第6話
あれから母とは話をしていない、と夢乃は購買で買ったパンを齧りながら言った。
「というか口を聞いてもらえない。でもいいの」
心なしか表情は晴れやかだ。私は相槌を打ちながらコーヒー牛乳を啜る。
新学期が始まって、ようやく私の退部届が受理された。置きっ放しになっていた荷物を取りに行くよう言われ、半年ぶりに部室の鍵を開ける。放課後は練習中なので誰もいないはずだ。
扉を開けると、中は大分様変わりしていた。私のロッカーはみんなの荷物入れになっており、私物は隅の方に積まれていた。捨てられなかっただけましかと思い、かき集めているとガラガラと扉が開く音がした。
振り返ると町田が立っている。町田は、私に気づくと眉を顰めたが何も言わずに部室に入り、自分のロッカーを漁った。ジャージを着ているから忘れ物をとりに来たのだろう。すぐに出て行く。私は手元に集中して、町田が出て行くまでの間をやり過ごそうとした。
「おつかれー」
またドアが開く音がする。
「あれ、りーちゃんじゃん!めっちゃ久しぶり!部活辞めちゃったのかと思ってた、復帰するの?」
屈託のない笑顔。半年ぶりに見る優だった。
私はうん、とかああ、とか言う声を出して、
「辞めるよ」
と言った。
「嘘、どうして?また一緒にやろうよ!」
辞めるなんて言わないで、という言葉に、出て行くタイミングを失っていた町田がとうとうキレた。
「いらねーよ。半年練習してない奴が今更何できんの?玉磨きでもすんの?超邪魔、勝手に辞めて今更帰ってきてもおめーの役割は何一つねーんだよ」
ロッカーに拳を叩きつけて、町田は腹立たしげに部室を出て行った。
私はまとめた荷物を持ち上げると、入り口でおろおろしている優に「じゃあそういうことだから」と言って部室を出た。
4月はまだ寒い。感覚が麻痺している。
さっき二人に言われた言葉を脳内で反芻して、やっぱり辞めてよかったんだと思った。今日は図書室に行けない。夢乃に縋り付きそうで自分が怖い。そう思っていた矢先、馴染みのある声が聞こえた。
「リイ」
声の方向を見ると、竹箒を持った夢乃がいた。
「何やってんの」
「掃除。今日委員会で新しい花を植えたから」
そういえば夢乃は今学期園芸委員だったっけと頷く。
「リイは、」
帰るの、と言いかけた夢乃が、私の顔を覗き込む。
「何かあったの?」
「あった」
口が滑った。何もないよ、といえたらよかった。だから嫌だったんだ。
夢乃はじっと私の顔を見て、そう、と言った。
やっぱ何もない、と言って帰ってしまいたかった。でもその前に、夢乃は私に竹箒とスマホを押し付けた。
「ちょっと、待っててくれない、鞄を取ってくる。一緒に帰ろう」
彼女は、私が返事をする前に校舎に駆けて行った。竹箒ならともかく、スマホを放り出してはいけない。やられた、と思った。
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