海老、殻剥いて食べて
舟
◯
めちゃくちゃデカいベンガルトラがいる。
どう見てもめちゃくちゃデカいのだが、ガイドの民さんは「あんなの序の口、序二段よ」と鼻で笑っている。
そんなはずがない、あれはとんでもなくデカいベンガルトラだ。私は民さんに詰め寄り、大声で「デカいに決まってるだろ馬鹿たれ!」と罵った。
民さんはけけけと笑い、
「お前の経験が浅いだけだろ」
そう吐き捨てるように呟くと、ワニワニパニックの叩くやつを持ってベンガルトラに向かって行った。その後、民さんの姿を見た者はいない。
五年後。私は水族館で絶望に打ちひしがれていた。今日のお目当てだったイルカショーが雨天中止らしいのである。
私は何度もイルカとコンタクトを取り、本当に無理なのかどうか尋ねたが、イルカから返って来た返事は全て「きゅきゅ」だった。
私は五年ぶりに怒りを覚えた。あの日見たベンガルトラと、今日のイルカ。似て非なるものながら、それらはある共通点で結ばれている。
生きていることであった。
私は既に死んでいる。いつ死んだのかは定かではないのだが、結構前に死んだことは記憶している。確か、酷く酩酊した夜であった。千鳥足で帰路を急いでいた私はコンタクトレンズを落としたことに気付き、歩道の真ん中で立ち尽くしてしまった。すると、突如歩道が渦を巻き、渦の中からあともう少しでビンゴになりそうなビンゴカードが出てきた。『24』が出ればビンゴであった。
私は咽び泣いた。どうしてビンゴになりそうなビンゴカードはあるのに、ビンゴの玉が出てくるビンゴのぐるぐる回すやつはどこにもないのだろうかと。これではいつまで経ってもビンゴがビンゴにならないではないかと。
私は七秒足らずでコンタクトレンズを見つけると、ズボンの裾が汚れるのも厭わず一心不乱に走り出した。こんなに走ったのは社内運動会のパン食い競争以来だと思ったりしながら。そんなことを思う余裕があったのだから、きっと真の一心不乱ではなかったのだろう。本当に一心不乱なら、「これは一心不乱だな」と思う余裕すらないのだから。
兎に角、やや心にゆとりがある状態ながら、それでも全身全霊で走り続けた。全身全霊の状態をそれまでに経験したことがなかったので、本当にそれが全身全霊だったのかどうかは知らない。もしかすると私には秘められた力があって、それを使った時が真の全身全霊なのかもしれなかった。けれど、その時は全身全霊で間違いないと思っていた。でも、全身全霊の時は「これは全身全霊だぞ」とは思わないだろう。だとすれば、火事場の馬鹿力だろうか。火事に遭遇したことがないのでこれも一概にはそうと言えないだろう。
分からないのでもうこのくだりはいい。話を進めよう。
明け方、取り乱した吐息がようやく落ち着きを取り戻した頃。私は空手道場の中にいた。一人の巨大な男が私に立ちはだかっている。
「人間山脈だ、人間山脈だぞ……!」
あまりの大きさに、私は怯えながら呟いた。
「確かにそうだ……。あれは人間山脈だ……」
「いや、ランボルギーニの可能性がある……」
「確かに」
「本当だ。その考えはなかった。言われてみれば確かにそうだ」
「ランボルギーニに違いねえ」
「ああ、ありゃランボルだぜ」
「ランボだな」
「そうだ。ありゃランだ」
「ラだな」
「Rがこんなところにいるとはな」
雑踏から馴染みのある声が私の会話を奪っているのが聞こえた。あれは誰の声だったろう。考えていると、Rが野太い声であざ笑った。
「命惜しい言うても遅いで」
どうやら私は勢い余って道場破りを仕掛けているようであった。
「わえら看板の誇り背負ってんど。おどれナメとったらブチ殺しちゃらあ!」
Rが叫んだその瞬間、天から降り注いだ落雷が私の頭蓋に直撃した。即死である。享年八十五歳。一生のうちに食べたトマトの数は百九十七個であった。プチトマトを入れると倍以上になる。プチトマトとミニトマトの違いは知らない。
私には知らないことだらけだ、ああ、記憶も薄れてゆく。ベンガルトラもイルカも、記憶の副産物だったに違いない。私は幻、それははるか遠く……。
ブラスバンドが聴こえる。
どこかから、これは、夢じゃなく……。
これは……、ジョックロックだ……。
なるほど、私は甲子園に生まれ変わったのか。
限りなく緑に近い苔生した私の外壁は、まるで水槽のようである。水槽を綺麗にするには海老を入れるのがいい。海老は汚れを食べてくれるらしいから。
色々な種類の海老を各二匹ずつ入れておくと、麻雀愛好家は「七対子だ」と勘違いして喜んでくれるだろう。私は最初からその時を待っていたのさ。
「今がチャンスだ、ツモれ!所構わずツモるんだ!」
麻雀最強列伝、これにて終幕!!
海老、殻剥いて食べて 舟 @6nennsei
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