end of student solver
それから様々な事後処理をした。
学校に行く必要はもうなかったので、適当な理由をつけて欠席を続けた。そして、両親の都合でやはりこちらへの引越しは取りやめになった、というムチャクチャな理由で二人はそのまま転校という扱いになった。
今回の事件に関わっていた諸職員や反社会的団体は、証拠を元に検挙される運びとなった。
一年ちょっとの経験しかないSSのペアが一度の任務でこれだけ多くの検挙者を出したのは異例のことだったという。
また、事件の報告書で読むそれは三年目のSSペアが担当した方がよかったのではないか、と事件の重要性の判断基準や任務の割り当て方の見直しがされたり、地方任務への緊急応援の円滑化などがSS本部内で話し合われたりもした。
本部はざわついていたようだが、綾香と海一のやるべきことはいつもと変わらない。家を片付け、荷物をまとめ、次の任務地へ向かう。
もう着ることのない制服、諸資料、パソコンなどの備品関係は本部に送り返す。短い間だったが二人の“我が家”になったこの家は、次に誰か他のSSが使う時の為に出来る限りきれいにしておく。
綾香が玄関を掃除しようと外に出た時、そこにあるものが置かれていた。
「あれ? これって……」
見たことのあるシックな色合いのラッパ状の花。それが沢山まとめられた花束だった。
見間違うはずがない、これは冬間が中庭で育てていたものだ。以前に綾香は「この中でこれが一番好き」だと言った。
この花の名前は確か。
「カラーか」
別の場所を掃除していたが綾香の声を耳にして玄関にやってきた海一が、さらりとその名を口にする。
「そうだわ、カラーだって言ってた」
綾香の口ぶりから海一が尋ねる。
「これは冬間が置いていったのか?」
「多分そうだと思う……。冬間はこの家を知ってるし、前に私この花が好きだって言ったことがあるのよ」
あっ、と思い出して綾香は言葉を付け足す。
「思い出したわ。『この花が好きだから、花言葉教えて』って言ったら、冬間に『黙れブス』って言われたのよ! 今思い出しても腹立たしい……。バカはまだ寛大な心で許せても、女性に向かってブスはないわ……」
そう口をとがらせてブツブツつぶやく綾香に、海一は少し表情をゆるめた。
「じゃあ冬間は、この花束でそれを謝りたかったのかもしれないな」
そう言うと海一は花束のふもとの方に埋まっていたメッセージカードを引き出した。
そこに書いてあったのは。
《“凛とした美しさ”》
海一は心底哀れそうに綾香に言う。
「多分あれだな、花言葉とお前がかけ離れすぎていたから気を遣って言わなかったんだろう」
「ちょっ、どういう意味よそれ」
綾香がギロリと睨む。海一は肩をすくめた。
「冗談だ。冬間は恥ずかしくてお前に言えなかったんだろう。きっと花言葉にお前のイメージを重ねていたのかもしれないな」
改めてそう言われると、なんだか急に気恥ずかしさを覚えてしまう。
多分もう二度と会えないけれど、綾香はこの花束はもちろん、メッセージカードをずっと大切にしようと思った。
そして。
ついにここを去る時が来た。朝一の電車で出発するので、学校に行くよりも少し早い時間に家を出る。
綾香は玄関を出ると、振り返って家を見上げた。
自分が眠った部屋。久々に料理をして、人と食事をした部屋。ほんのわずかな間しか居なかったけれど、色々なことがあったので十分に愛着が湧いていた。
慣れた家を出るというのは、何度経験しても寂しいものだ。SSの任務に流転はつきもの、それは分かっている。今までだって色んな学校に行くため、色んな土地の色んな住居を転々としてきた。
でも、今回は少し特別だった。
昔に家族と住んでいた家を彷彿とさせるような大きな一軒家。そこを退去する寂しさは、過去の記憶と重なるものがあった。
いつまでも昔に縛られていたってしょうがない。それは分かっているんだけれど。
綾香は思わず、駅に向かう道すがら、海一にこう告げていた。
「海一。私、次の任務地に行く前にちょっと寄りたい所があるの。だから一人で先に……」
「俺も行く」
綾香の言葉が終わる前に、かぶさる早さで海一はそう告げた。どこに行こうとしているかなんて言っていないのに、行き先をもう分かっているような言い方だった。
綾香は小さく「うん」とうなずいた。
次の任務が決定するまでの束の間の休みに、二人はある場所を訪れていた。
潮風が香る、海の近い街。晴天の下、山の斜面に添うように広がる静かな墓地。
ロングスカートを風になびかせる私服姿の綾香が、ひしゃくの入った水桶と花束を持ってある墓の前へと歩いていた。
少し後ろから掃除用具や諸々の荷物を携えた海一がついてくる。同じくシンプルな私服姿だった。
二人は言葉少なにその墓を磨き、花を取り替え、供え物をする。綾香は冬間からもらった花束のうち数本をそこに加えた。
そして火をつけた線香を海一から受け取り、綾香は墓前で手を合わせた。長く、長く。きっと久々に会った家族に近況報告や、色々なことを話しているのだろう。
綾香が終えると、何も言わず海一も同じように墓前に手を合わせた。彼女と同じくらい長く。彼女の家族に何を伝えているのかは分からない。
そして海一が腰を上げて振り返ると、背後で遠く海を眺めていた綾香が静かに口を開いた。
「考えてみたら、このお墓に私が一人で来たことって一回しかないのよね。SS初任務の前、海一と会う前。SSでペアになってから、何も言わなくてもアンタはいつもお墓参りについてきてくれたわね」
ありがとう、と綾香は少しだけ振り返って、海一に微笑んだ。
彼女の言葉が返事を求めているようには思えなかったので、海一はただ彼女の背を見つめ、黙って聴いていた。
海の匂いをほのかに感じる優しい風に髪を乱され、綾香は片手で耳元を押さえた。そして懐かしそうに目を細める。
「SSのスカウトマンに『SSになる代償としてまず何を望む?』って訊かれて私、住まいよりお金より何より先に“お墓”って答えたの。今考えたら笑っちゃうわよね。私たち家族は身寄りがなかったから、私がどうにかしないとみんなバラバラになっちゃうところだったのよ」
自嘲するように綾香は小さく肩をすくめた。
「こんな気持ちのいい場所に、こんな立派なお墓があって、お父さんもお母さんも妹もみんな一緒に眠ってる。私ってほんと、親孝行な娘よねぇ」
うんうん、と大げさにうなずきながら言ってみせる綾香の声が、少し震えたような気がした。
「……でも。死んじゃったら、きれいな場所だとかお墓がすごいとか、分かんないのよね、多分。こうやって私が会いにきてることだってきっと、わかんないのよね」
寂しげにそう言う綾香の髪を、突然の強風がふわりともてあそんでいく。押さえることもせずただ吹かれ、白いうなじがのぞいた。
「知ってる、全部私の自己満足だから。家族のためなんかじゃない、自分を納得させるためにやってることだもの。私、バカみたいね」
海一は綾香の傍に歩み寄り、その隣に並んだ。いつもの淡白な表情のままなのに、彼女に注ぐ眼差しはとても優しげだった。
「ほんと、バカみたいね……」
気丈さの下で彼女の言葉ににじむ思い。
身近な人の死は、自分の中にあるその人との未来さえ奪っていく。自分の心の一部を削がれるように、自分自身の痛みとして確かに感じる。
何度だって思った。
いつまでも過去に縛られていてもしょうがない。もう起こってしまったことは、自分がいくら泣いてもわめいても絶対に変わることはない。
居なくなった家族も自分にいつまでも悲嘆にくれていてほしいとは思わないだろう。
だから、自分の中を一つ一つ丁寧に探って、優しい記憶だけを引き出して、綺麗に洗って。自分に勇気と自信をくれる思い出だけを、心の大事なところに飾ってきた。
でも、見ないように意識していてもひょっこり顔を出してくる、悲しく辛い思い出。その抗いがたい奔流。
その黒いもやは時折一気に広がって、自分を丸ごと包み込む。前も後ろも、今か過去かも分からなくなる。
ギリギリのところで張りつめられていた、誰にも見えない所にあるとても細い糸が、道理のようにぷつりと切れる。
綾香の目からぽろりと涙が一粒こぼれ落ちた。
「無理をするな。まだ、ようやく一年が経ったばかりだ」
隣から彼女の横顔を見つめて海一がそう言うと、綾香は遠く海を見つめたまま浅くうなずき、「うん」と震えを帯びた声で言った。
「でも、めそめそするのは、今だけよ……」
明日は昨日の自分よりもっと強くいられるように。自分が正しいと思える行動を取れる人でいられるように。自分の大切なものを守れるだけの力を持っていられるように。いつもそう思っている。
でも、今だけは。
綾香はその場におもむろにしゃがみこむと顔を伏せ、こらえるように何度か湿った息を吐くと、体を震わせ、何かを押し殺しながらしゃくりあげて泣いた。
海一はそんな綾香の一番近くで腰を落とし、静かに彼女の背に手を添えた。
そして彼女が次に顔を上げるまで、一歩も傍を離れなかった。
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