1.不遇
――あれから三年が経過した。
ボクの剣技は、抜群とまではいかなくとも平均以上には使えるものだったらしい。ギルド登録後、いくつかのパーティーを転々としつつ、ある程度の地位を築いた。
それでも、やはりここでも同じらしい。
「おい、そこのお前! 今日のアレはなんだ!?」
「く……!?」
ギルド併設の酒場。
そこには、クエストを終えた冒険者たちが集まっていた。
多くのパーティーがこの場所で一日の総括をするのだが、決まって見られるのは魔法使いが他の仲間を非難する光景。本当に胸糞悪くなる、というのが本音だった。
失敗はすべて、魔法使い以外のせい。
彼らに落ち度があっても、前衛の者には反論するための力がない。
だから、歯向かうことができないのは当然だった。憎むべきなのは自分自身。魔法の才能を持たず、この世に生まれた自身の境遇を呪うしかなかった。
――そう。
ボクたちには、覆しようがない。でも、
「ふざ、けるな……」
「あ……? お前、いまなんて言った?」
それでも、その日は我慢の限界だった。
ボクは一人の魔法使いと睨み合い、思わずそう漏らす。すると相手の魔法使いは、歪んだ表情を浮かべながら声を荒らげた。
「お前らのミスでクエストに失敗したのに、なにが『ふざけるな』だ!?」
「いいや、違う! ボクとデルタは、しっかりと時間を稼いでいた! それなのに、まともに魔法を発動できなかったのはお前じゃないか!!」
すかさずボクは反論する。
事の発端は、今日のクエストでの出来事だった。
「なにぃ……? お前らが十分に魔物を引き付けられなかったからだろうが!」
ボクと、ボクの後方で隠れる一人の少年――デルタ。
魔法を使えないボクたちにできるのは、陽動。つまるところ、囮だ。
いま口論をしている魔法使いが、魔力を練り上げる。それまでの時間稼ぎ。その役割分担の上で、ボクとデルタは間違いなく役割を果たしたはずだった。
しかし、クエストが上手くいかなかった理由。
それは間違いなく、魔法の『不発』という無様を晒した彼の責任だった。
「ボクとデルタは、絶対に悪くない!!」
だから、ハッキリと告げる。
酒場全体に響き渡るような声で、そう言ってやった。
すると周囲の冒険者たちにも、騒ぎが伝わり始めたらしい。何事かとボクたちを取り囲み、様子を見ていた。そして、その中には――。
「なんだ、どうしたんだ?」
「いや。なんかあの魔法使い、不発をやらかしたらしいぜ」
そんな話をする者もいた。
魔法の不発――それは、魔法使いの中でも大きな恥として扱われるもの。だから、だろう。周囲の声を耳にした相手の魔法使いは、怒りを隠そうともせず叫ぶ。
「うるせぇ!? せっかく俺様が、お情けでパーティーを組んでやったってのに! くそ生意気なことを言うなら、今すぐに――」
そして手をこちらに突き出し、一気に魔力を練り始めた。
空気が肌を刺すような感覚。それを感じ取って、ボクはすぐに理解した。この魔法使いはボクとデルタを殺しても構わない、そう考えている――と。
そして今、感情に任せた魔法をこちらに撃ち込まんとしていた。
「く、そ……!」
後ろを振り返ると、そこには恐怖に震えるボサボサ髪の男の子。
デルタは完全に腰を抜かしてしまっているのか、回避行動に移ることができそうになかった。このままでは、間違いなく彼は死んでしまうだろう。
ボクが口答えをしたから。
ボクが我慢できずに、魔法使いに歯向かったから。
そう思った次の瞬間。
ボクの身体は一直線に、魔法使いの男に向かって跳んでいた。そして、
「殺すなら、ボク一人でいいだろう……!?」
「――な、てめぇ!!」
捨て身、というのが正しいだろう。
ボクは魔法が自分にだけ当たるよう男の腕を掴んで、自身の胸に押し当てた。これなら間違いなく、他に被害は出ない。
ルインという男が一人、この世を去るだけだ。
そう考えて、つい捻くれた笑みを浮かべた時だった。
「駄目です、ルインさん……! 死なないで……!!」
背中に、少年の声が聞こえたのは。
肩越しに振り返ると、そこにいたのは涙目でボクを見るデルタ。
彼は動かない脚を忌々しげに殴りながら、必死にこちらへと声を投げかけていた。
――諦めては駄目だ、と。
デルタの思いを受けて、ボクは唇を噛んだ。
そして、こう思う。
――こんなつまらない場所で、死んで良いのか?
覆しようのない力の差。
力を持たない者として生きてきた。
それでも、こんな下らない諍いによって命を落として良いのか、と。
「いや、だ……」
正直に言えば答えは――否、だった。
死にたくない。こんな馬鹿げたことで、なにも残せないまま死にたくない。
それでも、この身には力というものが微塵もなくて。だから今まで、抗いようもなく泥水を啜って生きてきた。でも、本当は……。
「ふざけんな……!」
本当はもっと、大きな世界を見てみたい。
もっと、自分の力で多くの人の力になりたい。
たとえ≪ゼロ≫と呼ばれても。
それだけが、ボクの胸の中にある本当の気持ちだった。だから――。
「諦めない。諦めたくない。こんな、ところで……!」
ボクは魔法使いの腕をへし折らんばかりに強く、掴みながら叫んだ。
「諦めて、たまるかッ!!」――と。
すると、不思議なことが起こる。
男の練り上げた魔力は、一気に収束していったのだ。
いや、正確に言えば。魔法は間違いなく、ボクの胸に向かって放たれた。――その上で、魔法は急速に収縮したのだ。
それはまるで、一瞬で消滅してしまったかのように。
「お前、いったいなにを……!?」
「……!」
「いってぇ!?」
だが、いまは考えている暇はない。
呆気にとられる魔法使いの腕を思い切り振り払って、ボクは――。
「逃げるぞ、デルタ!」
「え、はい……!」
少年の手を掴んで。
抱き起こすような勢いのまま、酒場の外へと駆け出したのだった。
0《ゼロ》の魔法剣士。~【無効化】魔法という前例がないために適正なしと判定された少年は、魔法の名家を出て冒険者となる~ あざね @sennami0406
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