第115話 二人きりの教室③

「……な、なんか恥ずかしいね。はは」

 キスに、『バカ』という照れ隠しなセリフに、真っ赤になった顔に。

 ベレトもまた照れ臭そうに笑えば、ジト目を向けるエレナがいる。


「……がっついた側なくせに」

「そ、それはそれ。これはこれだよ」

「ふーん」

 そんなエレナは視線を逸らし、人差し指と中指を唇に当てて先ほどのことを思い返しているよう。


「本当……あたしが受け身になるなんて想像もしてなかったわよ」

「こんなことを言うのもなんだけど、男らしいところを少しは見せたくて。晩餐会の時はずっと受け身だったから」

 無論、自発的になるのは平気じゃない。むしろ緊張で息がしづらかったほど。

 それでもいいところを見せたかったベレトなのだ。


「あなたがそういうところを気にするなんて意外だわ」

「案外気にするよ。男なんだから」

「あっそう」

 体の向きを変え、再び窓からの景色を見るベレトの隣につくエレナは、自然に体を寄せてくる。


「……でも、おかげさまで綺麗さっぱりモヤモヤがなくなったわ。結果的にはあなたからされる方がよかったのかも」

「なら安心した」

「まあ今回は譲ってあげたから、次はあたしからさせなさいよね。そっちも経験しておきたいから」

「次、なんだ?」

『もしよかったら今から』なんてニュアンスを伝えるベレトだったが、首を左右に振って髪を揺らすエレナである。


「もう十分満足したもの……。これ以上したらどうにかなっちゃいそうだわ」

「それは残念」

 大切に思っている人だから嫌な行為ではない。むしろ一度だけというのは、少し物足りない気分でもある。

 正直な思いを述べれば、口を尖る様子が目に入る。


「あなたはいいわよねえ。ルーナと口でキスした経験がある分、余裕があって」

「いや!? 別に余裕があるわけじゃないよ!?」

「相手が違うだけでそんなに違うものなの? やること自体は変わらないでしょ?」

 複数の相手としたことがないからこその純粋な意見を投げるエレナに、することは一つだった。


「……えっと、これが証拠になるかな」

 ベレトは人差し指で耳にかかった髪を横に流す。

「実はさっきからもう熱くて」

「あっ、ふふっ。真っ赤じゃないの」

「でしょ? そんなわけで余裕なんかないよ」

 こればかりは時期に慣れていくことだろう。

 しかし、今は慣れる以前の問題だった。


「そんな状態なくせに、あたしからもキスさせようとしたなんてちょっと面白いわね。しかも一度は『教室だから』って乗る気じゃなかった人が」

「それ以上からかったらもう無視するから」

「ふふふ、じゃあもう遠慮してあげる」

 夕焼けの景色を覗き、キスの余韻に浸りながら、普段と変わらないような掛け合いをする二人。

 そんな平和で楽しい時間が10分ほど続いた時だった。


「さて、そろそろシアを迎えに行きなさい。あなたは」

 キリのよさを見計らって、強く言うエレナがいた。

「珍しく命令口調じゃない?」

「どこかの誰かさんは『迎えに行った方がいいんじゃない?』って促されると困るでしょう? 『もう少しだけ居る』なんて言えばどうしてもシアを蔑ろにする感じが出ちゃうし、『じゃあ行く』って言えばあたしのことを蔑ろに感じが出ちゃうし。そんな細かなところまで考えられる人があなたじゃなくって?」

「…………」

 言われたことは全部、的を射ていること。

『困るでしょう?』の質問に否定できなかったのがその証拠でもある。


「ふふ、これからもっといい女になる予定だから、いろいろ楽しみにしていてちょうだいね」

「……ありがとう」

「お礼を言ってる暇があれば早く迎えにいきなさい」

「うん」

 シッシと手で追い払うような素振りを見せ、より向かいやすい状況を作ってくれる。

 さらにはわざと鬱陶しそうな表情まで作って。

 そんな気遣いばかりのエレナを見て——細い背中に腕を回し、軽く抱き止めるベレトである。


「本当にありがとね」

「こ、こら。なにしてるのよ……。そんなことする暇があれば早く行きなさいって言ってるでしょ……。叩くわよ」

「あはは……。それは嫌だからいってくるね」

「ん」

 回した腕を解き、一歩二歩と後ろに下がる。


「また明日ね、ベレト。シアのこと頼んだわよ」

「もちろん。それじゃあまた明日」

 お互いに右手を上げ、笑顔で別れの挨拶を交わす。

 そうして、教室を去っていくベレトの背中を見送って教室に一人残ったエレナは、体を半回転させて窓に手を当てるのだ。


「……するならもっと強くしなさいよ……」

 赤みが取れない顔でこんな文句をボソリと呟きながら——。

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貴族令嬢。俺にだけなつく 夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん @Budoutyann

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