21.エピローグ~バーチャルとリアルの間に恋は実らない~


 晴花との新しい約束を交わした翌朝。学校へと向かう小夢は落ち着かなかった。


 今日も晴華はアイドルとしての用事があるらしく、学校に来ないようだが、昨日は二人でたくさん話した。今まで喋れなかった分の溝を埋めるように、たくさん言葉を交わしあった。


 そこで出た恋の話題。晴華は小夢に言った。


『小夢あんた、あの相川奏太ってヤツのこと、好きでしょ』


『へ!?』


『一回告白してみたら? 成功するにしても失敗するにしても、ああいう鈍感な奴には一回想い伝えといて関係性ハッキリさせといた方がいいのよ』


『で、でも、いきなり、そんな』


『アイツ小夢のことハッキリ友達って言ってたわよ』


『な、なんで! 晴華ちゃんがそんなこと知ってるのっ!?』


『……え? あー……、えっと、偶然、ね? ともかく! 今の内に行動起こさないと本当にただの友達で終わるわよ。だから明日ね、明日告白しなさい』


『明日!?』


『大丈夫よ、失敗したところでアイツとの関係が終わることはないから。そうなりそうなら、私が何とかしてあげる』


『え、ええええええぇぇぇっ』



 そして、今日。


 小夢は頭の中で、今日奏太と会った時のことをぐるぐると考え、顔を赤くしながら歩いていた。


「あれっ、小夢ちゃんだ!」


 学校へと近づいて来た所で、背後からやって来る気配があった。


「あ、彩輝さん、おはようございます」


 この前、小夢が通う高校に転校してきた先輩——佐藤彩輝だった。そして彼女は、小夢が尊敬する人気ブイチューバー『カガヤキサキ』の魂でもある。


「うん、おはよーっ! なんか小夢ちゃん顔赤いけど、風邪? 大丈夫?」


「だ、大丈夫です! ちょっと暑くて!」


「そっかぁ、まぁ最近一気に暑くなってきてるもんねー」


 燦々と照りつける太陽を見上げながら目を薄め、パタパタと手で顔を仰ぐ彩輝。


「あの、彩輝さん。先日は本当にありがとうございました」


「んー? あぁっ、あれのこと。いいよいいよ全然気にしなくて。あたしも楽しかったし! あっ、一昨日の『バーチャル七夕フェス』見たけど滅茶苦茶良かったよ! マクアちゃんも最高だった!」


「ありがとうございます! 彩輝さんのお陰です」


 小夢がマクアとして二日前に開催された『バーチャル七夕フェス』に出演することが決まった後、歌う時の声の出し方、そしてダンスのコツなんかを丁寧に教えてくれたのが彩輝だった。

 彩輝がいなかったら、マクアの出番はもっと酷いものになっていたに違いない。


 他には、奏太にブイチューバーとして大勢の人前に出る時に意識すべきことや、アドバイスなども貰った。

 本当に色々な人たちに助けられて、助けられっぱなしで、その上に小夢はマクアとしてあの舞台に立つことが出来たのだ。本当に感謝しても仕切れない。


 イベントが終わった次の日、特に一番お世話になった奏太に、そのことでお礼がしたいと言うと「マクアがもっと輝いてる姿を見せて貰えたら、それが一番のお礼だよ」と言われてしまった。


 小夢はふと、彩輝に言おうと考えていたことを思い出す。


「あの、彩輝さん」


「ん? なになに」


「今度、『小悪魔マクア』と『カガヤキサキ』でコラボしませんか?」


「え!? ほんと!?」


 彩輝がパッと弾けたような笑みを浮かべ、小夢の手を握った。


「うん絶対やろう! いつ? いつにする!? あーっでもあたし色々スケジュール詰まってた気がするから、また確認するね!」


「はい、お願いします」


「いやー楽しみだな。どんなことしよっか。せっかくマクアちゃんも3Dモデル使えるようになったんだから、ウチのスタジオに来てもらって色々できそうだね! マネージャーさんに聞いてみる!」


 小夢と彩輝はそんな会話をしながら、高校に向かった。


 二年生と三年生では教室があるフロアが異なるため、二階に上がった所で小夢と彩輝は分かれることになる。

 その別れ際、迷いがちに小夢は彩輝に尋ねた。


「彩輝さん、って、カレシ、いますか?」


「カレ、シ……? あぁ、カレシ!  いないよー? 今はあんまりそういうの興味ないしね。あたしは歌とダンス、そしてブイチューバーで精一杯だし、それが一番楽しいから」


「そ、そうですか。変な事聞いちゃってすみません……っ。それでは、また」


「うん、またねー?」


 様子のおかしい小夢に、彩輝は小首を傾げながら手を振った。


 彩輝と別れて教室に辿り着いた小夢は、緊張の面持ちで視線を巡らすが、まだ奏太は来ていないようだった。


 小夢は自分の席に座り、横目で隣の席を見る。奏太がやって来たのは、授業が始まる直前だった。ふと目が合い、奏太が口を開く。


「おはよう、根上さん」


「お、お、おはよう、奏太、くん」


 声が震えまくっている小夢を奏太は特に気にした様子もなく、そのまま小夢の隣の席に着く。そして、一つ前の席の中原雄飛と話し始めた。


 その後すぐに先生がやって来て授業が始まる。小夢はいつも以上に奏太を意識してしまって、ろくに授業に集中できなかった。なんだか前にもこんなことがあった気がする。


 二回の授業が終わり昼休みになると、小夢は席から立ちあがってトイレに駆け込んだ。


 トイレの鏡に映った自分を見て、小夢は自分に言い聞かせる。


「大丈夫、〝私〟は変わった。変わったんだから、きっと大丈夫」


 この約一か月、本当に様々なことがあった。

 色んなことが起きて、色々変わった。


 マクアとしてブイチューバーを始めて約一年。ひょんなことから隣の席の奏太が、小夢が密かに想いを寄せる相手が、尊敬するブイチューバーの大先輩の魂で、物凄い人物だと知った。

 他にも色んな人と出会って、言葉を交わした。


 奏太と、彩輝と、太郎と、ゆうかと康介と、七海と、そして晴華。

 彼ら彼女らと顔を合わせて関わった経験は、何物にも代えがたい。


 本当に大切なものを知って、昔のように〝自分〟に自信が持てるようになった。

 晴華とも仲直りして、また約束を交わした。今度は絶対に叶えると誓った夢。


 今、小夢はブイチューバーを始めて、本当に良かったと思っている。


 ——だから、大丈夫。


「よし」


 小夢は大きく頷くと、教室に戻った。奏太はまだどこにも行かず、前の席の雄飛と話していた。


「そう言えば、奏太。〝ブイチューバー〟ってヤツ、知ってるか?」


「うん、知ってるけど」


「お? 知ってんだ。同じ部活の奴が言ってたんだけど、なんか凄いらしくてさぁ」



「——奏太くん、ちょっといいかな?」



 奏太と雄飛の間に割り込むようにして、小夢は奏太に声をかけた。


「あぁ、根上さん。別にいいよ」


 奏太は席から立ち上がると、呆然と口を開けたまま固まっている雄飛に向かって「ごめん雄飛。そういう訳でちょっと用事できたから」と言い、教室の戸口の方へ足先を向ける。


「場所移動した方がいいよね」


「そ、そうだね」


 そして小夢と奏太は、校舎四階の隅にあるひと気のない空き教室にやってきた。以前にも奏太と秘密の会話をした、その教室。


 小夢は奏太と向かい合う。身体は熱く、緊張のあまりこの場から走って逃げだしたくなる。

 それでも、小夢は拳を握って奏太のことを見つめた。


「あの、奏太くん」


 二人の間に沈黙が落ちる。窓から差し込む陽光が眩しい。



「私——、ずっと前から、奏太くんのことが好きでした! ずっと好きで、奏太くんのこと目で追ってて、ずっと奏太くんのこと考えちゃう時もあって、でも、この一か月で奏太くんといっぱい喋って、関わって、本当に……色々あって——、もっと、もっともっと奏太くんのことが、……大好きになったの。だから……、だから————っ、私と、恋人になってくださいっ!」



 ——あああぁぁああああぁぁぁ、言っちゃったぁぁぁっ!



 小夢の頭の中が真っ白になり、心臓が爆発しそうで、奏太の顔から視線を外したいのに、身体が固まって視線を逸らせない。

 奏太は少し驚いたような表情を浮かべてから、真面目な顔になって口を開く。


「そっか。それは、なんというか驚いたよ」


「ぅ、うぅ……」


「根上さんの気持ちは、素直に嬉しいね。でも、僕は君の気持には応えられない」


「え」


「僕が好きなのは、やっぱりリアルよりバーチャルだから」


 飄々とした雰囲気で、奏太はあっさりそう言った。


 ぽかんと口を開けている小夢に、奏太は「じゃあ、ごめんね」と告げて教室から出て行こうとする。その背中に、小夢は咄嗟に声をかけた。


「私! 諦めないから! 絶対に、絶対に絶対に絶対に! 〝現実リアルの私〟を好きにしてみせるから! か、覚悟してよね!」


 顔を真っ赤にして、涙目になりながら奏太に人差し指を突き付ける小夢。


 すると、奏太は首だけで振り返って小夢を見て、どこか楽しげな微笑を浮かべた。


「それは、覚悟しなきゃかもね」


 そのまま奏太は教室の戸を開けて、廊下に出て行く。


 たったひとり取り残された小夢は、手近にあった窓を勢いよく開け放つと、この胸の内に渦巻くごちゃごちゃした感情を全て吐き出すように————青空に向かって叫んだ。



「——バーチャルになんて、負けてたまるかぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっっ!」



 了




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


あとがき


青井かいかです。

この物語は一応ここで完結とさせて頂きます。

拙作に最後まで目を通して頂き、本当にありがとうございました。




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