第7話
学校を出た私たちは、いつも乗るバス亭を通り過ぎて、少し離れたところにある公園まで歩いていた。自販機で飲み物を買う。カフェオレを手渡しながら、
「眠れなくなるんじゃない?」ときくと、
「いいの、どうせ寝ないから」
ブランコに座った夢乃は缶を開けながらそう言った。
私は隣のブランコに座って、プルタブをカチカチ指でいじる。缶の熱さが、指にじんじんと伝わった。
「あのね」
少ししてから夢乃は切り出した。
「私は、話をきいたからって、恩を着せたなんて思わないわ」
いきなりそんなことを言われるとは思わなかった。
「私だってそんなこと思ってないよ」
「ならどうして、弱さを見せようとしないの。対等な友達だと思ってるなら、話してよ」
虚を突かれて、何と言ったらいいのかわからない。夢乃は拗ねたような顔をして言う。
「リイはいつもそう、傷ついてるのに気付いてないみたいなふりして、そんなに強くなりたいの」
「違う、そんなんじゃない」
私は頭を横に振った。
「だって仕方のないことだ、私が全部悪いんだから、自業自得だ。なのに傷付いたふりしたら、それはフェアじゃないよ」
膝上の缶をぎゅうと握る。火傷しそうなほど熱い。そこに夢乃の白い手が触れる。顔を上げると黒い瞳がじっと私を見ていた。指がほどける。掌がじんじんと痛んだ。私は、視線を下に落として口ごもる。
「…でも、聞いてくれる?くだらない話だけどさ」
それから私は、中学の時部活のメンバーの仲がすごく悪かったこと、喧嘩にも、悪口を聞くことにも疲れたこと、高校になってからもそういう環境は変わらなくて、うんざりして対立しているグループのどちらにも入らなかったこと、同じ中立の立場にいると思っていた友達が本当はどちらのグループにも出入りして、人の悪口を言っていたこと、偶然私に対する悪口を聞いたことを話した。
「優が悪いんじゃない。悪口なんて本人の耳に入らなきゃ問題ないんだし、優は私がいないと思ったから、ああ言ったんだろうし。全然、気にしてなかった。気にしてないと思ってた。次の日珍しくパスが回って来て、優にパスしようとして、できなかったの。なんでだろ。受け取ってくれないって、思ったのかも。それから基礎練とかには参加してたけど、試合には出なかった。ひとりでできるスポーツじゃないから。ひとりでできるスポーツにすればよかった。でもバスケが好き。中学ではギスギスしてたから、高校でならそうならないでできるかなって思った。悪口とか嫌って思ってたのに、私のこと敵みたいにしてチームメイト結束してんの見ると、私もあっち側がいいって思っちゃうの。部活辞めたいって言ったら顧問はもうちょっと続けてみろって。生産性がなくない?大人の言ってることってたまに意味わかんないよね」
途中から自分が何を言っているのかわからなくなって、それでも吐き出すように喋り続けた。夢乃は相槌をうちながら聞いていたが、私が話し終えてから少しして、
「やっぱり違わないじゃない」
と言った。
「そんなに苦しんでるのに、まだ傷付いてないふりするの?やっぱり、自分は強くないってこと認めたくないだけじゃない」
この言葉には腹が立った。カッとして言い返そうとすると、夢乃の手のひらが私の頬に触れた。
「弱虫」
夢乃はなんだか泣きそうな顔をして微笑んでいたので毒気を抜かれた。寒さで痛いくらいの頬に、彼女の手は温かかった。
「…そうかも」
私は肯定して、彼女の手に頭の重さを預けた。
私たちはいい子じゃない 絵空こそら @hiidurutokorono
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