからできると思う」

「書籍化……」


 憧れの、夢のような言葉にふわふわする。


「もし渡辺くんさえ良ければ、私がランキングで見られるようにアドバイスするけど……」

「お願いします!」

「だから土下座はやめてってー!」


 是が非でもお願いしたい。


 というかあの笠日先生と話ができるというだけで貴重なんだ。


「おっけー。渡辺くんは帰宅部だから予定ないよね? 行こっか」

「ああ……」


 ん?


「どこに?」

「私の家に」

「ええ?!」

「良いから良いからー! はいはいレッツゴー!」

「ちょっと待った!? 手握られて……?!」


 やたらテンションの高い日坂さんに引きずられるようにして、俺は学校を後にすることになった。

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