手袋さん 後編  作者:ますあか

小屋の中は、何かが暴れ回ったかのようなひどい有様でした。


木箱はボロボロに破壊され、木片が床に散らばっています。


壁は至る所に何かがひっかいたような傷があり、私は思わず息をのんでしまった。


温厚な左手袋さんは、怒りをぶつけるかのように壁を叩いています。


右手袋さんは、トントンと指を叩いています。よく大人たちがストレス解消にする動作のようです。


「……!」


私がパサッと紫苑の花をその場に落として、固まってしまいました。


すると手袋さん達は、私が小屋にいることにやっと気がついたようです。


私の姿を捉えるなり慌てて駆け寄って、私の手を取り、頭を撫でます。


いつもの優しい手袋さん達です。


でも、私は体の芯からぞっとするような心地がしました。


冷や汗が止まりません。


すると左手袋さんが「どうしたの?」と言いたげに、心配そうな手振りをします。


「だ、だいじょうぶ。ちょっと、驚いただけだから」


そして左手袋さんは、私が落とした紫苑の花を手に取りました。


私が花を持ってきたことに気づいて、喜んだ素振りをします。


すると右手袋さんが何か思いついたと言いたげな手振りをして、左手袋さんに合図をしました。


すると、左手袋さんも何か思い当たったようです。


ふたりは、パンッと手を合わせ喜ぶ動作をします。


何だろう……?


パンッ、パンッ、パンッ。


手袋さん達の拍手が止むと、手袋さん達の背後に真っ黒い闇が立ち上がりました。


この闇は、私の集落を襲ったものと同じ。


私は歯をガチガチと震わせ、その場から逃げ出したい思いになりました。


しかし私が小屋の外に出ようとしたことに気づいた右手袋さんが、私の腕を掴んで離しません。


左手袋さんは、私を安心させるように頭を撫でながら、闇のほうへ行こうと呼んでいます。


いけない……!!


この闇の中に入ってしまったら、きっと私は帰って来られない。


私は急いで右手袋さんを振り払い、小屋から飛び出した。



※  ※  ※



はあっ、はあっ、はあっ……!


私は無我夢中で走りました。


小屋から一刻も早く離れるために。


しかし、いくら走っても小屋の前に戻ってしまいます。


私は何度目かの走った先に、先ほど摘んだ紫苑の花を見つけました。


紫苑の花を見たとき、唐突に母様と話した思い出が頭に浮かんだのです。


【なにか困ったことがあったら、紫苑の花を持って思いなさい。


自分がどうしたいのか。きっと、花が導いてくれるわ】


「ごめんなさい」


私は先ほどと同じように紫苑の花に頭を下げ、ぷちっと茎を折りました。


私は紫苑の花を大事に持つ。


紫苑の花は「思い草」。


私の思いをきっと届けてくれる。


私はまた父様と母様に会いたい。


だからまだ闇の向こうへ行くわけにはいかない。


そのとき、


パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。


また拍手が聞こえてきました。


どうやら手袋さん達が小屋の外まで追いかけてきたようです。


右手袋さんはいらいらしたように拳を振りかぶっています。


左手袋さんの手には、ボロボロになった紫苑の花がありました。


そして手袋さん達の後ろには、大きな闇が立ち上っていました。


闇の中から、何か苦しい悲鳴が聞こえてくるような気がしました。


押入れの中から聞こえた不快な音。


手袋さん達は、こっちに来るように手を振っています。


私はぎゅっと手元にある紫苑の花を持って、念じます。


なかなか私がこちらへ来ないことにしびれを切らした右手袋さんは、こちらへ近づいてきました。


どうか……!


あと、数cmで私の肩に右手袋さんが触れられる距離になったその時でした。


「この子はお前達に決して渡しはしない」


ザッ


と大きな風の音が鳴ると、私の前にひとりの人が現れました。


あのお爺さんです。


お爺さんの温かい手が私を抱きしめました。


お爺さんは私の頭を撫でると、こう言いました。


「よく耐えきった」


その瞬間、私は涙が一気にこみ上げてきました。


「わしの後ろに隠れていなさい」


「う、うん。うう、うん」


私は泣きじゃくりながら、頷いた。


それから、後のことはよく覚えていません。


気がついたら朝になり、私はお爺さん「岩爺」に抱えられて集落に帰っていました。


それから、岩爺さんの家族がまとめている伊賀の里に私は移ることになりました。


父様と母様達は、甲賀の里の忍びたちが探してくれることになり、また岩爺さんは逃げた手袋さん達の追跡をするとのことでした。


私はいつか父様と母様と再会するため、伊賀の里で忍びとして修行をすることになりました。


でも修行中にふと、あの日の夜のことを思い出すのです。


きっと父様と母様を探していく中で、いずれ手袋さん達に再び会うのではないか。


そんな予感がするのです。

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