手袋さん 前編  作者:ますあか

●設定

No.31忍びは「紫苑シオン」になりました。


・鬼に里を襲われて孤児になったという設定

・シオンの花言葉は「追憶」「君を忘れない」「遠方にある人を思う」

・平安時代の「今昔物語集」には、シオンと鬼が登場する話がある

・響きがきれい、古風な印象もある


クランは伊賀です。岩爺と令様が面倒を見ており、人見知りだけど餡音になついている、という設定です。


元気いっぱいな於兎ちゃんのことは、たぶん苦手。


※  ※ (ここから本編が始まります) ※  ※



手は誰かと繋ぐためのもの。


手は誰かを導くもの。


しかし意思なく手に導かれたら、その人間はただの人形である。



                               XXの日記より



※  ※  ※


これは、私が7歳の頃の話しです。


私が暮らしていた忍びの里に暗い闇が訪れました。


暗い闇が訪れたときのことを、私はあまり覚えていません。


ただ覚えているのは、母様と指切りをしたこと。


父様に頭を撫でられたこと。


母様との約束を守るため、私は押入れの中に身を隠し、暗い闇が立ち去るのをひたすら待っていました。


人々の怒鳴り声や何かがぶつかる音、そしてざわざわとした不快な音はあるとき


パタッと


止んだのです。


何が起こったのか、おそるおそる押入れの扉を開いた瞬間、


何かに顔を覆われ、私は意識を失いました。


次に目を覚ますと、そこは日本家屋でした。


そしてふとんから体を起こすと、女の人とお爺さんが部屋に入ってきました。


女の人は、言葉を選びながら私に何が起こったのか話してくれました。


私の暮らしていた忍びの里が襲撃されたこと。


私以外の忍びたちは、全員姿を消してしまったこと。


私はすぐに現実を理解できませんでした。


姿を消した……?


つまり母様と父様も?


私の帰る場所が急になくなってしまったのです。


それがとても寂しくて、寂しくて。


私はこの日、自分がひとりぼっちになったことを知りました。



※  ※  ※



私が保護された集落は、とても排他的な場所でした。


よそ者に冷たいとも言えます。


特に集落に住む子どもたちは、私を遠巻きに見ていました。


私の暮らしていた里が襲撃に遭ったことを聞き、私のことを煙たがっていたのです。


大人達は、「あの子は甲賀の里に移るか、それとも伊賀の里に移るのか」とずっと噂話をしています。


その噂話をする大人達の視線がとても居たたまれなくて、とても寂しくて、誰かに話を聞いてもらいたくて、でもうまくしゃべれなくて……。


私はとぼとぼと集落から少し離れた小屋へ行きました。


最近の私の隠れ家は、この小さな小屋です。


ここなら私は冷たい視線に浴びることもありません。


最近は暗い闇が来た日を思い出して、夜飛び起きることが多いのです。


寝不足がひどく、私の顔色を見て、さらに住人達は顔をしかめました。


安心して眠る場所が欲しい。


そんなとき、何かに導かれるようにこの小屋へたどり着いたのです。


私は唯一実家から持ち出せた小さな人形を抱えながら、小屋の中で眠りました。



※  ※  ※



カタカタッ


私は物音で目が覚めました。


窓から月の光が入り、夜になっていることに気づきました。


そして、小屋の中で何かが動いていることに気がついたのです。


何だろうと思いながら、きょろきょろと部屋を見渡すと音の出所が分かりました。


それはただの変哲もない木箱でした。


音はこの木箱から聞こえます。


【開けて】


そんな声が聞こえた気がしました。


そして、なぜかこのとき私はこの木箱をためらいもなく開けてしまったのです。


木箱を開けたその瞬間でした……!!


ばっと片手くらいの2つの白い物が飛び出してきました。


「きゃっ!」


私はびっくりして、木箱をその場に落としました。


何?!


私は急に木箱を開けてしまったことを後悔しました。


私は人形をぎゅっと抱え込みながら、目をつぶって何事もなく時が過ぎるのを待ちました。


すると、私の背後からなにか


トントンと


音が近づいてきたのです。


ふたつの音がだんだん近づいてくる。


私はガタガタと体を震わせながら、目をぎゅっと閉じて、その場にうずくまります。


その瞬間


私の左肩を誰かが、とんとんっと叩いたのです。


「ひっ!」


思わず引きつった声が飛びでました。


すると今度は、私の右頬を誰かがつんつんっと指しました。


怖い、何かが私で遊んでいる。


そして何かは私の反応が面白くなかったのでしょう。


私の顔の前で大きく


パンッと


音を立てました。


まるで何かが手を叩いたかのような音です。


私は音に驚いて、思わず目を開けてしまいました。


すると目の前に、白い手袋をはめた右手と左手だけが宙に浮いていました。


体は透明なのか何も見えません。


透明なのです。


手袋をはめた両手だけが意思を持ったように動いているのです。


「……!!」


私は驚いて声がでません。


これは何かとんでもないことが起こっているに違いない。


私はあわてて立ち上がり、小屋の外へ出ようとしました。


ガンッ


そのとき私の体勢は崩れ、床に顔面をぶつけそうになりました。


ああ、ぶつかる!!


私は少しでも顔にくる衝撃から逃れようと、目をつぶります。


しかし一向に顔に衝撃が来ません。


私が逃げようとした手袋をはめた両手が、私の服の端を一生懸命掴んでいたのです。


どうやら、私が転ばないように支えているようでした。


「た、たすけてくれたの?」


私が床に手をつき、体勢を整えて手袋たちに思わず聞きました。


すると右手の手袋は、親指と人差し指で丸を作りました。


左手の手袋は何か心配するように、私の肩をさっさっと拭きました。


どうやら汚れがついていたようです。


なんだかとっても優しい行動に、私は気がつくとぽろぽろと涙が溢れていました。



※  ※  ※



あの夜から私は毎晩、手袋さんたちに会うために小屋へ訪れました。


手袋さんは、私に冷たい視線を浴びせません。


手袋さんは、私に冷たい言葉を吐きません。


右手の手袋さんは、ひょうきん者です。


手の動きだけでひょうきん者だと分かるくらい、大げさな動きをします。


左手の手袋さんは、落ち着いた者のようです。


いつも私をなだめるように頭を撫でてくれます。


私は心に降りつのっていた寂しさが、少しずつ薄れていくように感じました。



※  ※  ※



少し寂しいような秋の風が吹く季節。


私は手袋さんたちに会うために小屋へ向かう途中でした。


私を保護したお爺さんが小屋の前にいたのです。


お爺さんは私の姿を捉えると、こみ上げる怒りを抑えきれずに怒鳴りました。


「紫苑! なぜ、ここにいる?」


お爺さんの怒鳴り声に体がぎゅっと縮こまる思いになりました。


でも、小屋には手袋さん達がいる。今日も会うと約束したのだ。


私は勇気を振り絞って、お爺さんに事情を話そうとしました。


「あ、あ、……あの。わ、わたしは」


「帰りなさい。そして二度とここへ来るな」


しかし、お爺さんは私の言い分も聞かず、厳しい口調で告げます。


「で、でも」


「二度も言わせるでない!! はやく帰るのだ」


お爺さんの剣幕に驚いて、私は小屋の前から立ち去りました。


「うわあああああん」


せっかく友達ができたのに……!


お爺さん、なんであんなひどいことを言うのだろう。


私はこの夜、はじめて手袋さん達と会いませんでした。



※  ※  ※



手袋さんたちに会わなかった日の翌日、私は布団に被り、ぽつっと呟きました。


「手袋さん達に会いたいなあ」


このまま、ずっと会えなくなっちゃうのかな?


いやだ、いやだ、いやだよ!


もう会えなくなっちゃうなんて、いやだ。


会いに行こう。


このままひとりで閉じこもっていたら、父様や母様みたいに会えなくなっちゃう。


私はそっと家から抜け出し、手袋さん達が待っている小屋へ向かいました。



※  ※  ※



小屋に向かう途中、私はふと道の脇に咲いている花を見つけました。


紫苑、私の名前の由来になった花。


私の父様が遠方にいた母様を思って贈り、両親の仲を結びつけた絆の花。


淡い紫や白の花を咲かせて、私はこの花が好きでした。


そうだ、手袋さんにまだ私の名前を教えていない。


私の名前は、この花と同じ「シオン」だって、教えるいい機会です。


私は紫苑の花に摘ませてくださいと頭を下げ、花を折りました。



※  ※  ※



少し遅くなっちゃったな。


私は手に持った紫苑を見ました。


手袋さん達、喜んでくれるといいな。


そんなことを思いながら小屋の前にたどり着いたのですが、このとき何か違和感を覚えました。


なんだろう?


そして小屋の扉を開けようとしたら、ふいにお爺さんの言葉を思い出した。


【帰りなさい。そして二度とここへ来るな】


なぜ、こんなにも胸がどきどきするのだろう。


私は自身の中に浮かび上がった不安を消し去るように、扉を開けました。


このとき、私は気がつきませんでした。


扉を開けた瞬間、何かが壊れた音に。

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