19.Vtuberの輝きについて


 『バーチャル七夕フェス』における全ての出演者の出番が終わり、マイク頭のまいくがステージに立っている。


「——素敵なブイチューバーたちによる二時間を超えるお祭りライブをお送りしました。いやぁっ! あっという間でしたね! 私はまだまだ聞き足りません! しかしお祭りには終わりが付きもの。そして今回もその終わりがやって来てしまいました。とても寂しいですが、でも大丈夫! きっとまたどこかのイベントで会えることでしょう! それでは出演者のブイたちや運営に関わった皆さん、そしてこのフェスを盛り上げてくださった皆さん、最高の時間をありがとうぅっ! 今日見たブイチューバーたちのチャンネル登録とツイッターのフォロー、忘れるなよ! できれば私のチャンネルも登録していただければ……そのはい、あの、恐縮です……。——それではグッバイ! またどこかで会おうぜ!」


 まいくの姿がパッと消え、ステージ上空の半透明のスクリーンにエンドロールが流れ始める。今日出演したブイチューバーや、歌われた曲の紹介が主だ。


 そして、フェスへの感謝や、最高だったとの感想、拍手などのコメントが会場の至る所に表示されているのに混ざって、大々的に何枚もの〝イラスト〟やポーズを決めた〝ブイチューバーたちの写真〟のようなモノが映し出されては、消え、また別のものが映し出されていく。


 よく見るとそこに映っているのは、今日出演していたブイチューバーたちの姿だ。


「ねえ相川、あれはなに?」


 気になった晴花がそう尋ねると、奏太が「ああ」と頷いてから言う。


「あれはファンアートだね」


「ファンアート……、ファンの人たちが作ったものってことよね」


 アイドルとして活動している晴花には身に覚えがあるものだった。アイドルとしてのハレカのファンの中に、晴花自身をモデルにした絵などを描いている人がいるのは知っている。しかし——、


「こんなにたくさん……? 全部そうなの?」


「うん、そうだよ。ブイチューバーはバーチャルっていう性質もあって、現実リアルのアイドルや、ユーチューバーより、こういうものがずっと多く作られやすい。そのブイチューバーへの想いとか、応援の気持ちとかを込めて、作る。ブイチューバー本人にとっても、それらは大切でかけがえのないものだよ」


 今回出演したブイチューバーはたくさんいたが、それにしても物凄い量だ。会場いっぱいに次々映し出されて行くが、まるで途絶える気配がない。


「ここに映ってるのは、そういうファンアートのほんの一部」


「……すごい」


 それらの一つ一つに、温かみがあった。そのブイチューバーのことが好きだという想いが、応援したいという気持ちが、込められているのを熱く感じた。


 驚きの息を漏らして、晴花はそのいくつものファンアートをじっと眺める。


「僕はさ、ブイチューバーって一体何なんだろうって、思うんだ」


 不意に奏太がそう言って、晴花はそれに静かに耳を傾ける。


「君が言ってたように〝バーチャル〟っていうただのデジタル世界の『仮面』を被っただけの人間って言ってしまえば、それまで。だけどそれを言うなら、これは僕が尊敬してるブイチューバーの言葉だけど、結局その人間だってただのタンパク質の塊なんだよね」


「……それはまた、ちょっと違うんじゃ」


「まぁ、そういう人の気持ちも分かるよ。結局僕らが生きてるのは現実リアルな訳だしね。僕が言いたいのは、ブイチューバーっていうバーチャルの存在も、リアルの人間も、無理に優劣を付ける必要はないよねって話。ブイチューバーにも人間にもそれぞれ同じように、良い所と悪い所があって、同じように、色んなヒトたちがいて、色んなことをして、色んなことを考えてる」


「……」


 晴花は無言のまま何も言わない。バーチャルな世界に居る今、奏太から見た晴花は鼻も目も口もない真っ白な人影の姿で、どんな表情をしているのか分からない。

 この視覚的情報量の少なさは、バーチャルがリアルより劣っている点だなと奏太は苦笑した。この苦笑もきっと晴花には伝わっていない。だけど時にはそれが、利点となることもある。


「これから言うことは、僕がブイチューバー好きで、君にもその良さを知って欲しいから言う事だけど」


 そう前置きして、奏太が言葉を紡ぐ。



「人はさ、夢を見る生き物なんだ。


 例えば、悪から世界を守るヒーローになれたら、

 お金持ちになって自由奔放に生きれたら、

 イケメンになってハーレムを作れたら、

 皆にちやほやされる美少女になれたら、

 誰もが憧れる輝かしいアイドルになれたら——。


 そんな空想を常日頃から思い浮かべてる。


 でも僕たちが生きるこの世界は現実リアルだから。そんな仮定の想像——仮想バーチャルに意味はない。

 そう思い込んで、あり得ないと決めつけた空想を見ない振りして、真っ当な現実を生きている。


 妄想はくだらないと、子供の戯言だと、現実を見るのが賢い生き方だと、もう自由な夢を思い描いていた子供の頃には戻れないと————、分相応に過ごしている。そういう人がたくさんいる。


 現実リアルで、誰もがヒーローになれる訳じゃない、誰もがイケメンや美少女になれる訳じゃない、誰もがアイドルになれる訳じゃない、誰もがスターになれる訳じゃない。


 でも、仮想バーチャルの中なら、話は違う。


 人々は何にでもなれるし、空を飛べるし、魔法だって使える。諦めたはず夢がまた見えて、輝き始める。


 そういうこともある」



「私、は……」


「うん」


「……いや、何でもない。続けて」


「分かった。つまり、君はブイチューバーなんて、本当の自分を『仮面』で隠しているだけでしょうもないって言ってたけど、バーチャルっていう『仮面』を被ってるからこそ、できることもあるんだよ。——って、僕は思う」


 晴花はそれを聞き終えた後もしばらくは無言のままだった。しかし、ふとした瞬間、


「……うん。そうみたいね」


 晴花が既に誰も居ないステージを見つめて、呟いた。


 その晴花の言葉を聞いて、奏太が嬉しそうな口調で言った。


「今日、君に見せたのはブイチューバーのほんの一端。〝ブイチューバー〟って存在にこれっていう正解はないし、一つに決められるようなものじゃない。きっと、君が気に入らない形もあると思う。僕にだってそういうものはある。でも、その中でも僕がとびきり素敵だと思うものを、君に今日見せたつもり。——どうだった?」


「そう、ね……。何だかあなたの思惑通りみたいになったみたいで癇に障るけど、輝いていたと思う。この前、あなたが好きなブイチューバーを軽んじる発言をしたことは謝るわ。ごめんなさい」


「うん、楽しんでもらえたみたいでよかった」


「バーチャルの世界ならではって感じの演出も、初めて見るようなこの世界の文化も、新鮮でよかったわ。確かに新しかった。そこは認める、私が間違ってた。確かに私は一部しか知らなかったみたい。それでも、やっぱりね——」


 そこで晴花は自分のヘッドマウントディスプレイをはぎ取って現実リアルの世界に帰って来ると、ベッドの端に座っていた奏太のヘッドマウントディスプレイも同じようにはぎ取る。

 そして奏太の目をにらみつけるように見て、不敵な笑みを浮かべると、高らかに言う。


「——私の方が輝いてるわ。現実のアイドルとしての私の歌と、踊りの方がずっと良い。あんたが見せたいものを今日私が見た。だから今度は、あんたが私のライブを見に来なさい。絶対、圧倒させてやるから」


 すると奏太は少し驚いたように目を丸くした後、楽しげな微笑を浮かべて頷いた。


「期待してるよ」



 ◇◆◇◆



 【ファンアート】——そのヒトのファンたちに対する想いを込めて作るイラスト、画像や動画など、他にも色々、のこと。

 


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