20.約束


 仲の良い二人の少女がいた。


 幼い頃に同じ夢を見て、二人でアイドルになろうと小さな小指を絡め合った。

一緒に歌や踊りの練習をした。


 やがて少女たちが成長したある日、少女の一人が「アイドルになりませんか?」とスカウトされた。その少女はとても喜んだが、もう一人一緒にアイドルになりたい子がいるとそのスカウトに告げた。そして、二人で一緒にアイドルになれそうにないと悟ると、それを断った。


 代わりにとあるアイドルオーディションが開催される話を聞き、少女たちは二人でそのオーディションを受けることにした。


 二人でオーディションに応募をして、しばらく経った後、都内で行われるオーディション会場の案内が一人の少女の元に届いた。


 その案内が届いたのは片方の少女——スカウトを受けた少女だけだった。

 スカウトを受けなかった少女は言った。


『ごめんね、晴花ちゃんには黙ってたけど。私、そもそも応募しなかったの』


『どうして……? 二人で受けようって言ったのに。約束したのに! 二人で一緒に、アイドルになるんじゃ、なかったの……?』


『……だって、私は、無理だから。晴花ちゃんみたいに輝いてない私には、無理だよ』


『なんでそんなこと言うの!? 小夢なら……小夢なら、絶対輝けるのに! 約束したじゃなん! 本当に、勝手に一人で諦めちゃうの?』


『……ごめんね』 


『……っ。小夢のバカ! もう知らない!』


 その日、二人の少女の間に溝が生まれた。




「あ、小夢」


 幼い頃、彼女と共に歌と踊りの練習をして、約束だと小指を絡めた公園。


 七月八日、月曜日の放課後。茜色の夕空が広がる下、ひとりブランコに座って夕日を眺めていた晴華が、やって来た小夢に気付いて立ち上がった。


「晴華ちゃん……」


「急に呼び出したりして、悪かったわね」


「ううん、どうせ暇だったから大丈夫」


 小夢は首を横に振って、控えめに笑いながら晴華の前に立つ。


「それで、私に言いたいことって……?」


 平静を装ったその顔に確かな緊張を滲ませながら、小夢は少し首を傾けた。


「あのね、小夢」


 晴華もまた緊張に身体を強張らせながら、ゆっくりと、深く頭を下げた。


「ごめんなさい」


「……えっ?」


「バーチャルなんてくだらないって言って、ごめんね」


「晴華ちゃん……」


「私ね、昨日、『バーチャル七夕フェス』っていうブイチューバーのイベントを見たの。それで、私はブイチューバーのこと、何も知らなかったんだな、って分かった。ブイチューバーっていう文化は、とても素敵なものだと思うようになったの」


「え!?」


 小夢が目を見開いて、驚いた声を上げた。


「見たの……? あれ」


「うん、見た。そこで、ブイチューバーの『マクア』って子がいたんだけどね」


 晴華が小夢の瞳を見据えて、言った。


「正直、酷いもんだったわ。歌は最低限整えただけって感じで下手くそだし、お腹から声出し切れてないし、意味不明な所にアレンジ入れてるし、踊ってるのか揺れてるのか分からなない中途半端な振り付けも見ててイライラしたわ。他の出演者との差が酷くて余計に見てられなかった」


「う、うぅ……」


 小夢は身体を小さくし、顔を羞恥の赤に染める。


「でもね、輝いてた。マクアはちゃんと輝いて、お客さんを楽しませてた。小夢の魂は、眩しいくらいに輝いてた。アイドルだった。だからこの前、小夢のことを自信もプライドもなくてしょうもないって言って、……本当にごめんなさい」


 そう言って、少し照れくさそうな表情を浮かべる晴華。小夢は心底驚いたような表情を見せると、自然とこぼれ出たような声で言う。


「私……、輝いてたかな。アイドル……、みたいだったかな」


「うん、今の私と比べたら全然まだまだだけど、輝いてたし、アイドルだったよ」


 大胆不敵に口の端を吊り上げる晴華に、小夢はくすりと笑った。


「うん、そうだね。〝まだ〟、晴華ちゃんの方がずっと、ずっとすごい。私も、がんばらなくちゃ」




 錆びれたブランコに、小夢と晴花は並んで座り、茜色の夕日を眺めながら言葉を交わしていた。


「……あのね、晴華ちゃん」


「なに?」


「私も晴華ちゃんに、一つ謝らないといけないことがあるの」


「へえ、なにかしら」


「昔、二人で一緒に、アイドルのオーディションに応募しようとした時のこと」


「……っ」


 晴華の雰囲気が少し張り詰める。どういう表情をしていいか分からないという顔をしている晴華を見て、小夢は悔いるように言った。


「私、本当はね、ちゃんと応募してたの。あのオーディションに」


「え……っ?」


 予想外の話だとでも言うように、晴華が目を丸くする。


「そもそも応募してない、なんてあの時晴華ちゃんには言ったけど、そんなのウソ。本当はしっかり応募して、それでね、書類審査で落とされちゃったの」


 小夢は晴華にはにかんだ顔を見せ、「あはは、情けないよね」と笑った。


「私ね、あの時、どうしても晴華ちゃんに本当のこと言えなかった。なんだか、絶対にアイドルになれるって思ってた自分と、それを信じてくれていた晴華ちゃんの気持ちを不意にしちゃう気がして、それで、ウソついて逃げたの」


「じゃあ、私に気を使ってたって、こと……?」


「ううん。でも、結局ウソをついた一番の理由は、絶対にアイドルになるって言ってた私が、簡単に審査に落されたのを、誰にも知られたくなかったから、だから」


「情けないよね」と、小夢は繰り返した。


「でも、その後、晴華ちゃんとあまり喋らなくなって、どんどん距離が離れていくのを感じて、ずっと後悔してた」


「小夢……」


 瞳に涙を滲ませ、それを必死に堪えている小夢に、晴華が唇を震わせた。


「晴華ちゃん、あの時ウソをついてごめんなさい。もしよかったら、私ともう一度仲良くしてくれませんか?」


 小夢が真剣な目でそう言うと、晴華が小さく吹き出して、可笑しそうに笑った。


「なによその改まった態度、そんなのいらないってば。……私の方こそ、小夢の気持ちを考えられてなかった。小夢の気持ち考えられずに、私の自分勝手な思いを押し付けて、勝手に失望して、苛ついて……。だから、ごめんね。今まで色々、本当に」


「ううん、いいの。結局私がろくな説明もせずに、晴華ちゃんの思いを裏切っちゃったことには変わりないから……」


「うん、よし!」


 そこで晴華はブランコからパッと跳ねるように降りると、隣にいた小夢の手を引いて、立ち上がらせた。


「ねえ小夢」


「な、なに? 晴華ちゃん」


「もう一回、約束しよう」


 晴華が小指を差し出す。


「二人で一緒にアイドルになるっていう約束は守れなかったけど、今度こそ絶対破らない二人の約束」


「どんな約束……?」


「私が現実リアルで一番のアイドルになって、小夢がマクアとして仮想バーチャルで一番のアイドルになる。そしたら、二人で一緒にライブをするの。バーチャルとリアルの二人が同じ舞台に立つのは大変かもしれないけど、でも、絶対大丈夫。私と小夢なら、不可能じゃない」


 小夢は晴華の真っ直ぐな視線を受け、パッと輝いたような笑みを浮かべると、晴華の小指に、自分の小指を絡めた。


「その夢、絶対叶えよう! 約束ね。ゆびきりげんまん」


「うん、ゆびきり」


 いつかもした二人だけの約束。あの時のように二人で一緒に言葉を重ね、やがて小指を離すと、小夢と晴華は互いに、子供のように笑いあった。


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