懺悔ルーレット

風船葛

懺悔ルーレット

とある酒場、時刻は深夜2時頃。酒場は閑散としており、残っている客といえば二、三人ほど。その内の二人は酔いつぶれて寝息をかいておりこの酒場のマスターも常連客とお酒を飲んでいため酔いつぶれてカウンターに突っ伏していた。この酒場では日常風景である。そんな無秩序な酒場に一人の男がまだ酒を飲んでいた。この男の名前はジェイソン。彼はこの酒場には一種、不釣り合いな雰囲気を纏い、近寄りがたい男であった。ジェイソンのグラスには半分ほどウィスキーが注がれており、となりのボトルは既に半分をきっていた。あきらかに多量のアルコールを摂取してるにも関わらずジェイソンは酔っていなかった。表情は至って無表情。しかしどこか影を帯びていた。寝息だけが響く酒場に突如別の男が入ってくる。


「ここはまだやってますか?」


しばらく沈黙があった。酒場は相も変わらず、寝息だけが響いていた。


ジェイソン「見ての通りさ。やってるにはやってるが酒は飲めねぇかもな」

ジェイソンはぶっきらぼうに言いながらマスターの方に顎を向けた


「あぁ、残念だ。今日ほどお酒を飲みたい日はなかったのですが」


ジェイソン「そうなのかい?そいつはなんでさ」


「いえね、実は私は博打を生業にしてましてね。今日はひどく負けてしまいまして。しかもたちの悪い連中に目をつけられてしまい、隣町から命からがら逃げてきたんですよ」


ジェイソン「そいつは災難だったな。どれ、俺の飲みかけでもいいなら一杯奢ってやるよ」


「あぁ、それはありがたい」


男はジェイソンの向かい側に座った。

男の風貌は博打を生業にしている人間とは思えないほど、きちんとした格好をしていた。

ジェイソンはカウンターに向かい、マスターが飲んでいたと思われる空のグラスを取ると自分の机に持ってきて、ウィスキーを注いで男に渡した。

男は度数の高い酒にも関わらず、まるで水のようにウィスキーを飲み干した。

「ううん、美味い。体に染み渡ってきた。」


ジェイソン「いい飲みっぷりだな。飲ませがいがあるなお前」


「いやいや、おかげで今日はぐっすり眠れそうですよ。そういえばお名前をお伺いしてもよろしいですか?」


ジェイソン「ジェイソン。ジェイソン・パーカー」


「なるほど。では改めてありがとうジェイソン。私の名前はチャールズ・スミス、よろしく。」


ジェイソン「あぁよろしく。」


チャールズ「ところで、ジェイソン。あなたのお仕事ってもしかして賞金稼ぎでしょうか?」


ジェイソン「どうしてそう思う?」

ジェイソンはホルスターに手を掛けた。


チャールズ「いえいえ、ただホルスターにある拳銃が非常に使い込まれてそうだと思いまして、我々のようにただ護身や脅しのために持っている連中はめったに触らないから傷一つないんです。新品同然のような状態でして。しかし、なんといいますか、あなたの拳銃は年期を感じさせますが、とても綺麗に手入れをされているというか、大切に使われてるきがするんですよ」



ジェイソン「まあ、商売道具でもあり、相棒でもあるからな。こいつが故障でもしたら命とりになる。そうさ、お前さんの言うとおり俺は賞金稼ぎさ」

ジェイソンはそう言ってホルスターから手を離した。


チャールズ「て、敵意はないですよ」


ジェイソン「わかってるよ。今の話し方でお前が悪い奴ではないってわかったさ。それにしてもよく見てるんだな。大した洞察力だ」


チャールズ「博打打ちなんてやってるとどうしても身に付くんですよ。駆け引きにおいて相手の顔や表情、仕草を感じとるのとかは不可欠なのでね」


ジェイソン「なるほどな」


チャールズ「その他にも博打で負けた連中は何をするかわからない。突然逆上して襲ってくるかもしれなし、騙し討ちをする可能性もある。そんなときはすぐに逃げれるように注意する必要があるんですよ」


ジェイソン「だが今回負けたのはお前さんだったろ」


チャールズ「はは、そうなんですよね。でもこの洞察力のおかけで逃げきれたんですよ。」


ジェイソン「だったら、その洞察力があれば連中がろくでもない奴らだって見抜けたんじゃないか?」


チャールズ「ああ、痛いところをつかれてしまった。まったくその通りでしたな。ははは。

しかし、我々の生業は非常に似ていると思うのです」


ジェイソン「似ている?」


チャールズ「ええ。常に油断できないこと、命を失う危険性があること、しかしそのリスクと引き換えに大金を手にすることができること」


ジェイソン「...」


チャールズ「あなたもこの大金を得るために賞金稼ぎなんていう危険な仕事をしているのでしょう?」


ジェイソン「悪いが俺はそんなもののためにこの仕事をしてるわけじゃない」


チャールズ「え?」


ジェイソン「金なんてものは俺にとってはどうでもいいんだ。生きるために必要だが、最低限でいい。」


チャールズ「では何のために賞金稼ぎという危険な仕事を?」


ジェイソン「俺自身の正義のためだ」


チャールズ「正義?」


ジェイソン「そうだ。俺の正義はこの地上から悪を一掃すること。悪とは悪意を振り撒き、善良で罪なき人々に危害を加えるやつらだ。俺は生来、この悪というものが許せない。やつらが存在するだけで腹のそこから熱いものがこみ上げくる。だからぶち殺すんだ。俺の手で地獄に落としてやるんだ」


チャールズ「正義のため...。しかしながらそれはただの人殺しと何の違いがあるのでしょうか?」


ジェイソン「俺のは人殺しじゃない。俺の行為は正義によって行われ、その行為は全て神に赦されているんだ」


チャールズ「神に?」


ジェイソン「俺は神の代わりにこの地上にのさばる悪人どもを裁いてる。いわば神の代行者。そのへんの人殺しや快楽殺人者どもとは訳が違う」


チャールズ「神に赦されているから自分の行いは正しいことだと?」


ジェイソン「そのとおりだ。現に正しいからこそ、俺は今日まで無事に生きてるのだ。俺が間違っていたら神によって天罰がくだり、すでにこの世にいないはずさ」


チャールズ「なるほど、それがあなたの正義ですか。しかし、正義を貫くなら、賞金稼ぎもいいですが保安官になった方がよかったのでは?」


ジェイソン「...。俺は元々保安官だったよ。訳あって辞めたんだがな」


チャールズ「何故?」


ジェイソン「悪いがそいつを話すつもりはない。今日初めて会ったお前にそれを話す義理なんてないだろ」


チャールズ「ああ、失礼しました。これはずけずけと聞きすぎてしまいました。どうかご無礼をお許しください」


ジェイソン「いや、こっちも強く言いすぎた。

すまん」


チャールズ「...」


ジェイソン「...。場が冷めちまったな。なぁ、お前さん、博打打ちなんだろ。退屈しのぎに、なにか賭けでもしないか?」



チャールズ「えぇ、正直今日はもう賭け事は沢山なんですけどね。まぁしかし、酒の恩がある。退屈しのぎに軽い賭けでもしますか」

そう言うとチャールズはポケットから一枚のコインを取り出した。


ジェイソン「なんだ、コイントスか?」


チャールズ「ええ。ありきたりですが、こいつが一番シンプルで面白い。」

チャールズは慣れた手付きでコインを弾いた。

そして左手の甲にコインが着地した瞬間、右手で隠した。

チャールズ「表か裏かで答えてください」


ジェイソン「...表。待て、何を賭けるかまだ決めてないぞ」

チャールズは右手を左手の甲から離し、コインを明らかにした。


チャールズ「コインは...表。いやぁ、ジェイソンさんは運がいいですね。きっと神に愛されているのでしょうね」


ジェイソン「当たったはいいが、さっきも言った通り何を賭けるんだ?そもそもお前がはったのは裏だったのか?」


チャールズ「今のは、ジェイソンさんの運を試したんですよ。本当の賭けはこれから。」


チャールズはホルスターから拳銃を取り出した。


ジェイソン「おいっ!なんの真似だっ!」


ジェイソンもすかさずホルスターから拳銃を抜こうとした。

チャールズ「落ち着いてください。何もこれで襲うなんてことはしませんよ。ただの賭け事です。こいつは賭けに使うための道具です」

チャールズの態度は先ほどとはうってかわってひどく冷静だった。


ジェイソン「賭け?」

ジェイソンは警戒からか、それでも拳銃から手を離さない。



チャールズ「この回転式拳銃の本来の装弾数は六発。しかし今こいつには弾が一つしか入ってない」


チャールズはそう言うとシリンダーを回転させた


ジェイソン「おい、まさかお前がやろうとしてることは」


チャールズ「お気づきの通り、私が今からやろうとしているのはロシアンルーレット。お互いの頭に銃口を突きつけて撃ち合ういかれた賭け事、あるいは度胸試し」


ジェイソン「...。」


チャールズ「賭ける対象は、命です」


ジェイソン「ふざけるな。なんでこんな酒の席で命を賭けなきゃいけないんだ」


チャールズ「いやぁ、退屈してるジェイソンさんのために取って置きの賭け事をしようと思いまして、それに私は今日の負けで無一文。担保にできるものもない。となると残るは命。」


ジェイソン「なら俺は金ならある。俺は金をかけてお前は命を賭けるのか」


チャールズ「いやいや、お互いに頭の横に銃口突きつけて引き金を引くんですよ。命を賭け合わないと成立しない。それに命の価値は命でしか釣り合わない。」


ジェイソン「俺がそんな馬鹿げた賭け乗ると思うか?

それにそれをやったとして、俺に何のメリットなる?」


チャールズ「確かに普通に考えればあなたにメリットはない。しかし、貴方には試したいことがあるのではないでしょうか?」


ジェイソン「試したいこと?」


チャールズ「あなたのやってきた行いが本当に神に赦されているのかどうか」


ジェイソン「なんだと」


チャールズ「今からやるロシアンルーレットは普通のものとは違った主旨でやろうと思いましてね。名づけて懺悔ルーレット。お互いに今までの自分が行った悪行を言いながら引き金を引くのです」


ジェイソン「俺のやってきたことが悪行だというのか」


チャールズ「いえ、そうは言ってません。ただ貴方の行いは客観的に見ればただの殺人です。しかし、貴方の言うとおり貴方の行いを神が赦しているなら、今日貴方の頭にこの銃弾が一発しか入っていない銃を突きつけて引き金を引いてもあなたは死なないのではないでしょうか?」


ジェイソン「試すということか」


チャールズ「そのとおり。懺悔をし、引き金を引いて生きていれば、その行いに対して神は赦されたということになります。あなたにとってこの賭けは、貴方の行いが神に赦されていることと正義であることの二重の証明になるわけです」


ジェイソン「...。馬鹿馬鹿しい」


チャールズ「では、お認めになるのですか、貴方がやってきた行いは、ただの人殺しであると」


ジェイソン「...。」

しばしふたりは睨みあった。しかし、意外にも先に声を上げたのはジェイソンだった。


ジェイソン「いいだろう。乗ってやる、乗ってやろうじゃないか、この賭け狂い。ただし後悔するなよ。お前が命乞いしても賭けはつづけるぞ。或いはイカサマなんてしようものならお前を何の迷いなく殺す」


チャールズ「ええ、もちろん。このような賭けにイカサマは無粋。この狂った賭けには単純な運のみ、それこそ命を神に委ねることこそ真の博打を楽しむことができる」


チャールズはもう一度、シリンダーを回した。


チャールズ「では、どちらから..」


ジェイソン「俺からやろう」


チャールズ「いいのですか?公平にコイントスで決めますよ?」


ジェイソン「いや、いい。すでに結果はわかってるんだ。俺は当たりを引かない」


チャールズ「はは。ものすごい自信ですね」


ジェイソンはチャールズから銃を受け取り、銃口を頭につけた


ジェイソン「先に俺の懺悔、もとい行いを言えばいいんだな」


チャールズ「ええ」


ジェイソン「よし。...。俺が初めて人を裁いたのは15の時だ。その頃の俺はまだ銃すらもったことがなかった。

あるとき、俺の故郷の町によそ者の男がやってきた。そいつはひどい荒くれ者だった。酒場で酒を飲んでは、自分を凄腕のガンマンだと言って人々を脅し、暴れ散らかした。そいつが滞在して3日程たった時、一人の若い娘がその男に乱暴されそうになった。怒ったその娘の父親が、そいつにそのことを問い詰めようとしたら、奴はその父親を撃った。父親は死にはしなかったが、瀕死の重傷を負ったよ。この出来事で町の人間、保安官もびびっちまった。普段は何の事件も起こらない平和な町。人が撃たれた日にゃどいつもこいつも役に立たなかった。だが、俺は違った。腹の奥底からとてつもなく熱いものがこみ上げていた。あの荒くれ者が、いつものように酒をたらふく飲んで眠っているとき、俺はそっと奴の後ろに立った。奴も町の連中が腑抜けだとわかり油断してたんだろう。俺は何の迷いもなく奴の首にナイフを突き立てた。素早く仕留めるために片手で髪の毛をつかみ、横一文字に切ったよ。思いの外、手際よくやれた。奴はまるでうがいをしているかのような音を立てながら、のたうち回り、数秒の内に動かなくなった。殺したあとは不思議と後悔も恐怖もなかった。ただなすべきことをなしたと思えたよ」


チャールズ「町の人はなんと?」


ジェイソン「全員驚いてたよ。親父や保安官は俺を責めたてようとしたが、俺は誰かがやらなきゃいけないことをやったまでと言ったら何も言わなくなったよ。

ただ町の教会にいって懺悔しろと言われた。神に赦しを乞えとね。だが俺は懺悔をしなかった。

かわりに神父に言った。俺が殺らなきゃあいつに町を好き放題されていた、だから俺が行ったのは正しい行いだと。そしたら神父は言ったのさ、君の行いは本来なら間違いだが、神が赦すなら正しいことである。君が間違っていたら天罰がくだるはずであるとね。」


チャールズ「...」


ジェイソン「結果、今日まで俺は天罰をうけていない。そして今もっ!」

ジェイソンは躊躇なく引き金を引いた。

銃口から発せられた音は乾いた音ではなく、カチッと冷たい音がしただけであった。


ジェイソン「な?言っただろ。俺は赦されている」


チャールズ「確かに。ただお忘れですか?まだ貴方には二回懺悔の機会があることを」


ジェイソン「その結果もわかりきったことだがな。それに俺に回る前に、お前が当たりを引くかもしれないぞ」


チャールズ「はは、そうならないように私は祈りますよ。」

チャールズは銃を手にもち頭に銃口を突きつけ静かに喋り始めた。


チャールズ「私が10才の頃、家の前に小鳥が怪我をして落ちていました。羽の骨が折れていたのか、飛べずに羽をバタつかせるだけで一向に飛びませんでした。

ついには、動かなくなってしまったので私は急いで家の中に入れてやりました。幸い、命に別状はなく、毎日エサをやったら元気を取り戻してきましてね。嬉しくなって毎日沢山エサをやりましたよ。ある時、小鳥が元気になったので、私の部屋の小窓から鳥を飛び立てさせようとしたのです。小鳥は窓を開けるとすぐに飛んでいきました。私はどうやら無事に怪我が完治したと思ったのですが、飛び立ってすぐ、数秒もしないうちに突然小鳥は地面に墜落してしまいました。私は急いで小鳥が落ちたところに向かいましたが、残念ながら小鳥は死んでいました。今となっては私がエサをやりすぎたせいで肥えてしまい飛べなくなったのか、子供の私の治療が不完全だったのかわかりませんが、私はあの時、小鳥を飛びたたせるべきではなかったのかもしれません。正直を言えば、小鳥を保護して無事に飛び立たせれば皆に自慢できると思ったのです。自分が小鳥を治し、無事に飛び立てさせたと。だから、早く早くと急いでいたことも否めません。私はいたいけな小鳥を自分の欲のせいで殺してしまったのかもしれません。」


数秒、間があり、チャールズは引き金をひいた。


チャールズ「ふぅ、赦されたということでしょうか?」

チャールズの額には少し汗が滲んでいた。


ジェイソン「懺悔にしては随分と小さな悪行じゃないか?いや、悪行なのか今のは」


チャールズ「私にとってはとても後悔した出来事だったんですよ」


ジェイソン「なんだか張り合いがなかったな」


チャールズ「悪行に小さいも大きいもないですよ。

それに貴方の行いは悪行ではないのでしょう?」


ジェイソン「...。まあそうだな。よし、じゃあ次は俺の番だな」


ジェイソンはチャールズから拳銃を受けとった。

受け取ってからしばらく、なにかを考えているようなそぶりをみせたが、一呼吸置いた後ジェイソンは語り始めた。



ジェイソン「あれは俺が24のときだ。ちょうど保安官になって6年立った頃だった。俺の町で凄惨な殺人事件が起きた。殺されたのは7歳くらいの子供。

全身の皮を剥がされ、道の真ん中に放置させられてた。剥がされた皮は町の入り口の看板にかけられていた。俺はこのやり口を知っていた。いや、町の人間全員が知っていたよ。こいつは皮剥ぎジャックの仕業だとな。この皮剥ぎジャックは、この辺じゃ有名な連続殺人鬼で、女子供を狙ってはまず喉をかっ切って声を出させなくさせた後、全身の皮を剥いで殺すというイカれた野郎だった。典型的な快楽で人を殺すタイプのサイコパス。この付近の町や村で沢山の女子供を同じ手口で殺していっていた。こいつの噂を聞くだけで俺は腸が煮えくり返っていたが、ついに俺の町にもきやがったと思ったよ。だが町の連中や保安官は怯えていた。皮剥ぎジャックはこんな大胆な殺しをしながら誰も姿を見たことはないし、捕まったことがないからな。だから今回も捕まえることはできないと皆思っていたが、俺は違った。必ず、奴を捕まえて同じ目に合わせてやると考えた。しかし、毎日、1日中町中を見回ってもやつのしっぽをつかむことはできなかった。それであるとき、俺はこの町にいる若い娼婦を金で雇い囮になってもらった。最初は娼婦も怯えていたが俺が必ず守ると伝えたら協力してくれたよ。そして俺は娼婦をなるべく人通りの少ないところを出歩かせた」


チャールズ「そして奴はまんまと釣られたと?」


ジェイソン「いや、そんな簡単なやつならとっくに捕まっていたさ。奴は警戒心が強く一向に現れなかった。俺も諦めかけてきたそのとき、奴が現れた。

その日は真夜中に娼婦を出歩かせていた。いつもは裏通りを歩かせていたが、その日は往来を歩かせた。

すると、娼婦の方へ一人の男が近づき、声をかけた。

そいつは黒い紳士服の上にコートを着た40代くらいの男だった。一見、紳士に見える男だったが俺は直感でわかったよ。奴が皮剥ぎジャックだと。奴は娼婦を言葉巧みに誘い、裏路地へ連れていった。俺も二人の後についていった。案の定、奴が後ろから娼婦の首をナイフで切ろうとしてるところで俺が奴の頭を後ろから銃床で殴った。奴は気絶して、俺は縄をかけようとしたとき、ふと考えた。ここでこいつを捕まえれば、こいつは確実に絞首刑になるが、それでは被害者と同じ目にはあわせることができないと。俺は娼婦に金をもう一度渡して口止めをし、奴を町外れの小屋に連れていった。そこは俺が町外れで釣りをするときに使っていた休憩小屋だった。そこは普段全く人が寄り付かない場所。やるには絶好の場所だった。俺は奴の口を布で塞ぎ、顔に水をかけた。

奴は目を覚まし驚いていたが、縄で手足も縛られているため動くことができなかった。俺は間髪いれず、奴の首をナイフで切り裂いた。奴はくぐもった声で何かを言っていたが、俺は特に気にもせず、奴の皮を剥いだ。初めて人の皮を剥いだが、案外獣の皮を剥ぐときと同じ感覚だった。全てを剥いだあと、奴は虫の息だった。どうするか迷ったが、死体の処理も考えると燃やした方がいいと考え、奴を外に連れていき、皮と一緒に生きたまま燃やした」


チャールズ「酷い」


ジェイソン「そうか?俺は奴がやったことを奴にやり返しただけさ。死んだ人間のかわりにな。それに骨はちゃんと埋めてやったよ。保安官の役目から外れた行為だったが、俺はこれも正義だと思っている。俺が奴を殺すことで犯罪を止め、同じ目に合わせたことで被害者の無念をはらしたとな」


またも、躊躇せず引き金をひいた


ジェイソン「これで二回目も証明されたな」


チャールズ「...。彼は本当に皮剥ぎジャックだったのですか?」


ジェイソン「ああ、ちゃんと本物だったさ。

実際奴が死んだ後、皮剥ぎジャックの噂は聞かなくなったし、被害者も出てこなかった。事実、奴が娼婦をナイフで殺そうとしたところをちゃんと見てたしな」


チャールズ「もし、貴方の早計で、間違って別の人間を殺してたらどうしてたのですか?」


ジェイソン「なにを言ってるんだ?そんなことあるわけないし、俺は間違って人を裁いたりしない。まあ、もし、俺が誤って無実の人間を殺したら、俺は裁かれるのだろうな、神に」


チャールズ「...。」


ジェイソン「いやに突っ掛かってくるじゃないか」


チャールズ「いえ、すいません。どうかお気になさらずに。それでは私の番ですね」


ジェイソン「...。ほらよ」

チャールズはジェイソンから拳銃を受けとる。

頭に銃口をつけて、チャールズは淡々と語った。


チャールズ「では...。あれは私が25歳になったばかりの頃、私は結婚していて娘が一人いました。さらに、妻のお腹の中にはもう一人の命も宿っていました。その頃の私は、妻と娘、そして新しく生まれてくる子供のために毎日働いていました。私はその頃は博打打ちではなく、隣町に農作物や畜産物を届ける仕事をしていました。1日中、荷物を運び入れ、馬車で馬を走らせて、肉体的な疲労は限界を越えていましたが、それでも仕事ができたのは家族のおかげでした。妻は本当に優しい女性でした。私が疲れて帰ってくると、必ず玄関の扉を開けて暖かい料理を出してくれるのです。

それが深夜だとしても同じ事をしてくれた。自分も出産を控えて大変な体なのに、日中に家のこともしてくれたのにも関わらず、彼女は献身的に私を支えてくれました。私にはもったいない女性だった。あるとき、私はいつものように隣町で仕事を終え、自分の町に帰ろうとしたとき、お得意先のお客から酒を勧められました。いつもなら断っていたのですが、その日はとても暑く、私も疲れていた。つい、誘いにのってしまったのです。その酒は強い酒でした。疲れも溜まっていたせいなのか、酔いが回るのがはやく、私はひどく酔ってしまったのです。馬を走らせて帰る途中、酩酊していた私は、町に行く途中にある休憩小屋で一度休もうと思いました。この休憩小屋は隣町と私の町のちょうど中間にありました。私はしばらくそこで休み、少し酔いが醒めたら家に帰ろうと思いました。しかし、私が次に目を覚ましたら日は昇っていました。私はどうやら完全に眠ってしまったのです。私は急いで家族の待つ家に帰りました。妻はきっと夜通し待っていたかもしれません。そう思うと本当に申し訳ない気持ちになりました。しかし、家に帰ると妻の姿はありませんでした。残されたまだ小さい娘は起きて私を見るなり、一人ぼっちだったせいか、ひどく不安そうに泣いていました。私は娘に妻はどこに行ったか訪ねると、昨日の夜に娘を置いて、外に出掛けたと言うのです。私は驚きました。妻が娘を置いて外出するわけないと、しかも夜に。しかし、すぐに気づきました。彼女はきっと私が帰ってこないのが心配で私を探しにいったと。私は毎日必ずどんなに遅くても帰宅していました。だから一向に帰ってこない私を妻は心配したのでしょう。そのとき、私は一抹の不安を感じました。ここから休憩小屋はそんなに遠くありません。馬なら15分ほど、徒歩なら30分ほどで着きます。しかし、彼女は昨日、休憩小屋に訪ねてこなかった。私はすぐに妻を探しに行きました。妻の身に何かあったのではないかと。そして妻は見つかりました。

休憩小屋からおよそ300メートルほど離れたところで

、小高い坂の一番下で見つかりました。妻はすでに亡くなっていました。お腹の子と一緒に。暗い夜道で普段慣れない道を歩いたせいでしょう。昼間なら踏み外さないような道で妻は転んでしまったようです。頭から血を流していました。医者いわく、あたりどころが悪く、すぐに絶命したそうです」


ジェイソン「...。」


チャールズ「私はひどく失望しました、自分に対して。そして同時に自分を殺したいほど憎みました。

私があの時、酒など飲まずに家にまっすぐ帰っていれば、妻は私を探しにいかずに、妻もお腹の子供も死ぬことはなかったのです。二人を殺したのは私なのです。本来、私は死ぬべきなのです」


チャールズは引き金をひいた。


チャールズ「...。」


ジェイソン「...。銃弾はでなかった。つまり、あんたは赦されたんだよ。だから、その...。」


チャールズ「大丈夫です。私は残された娘のために生きることを選んだ。だからここにいるのです。さあ、次は貴方だ。貴方の最後の証明だ」


チャールズはジェイソンに銃を渡した。

ジェイソンは今度は間をおかずにすぐさま始めようとした。


ジェイソン「よし、それじゃあ俺の最後の証明は―」


チャールズ「ちょっとお待ちを。貴方の最後の証明はもう決まっているでしょう?」

突然、チャールズは先ほどとはうってかわって、鋭い口調でジェイソンの言葉をさえぎった。


ジェイソン「は?」


チャールズ「貴方が本当に証明したいことは一つしかないはずだ」


ジェイソン「何を言ってるんだ?」


チャールズ「あなたはある町で無実の人間を殺したはずだ。一人の少女を」


ジェイソンの表情が少し曇った。

ジェイソン「...。何を言って、」


チャールズ「とぼけるなっ!!お前はある指名手配犯を撃ったとき、一緒に一人の少女も殺したんだ」


ジェイソン「...っ!!」


チャールズ「ウィリアム」


ジェイソン「!?」


チャールズ「ウィリアム・パーカー。それがお前の本当の名前だろ」


ジェイソン「お前、何で」


チャールズ「お前が殺した少女の名前を憶えているか?」


ジェイソン「な、名前」


チャールズ「エイミー・スミス。それが少女の名前だ」


ジェイソン「お前、まさか」


チャールズ「私の大事な一人娘だ」


ジェイソン「ま、待て違うんだ。あれは事故だったんだ。あの指名手配犯を追っている時、彼女が銃を持っていてそれで反射的に撃ったんだ」


チャールズ「あの指名手配犯が馬で逃げようとしたとき、あの子は人質になっていた。奴の後ろに乗せられて、後ろ向きで銃を持たせられていた」


ジェイソン「そうなんだ。それで急いで奴を追っていた俺は、奴を見つけたとき、後ろに乗っていた彼女に銃を向けられていたんだ。いや、彼女はきっと銃を向けるつもりはなかったと思う。しかし、俺にはそう見えたんだ。俺は瞬間的に引き金を引いてしまった。撃ったとき気づいた。でも仕方なかったんだ、殺らなきゃ俺が撃たれると思ったから、それに奴に逃げられると思ったから」


チャールズ「不可抗力だと」


ジェイソン「そうだ!」


チャールズ「なら認めるのか?」


ジェイソン「認める?」


チャールズ「彼女を殺したのは正義ではないと」


ジェイソン「いや、あれは」


チャールズ「認めるのかっ!」


ジェイソン「あ、あれも正義だ。彼女をもし撃たなかったら、奴も撃つことができなかった。奴を逃がしてしまうところだった。あの野郎は凶悪な男だった。あらゆる町で銀行強盗を繰り返し、無実の人間を何人も殺してる。あそこで逃がしたらまた多くの人間が殺されていたんだ」


チャールズ「だから仕方なかったと?」


ジェイソン「そうだ」


チャールズ「なら何故引き金をひかない?」


ジェイソン「...。」


チャールズ「さっきの時みたいに何故すぐに引き金をひかないんだ!正しい行いなんだろ!正義なんだろ!

神に赦されていると思うなら何故引き金をひかないんだ!」


ジェイソン「違う、そ、それは」


チャールズ「本当にあの子も優しい子だった」


ジェイソン「...。」


チャールズ「妻を亡くし、自分に絶望した私を。自分から母親を奪った私を、あの子は本当に愛してくれた。ずっと私を妻の変わりに支えてくれた。一度も私を責めることはなかった。あの日も仕事で足に怪我をした私のために町医者から薬をもらってくる帰りだった」


ジェイソン「違うんだ、あれは」


チャールズ「二発の銃声と悲鳴があがり、私は足を引きずりながら家を出た。嫌な予感がしたんだ。そしてやっとの思いで現場にたどり着いたとき、目の前には胸から血を流した娘が倒れていた」


ジェイソン「仕方なかったんだ」


チャールズ「あの子は私の全てだった!!」


ジェイソン「俺は本当は殺したくなかったんだ」


チャールズ「なら何故あの子は死ななくていけなかったんだ!」


ジェイソン「あれは事故だったんだ。許してくれ」


チャールズ「認めろ。娘を殺したのは正義ではないと」



ジェイソン「....。いや、違う。あれも正義だ。正義を行うために仕方なく起きてしまったことなんだ」


チャールズ「...。」


ジェイソン「神は赦してくださる」


チャールズ「なら引け、引き金を」


ジェイソン「ああ、ひ、引くさ」


ジェイソンは撃鉄を下ろすが、引き金を引けない

手はひどく震え、呼吸も荒く、体からは汗が滝のように流れていた。

チャールズ「どうした?引けよ」


ジェイソン「...。」


チャールズ「引けよっ!ウィリアム!!正義なんだろ!!神は赦してくれるのだろう!!ならばお前は死なないはずだ!何を躊躇してるんだ」


ジェイソン「あ、ああ」


チャールズ「引けっー!」


ジェイソン「あああああっ!!」


引き金を引いた。しかし、天罰は彼に落ちることはなかった。


ジェイソン「や、やったぞ。神は赦されたんだ。やはりあれは正義だったんだ」


チャールズ「...。おめでとうジェイソン。君の正義は証明された」


チャールズはジェイソンの手から静かに銃を取る。


ジェイソン「お、おい。もういいんだ」

チャールズは銃を自分の頭につける


チャールズ「私の次の懺悔は二つあります。まず一つは、貴方に嘘をついたことです」


ジェイソン「え?」


チャールズ「この銃には一つも弾丸なんか入ってないのです」

チャールズは自分の頭に銃口を向けて引き金を引くが、彼にも天罰は落ちない。


ジェイソン「は?」


チャールズ「そしてもう一つは」

チャールズは内ポケットからもう一つの銃を取り出し、ジェイソンに向けて五発撃った。


チャールズ「貴方を赦さないことだ」


ジェイソン「がっ、ぐっ、な、何故」


胸に弾丸を食らったジェイソンはそのまま倒れた。

銃声を聞いたはずの他の客は何故か起きない。まだ起きるべきではないからである。




チャールズ「たとえ神が貴方を赦したとしても、私は貴方を赦せない。赦すことができない。」

沈黙が訪れる。寝息すら聞こえることはなかった。


チャールズ「正しいだけでは人は救われないのか」


チャールズは祈るように天を仰ぎ見た。


チャールズ「天にまします我らが父よ。どうか私と彼の罪を御許しください。今まであなたの尊いみ心を知らず、言葉、行動、思いを通して、数えきれないほどの罪を犯してきました。知って犯した罪、知らずに犯した罪などすべての罪をあなたのみ前に悔い改めます。そしてどうか、わが娘、妻、生まれてくるはずだった我が子供、ウィリアムに安らかな眠りを。彼等の御霊を天国へお導きください。罪深き私をどうか御許しください。アーメン」


最後の一発をチャールズは自分の頭に向けて放った。

ここで他の客たちは必然的に目を覚ました。

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