ヒトノイド・ⅳノ噺【座敷傀儡】
姉・かほゑりの主人の次はビニール傘の女。基、其の逆か?
何日も経ってもいないのに跳鯊の周りにはすでに人ざる者が徘徊する。
面妖者と一つで片付けるにはあまりに奇妙奇天烈摩訶不思議である。
最も道筋噂徳が届け押し付けた幼子・鬼燈が一番厄介である。
常に纏わりつき遊んでくれと強請れば
「プリンのカラメルが苺味じゃないの。あと父者様は助平なの」
「どこが助平だと言うのだ。これ以上ない紳士である」胸を張る跳鯊
「一緒に寝てる時に鬼燈のプリプリお尻。爽々とさわるの。
あと御姉様のお尻ずっとみてるの」
「意識がない時はノーカウントだ。冤罪だ。かほゑり姉さんの尻は観てないぞ。
然し。大きいのは認める」声が聞こえたのだろう。
食器を片付けに第頃に向かいながら
大きな尻をふりふりと大げさに歩いていく。
心の中で一番厄介で恐怖を感じるのが、あの妾侍だと跳鯊は考えている。
最初に短冊を覗いた時の首筋に走った剣気は忘れられない。
皿にビニール傘の面妖情婦を一刀で断首して魅せた時。跳鯊は危うく下着を
濡らす所でもあった。
納刃する時に放った言葉。
「居合一閃に付き。駄賃は蛇卵弐個のせの蕎麦一杯を所望する。
それと夜伽も頼みたい。どうも刀を抜いた跡は色々疼く。
何。こっちは手の空いた時で良い。
楽しみが増えるのは。良き良きかな」それもまた背筋が凍る想いでもあった。
跳鯊は血筋なのか結構背が高い。然しあの妾侍・御縫は跳鯊を軽く上から見下ろす。
肉付きも良すぎるし。否。決して怖いとかではなくて気圧されるのが嫌なので有る。
色々と抱え込んだと思うがそれにも少し慣れて来た所で有るのかしれない。
然し・・・
あれから五日巡る前今日まで背筋に視線を感じる。
悪寒がするとか背筋が凍るとか生易しい物ではなく。されどて殺気でもない。
まるで死者にでも睨まれて入るような。死に魅入られて入るとでもいうのだろうか?
拭い去るとしても肌に纏わりつくのではなく肌の下の肉と骨の奥に染み込む死と
でも言うのだろう。
「そういうときは御神様回りなの!神社様なの。鬼燈。豊満のお守りが欲しいの」
食後のプリンを匙でかき回しながら鬼燈が物知り顔で言えば、
隣で姉かほゑりが胸を張る。
「姉さん。幼子の前で止めてくれる?あと夜這いしようとベッドに
潜り込んでくるのも。
神社回りって御百度参りか?ああ言うのって効果有るのかな?」
「父者様。怖いの。怖いの。丑三つ刻に蝋燭弐本鉢巻にして五寸釘打ってるの。
面妖だって。怖くてよってこないと思うの・・・どこの時代のおじさんなの?」
「跳鯊は古い映画に詳しいからね。神社って言ったらあそこよね。
・・・狸馬鹿し之守神社」
鬼燈が残したオムレツを前に格闘する跳鯊の唇の脇についたケチャップを指で
拭き取りチュパっと音を立ててかほゑりが舐める。
「御二人はお付き合いなさってるのかしら?・・・なの」
気配を察し鬼燈が大人口調で問いてくる。
「滅相もない・・・。姉弟だから・・・只の姉弟だから。姉弟愛だからっ」
慌てふためき姉弟二人で声を重ね否定するか姉弟かほゑりと跳鯊。
「感の良すぎる娘を抱えるのは大変だな。気をつけよう。
気をつけてくれ。姉さん。僕以上に。それにしても久々に乗ったな。路面電車」
本来、信心深い方でもないが鬼燈の豊満のお守りを買わないと行けないと義務。
つまりはお使いを無理に押し付けられて跳鯊は致し方なくも
狸ばかし之神社へと向かう。
珍妙な名前を関する狸ばかし之神社であるが。其の場所も相応しい街に有る。
妖艶なる蛇と魑魅魍魎成る面妖と妖怪と財布を落とし恐妻女の尻に
敷かれる勤人の街正式に帝国府役所に記載された名称であるが
皆は狸馬鹿しの横丁と呼ぶ。
何処をどう縮めるとそう呼べるとかは誰知らず。昔からそうだと皆が答える。
「蛇の御姉様にあったら。お尻を褒めるの。お胸じゃないの。
あとお土産は林檎飴なの」
ちっちゃい手を振り玄関で見送る鬼燈。隣で手と尻を降るかほゑり。
何気なくも和やかな其の場所であるが・・・。
再び姉と娘が待つ玄関にたどりつく跳鯊は。真に死にかけ命からがらと成で
倒れる事に成る。
狸馬鹿しの横丁
漢と女と雌と幼雄が夜な夜な屯する色街恋街とは違う界隈の狸馬鹿しの街道。
景観としては色街と良く似ていても雷灯よりは灯凡がほのかに照らす土塊道を
跳鯊は歩く。
最近は洋装が多い帝国民とは違い昔馴染みの帝国和装の着物姿の人々が屯して。
行き交う人々も何処か不思議な感じがする街並み。
「蛇の御姉様にあったら。お尻を褒めるの」
としつこく良い教える鬼燈の言葉が頭に浮かぶ。
そもそも蛇の御姉様とはなんぞや?と言う問題も有るだろう。
数日前までは思いも知らなかった事でもあるが鬼燈と出会って認識が変わる。
はっきりしてるのは人種の他に他の種族・面妖と言う者達が存在すると見える。
認識が変わると色々と余計に頭を回さないと行けない事も増える。
旨そうな匂いに誘われ屋台から肉焼き串を買い求め口加えてるとあやゆく女性と
ぶつかりそうになる。
「あっ。御免なさい。・・・なんて大きくて素敵なお尻だ」思わず本音が漏れる。
「有難う御座います。御人様」口元に白い手を当てクスクスと微笑み軽く頭を下げ
歩き去る。
あっ。多分こう言うことなんだなと跳鯊は思う。
姉の夫のやビニール傘の女のような面妖もいれば
極々普通の生活を営む面妖も入るのだろうと、頭の中でぼんやりと思う。
狸馬鹿しの横丁に足を踏み入れて三本目の肉串焼きの肉片を口の中
に放り込み顔を上げる。
目の前に顔が有る。女の顔だ。目と鼻の先に顔が有る。
「・・・っっ」言葉を失ったのは致し方ない。
それも其のはず。跳鯊の眼前に有る女性の顔は上下逆である。
跳鯊が土塊道にしっかりと足をつけて経っているなら。
黒艶髪の女性は虚空の空を踏みしめて居る。
大地を踏みしめ立つ跳鯊。天宙を踏みしめる美しき瞳の女性。
其の視線が上下逆の世界で絡み合う。
すぅ~~と静かに黒艶髪の女性が手を挙げる。
跳鯊からみれば女性の白肌の手が上から降りてくると成る。
「一口一串。くりゃしゃんせ。ついでに御人様の頬肉もくりゃさんせ」
背筋が凍るその体。跳鯊の耳に届く言葉は暖かく甘く切なく色香に塗れる。
頷く前に細い指が触れて絡むと買い求めた最後の肉串焼きが凍える程
冷たい女の手に渡る。
人は自分が敵わない敵と遭遇すると次に取る行動は皆同じだ。
跳鯊もそれに従い素早くきずびを返して敗走しようと試みる。
「私の分はござんせぬのですか?御人様。それなら貴方の腸のそれで構いかません」
御人様はきすびを返したままに絶句し体が膠着する。
たった今。目が会い串焼きを取り上げた女と全く同じ顔がそこに有る。
それも天宙を足場と真っ直ぐに立ち跳鯊を逆さに睨んで恨む。
長く細い睫毛瞬き顔に当たるほのかな息は甘く鋭く冷たく凍る。
「びぃぇ。」絶句したとは言え何とも情けない声音が喉から這い出る。
睫毛を揺らし天宙に立ちながら背後で跳鯊から取り上げた串肉を
クチャクシャと咀嚼する女のそれと全く同じ顔の女が首を傾げる。
厚ぼったく色香に濡れる唇からぬるりと紅い雌舌が伸びるとべチャリと
頬を舐める事が聞こえた。
「びぃぇ。」再び情けない声が上がり頬に擦り付けられる唾液が乾く前に
跳鯊は奔る。
前も後ろも塞がれば動くとすれば右か左だ。跳鯊は軸足を信じて左へと奔る。
走り出しこそ脚が絡みドタバタと手をふりバランスを取るのがやっとだったが
一度スピードが乗れば漢の脚だ。しかも恐怖に駆られれば人並み以上の力が出る。
心の腸を掴まれたが意識を保ち体を動かせば頭も回る
(あれが面妖?蛇の御姉様の面妖?いや然し何かが違う。別物と見てとれる)
脱兎の如く奔れば息も上がる脚も痛む。
それでも跳鯊は人と面妖の交じるであろう横丁を奔り抜ける。
途中何度か角を曲がり人肩に辺り謝罪の言葉を投げ捨て奔るが。
それでも全くの一度も後ろを見ない。
あの女が心に刻んだ恐怖に耐えきれず。自分の後背なんて絶対見れず。
女が追って来ると知っても構わずに。
一瞬でも早くこの場から逃げたい一心で脚を廻す。
頬に疾風辺り尚勢い増す跳鯊の視界がぼやける。
一瞬目に写ったのは羽織柄の仁王羅漢の怒り吠える立ち姿。
それを鬼の姿で有ると知った瞬間に跳鯊の体は弾けた。
ドンッ!
衝撃が体を貫き地面に転がる。弐回参回と地面を打って止まれば土埃が上がり
視界を塞ぐ。
「ゲホゲホ・・・。しこたま尻打ったぞ。痛い。すごく痛いぞ」
宙に舞う土埃を平手で払い地面に尻餅をついたまま一人愚痴る。
「御初に合間見れると申しますのに。
最初の一手で乳触りとはとんだ恥知らずの痴醜男で御座います。
乙女淑女の私奴の胸を触った罪こそは万死に値すると存じなさい。
・・・推して参ります・・・」
舞い上がる土埃をひらひらとやっと払った其の視界の先に
着物姿の鬼女が仁王に立つ。
「まっ。待て待て・・・。
僕が何処を触ったって?打つかるかって来たのはそっちだろ?
・・・胸?胸触ちゃった?・・・いやいや・・・触ってないし・・・」
鬼女が草履一歩進めれば土埃が上がる。それに合わせて跳鯊がずりっと
後ろへ下がる。
その手に仄かに残る女の乳房の柔らかさと弾むぬくもりが僅かに残る。
「・・・あっ。触ってるかも?触っちゃったかも。御免なさい。
・・・でも不可抗力です。事故ですぅ」
情けなくもふるふると頭を振りずるずると地面を蹴って後ずさる跳鯊。
其の右手に気配が宿る。対に先刻。最初に空に立ち跳鯊の最後の肉串を取り上げた
鬼女で有る。
其の左手で空気が淀む。対に先刻。次に逃げようと身を返した跳鯊の頬を
べチャリと舐めた鬼所で有る。
其の正面に土埃り蹴り。対に先刻。跳鯊の行く手を阻み打つかりがてらに乳房を
撫でられた乙鬼女である。
四面楚歌ともならず後ろは暗く闇と成れば絶命必然。
身を返して逃げる間もどうやら与えてはくれぬらしい。
「Resistance is futile・・・(抵抗は無意味と御識りなさい)」
冷たく怒り籠もった声が届く。
「たっ。大陸語は止めて・・・解らないから。高等学院しか出てないから。
あと胸触って御免なさい」
三歩と五歩と其の間を詰めれば手が届く。
もし刀一鞘でも腰に指した武士なら一刀両断・必殺の間合いと成る。
「乳房触りの大罪。其の手と腸で支払って貰います。覚悟されよ。
変態乳触りの破廉恥痴醜男」
グイを着物姿の腰を折り大地を草履が蹴って土気煙が上がる。
一陣の疾風。否。右と左と正面に仁王面の鬼女が迫り来る。
「憑依面々。これ烏賊に我が身に堕ちるは、狐か狸か?出たとこ
勝負の神頼み逃走百景逃げるが勝ち成れば。推参成されよ。御化け様っ。」
幾ら面妖行き交う狸馬鹿しの横丁三昧でも本当に狸が化けるとは思わない。
ボワンと白い煙が膨らみ弾けると一匹の
四脚にやたら長い胴。
白い毛並みと愛くるしくも何処か人を小馬鹿にするような顔。
それもどこか化けた目刺銛跳鯊。その漢の面影が映る。
「!!!」
あと弐歩と。其の距離で変態乳触りの破廉恥痴醜男の姿が白く煙と消える。
あと一歩と。そうなれば。命の危機と知った白鼬狐がヒョンと跳ね。
タッタッと地を奔って物陰に逃げる。
あと半歩と成れば打つかるはずの其の身を返し三人三様に身を捻り互いの体
をすり抜ける。
自分の半身を互いに避け避けてすらりと大地に立つのは面妖の成す技であろうか。
「果?人種の御身でありながら。これ又。面妖な御術を使い為さるとは。
これも又面妖な」
おそらくは三人姿の鬼女。これも又確かに面妖であるはずで在る。
然し彼らにとっても腹の足し捌いて喰らおうとした獲物一匹が
真に指先一つの目の前で鼬狐の一匹に化けると成れば面も喰らうだろう。
「されど。生まれ堕ちて初に胸を弄られた屈辱は許せません。
何処へ行ったので御座いましょう?」
弐歩と三歩と草履が前に出れば左右の鬼女がひとつ姿に重なり溶ける。
「おや?そこに降りましたか?逃しませんよ。中年変態オジさんの乳揉み白鼬狐」
化けた白鼬狐は騒ぎで転がった商笊の中身。
ししゃも焚きを起用に手で掴み頭を囓ってる。
傍っと死線を感じると鬼女が手をのばす前に脱兎の如くと奔って逃げる。
「あっ。こら。お待ちなさい。助平鼬狐」掴もうとした細白い指が宙に掠る。
反対側の建壁に身を寄せ二本脚で様子を伺う鼬狐。
まるで本当に小馬鹿にしてるように見える。
「お待ちなさいって。この変態オヤジ」叫び多々羅を踏んで追いかける。
「んっ。父者様。忘れ物なの。若年性痴呆症。約してボケたお馬鹿さんなの」
「誰か若年性痴呆症だ。どうしてそれを約するとボケた馬鹿に成るんだ
・・・有難う」
小さい手でそれでも重そうに持ち上げた小鞄を鬼燈から受け取る。
押しかけ娘と成りそれでも縁を結ぶ事を覚悟したヒトノイドの鬼燈。
出かけ様に鬼燈が手渡してくれたのがあの小鞄だ。
名前の割に多少は大きく普段使いには手間が掛かる。
肩に掛けられたり斜め襷にかければ邪魔にはならないが。
時より忘れてしまうのはやはり歳のせいなのだろうか。
あれも又面妖であろう道筋噂徳が届け預けた小鞄には跳鯊に入用な物が
常に入ってる。
狸馬鹿しの横丁に向かう路面電車の中で跳鯊は中身を確かめる。
もっとも小鞄のジッパーを思い切り開けても中身がよく見えない。
なにか大きな物が詰まり引っかかって居るらしい。
これは不味いと思いなんとか隅に手をよいしょと突っ込んで其の指先に触れた
折り紙ひとつ。
何とも不思議な折り紙であるがよく見れば何となく細身の狐にも見て取れた。
「何だろ?これ?よく読めないけど。梵字って奴じゃないか?」
あまり詳しくはないので流石に気になり
電車のつり革に身を揺らしながらも携帯を取り出し梵字の綴を調べてみる。
いくつかの梵字唄が折り紙に刻まれたそれと読み合わせればそれが逃唄と知れた。
刻が巡り戻り大華江戸の其の時代。刀侍と対を成し人に影に忍び殺め殺した
そうであれば追い詰められる事も在る。
その時に使った式紙の技のひとつが梵字唄であったとされる。
「逃げられる確率は高いみたいだけど。効果は短いのかぁ~~~。
どれくらいなんだろう」
睨む携帯に気を取られ体が揺れ隣の女性の肩を押してしまえば強く。
これも又睨まれる。
「あと・・・二つ。このでかいの何だろ?」
隣リ女性に会釈する跳鯊の頭に疑問が宿る。
ぴょん。ぴょんと跳ねては曲がり角の商い人の脚股をすり抜け。
タッタン。タッタンと商棚を蹴って跳ねては家の瓦屋根にとんで奔る白鼬狐。
驚くべきはそれの後ろを詰めて追いかける黑艶髪の鬼女。
時に一人姿で逃げ惑う街人の肩を払い除け
時に二人姿で着物はだけて四肢を晒し瓦屋根に駆け上がる。
時に三人姿と成れば鬼々きき一面で白鼬狐の尻尾を掴もうとする。
「お待ちなさいって言ってるでしょ。この鈍足変態醜男狐め」
ひとつ言葉投げるとヒュンと小刀一刃を投じる。
殺気を察し右に避けれれば左にもう一刃。
それも余裕と交わした白鼬狐の前にばらばらと跳ねるのが
鬼女が曲がり角でくすねたシシャモ焚き三匹。
もし音が響くならそれは車の軋み音が一番近いだろう。
勢い余って先に逃げようとした白鼬狐の脚は餌を食べるのが本能であるから
それには抗えない。
大地に爪を立て勢いを操作し止まると器用に手を使いシシャモ焚きに齧り付く。
そして・・・時間切れで在る。
ボワンと白く煙り炊かれてそれが霧と消えれば地べたに座り込みシシャモ焚きを
咥えた目刺銛跳鯊が姿と成る。
「あらら・・・やっぱり助平だけじゃなく。食い意地も張ってるですね。
お触魔の変態醜男」
「ひっ。卑怯だぞ。愛くるしく可愛い白鼬狐をシシャモ焚きで捕まえるなんて
極悪非道だぞ」
切れ端を口の中で咀嚼しながら苦言を漏らす跳鯊。
「そうでもしなかれば逃げ仰せられてました。そこは褒めて差し上げます。
人種の癖に稀有で面妖な御術おんじゅつを使い為さる変態お触り醜男で御座います」
「それは褒めてるのか貶しているのかわからない。
シシャモは旨いが腰が重い。あと脚も痛い。
娘一人も養えばそれなりの歳体とでも言うのだろう・・・
この辺で手打ちとしてくれないだろうか?」
通りに逃げる隙間はあっても肝心の手足が動かない。
元来跳鯊は人種である。四足で駆け回るのは無理がある。
「それは無理で御座います。
打つかり際に淑女の御胸を触り嬲り抓るとは言語道断。万死で御座います。
とは言え。中々の逃げ足で御座いました。しばらくぶりに狩りをした気分です。
・・・それに免じて問いて上げましょう。
私は百鬼夜行の鬼一女。筆藻の家に連なる一人娘。詠と申します。
お詠とお見知りおきなされ。
して・・・変態乳撫での醜男。・・・そちら様は?名乗り下さいませな」
お詠と知れる筆藻詠。着物帯に軽く細い指を指し入れ左の腰に指す
毛筆に左手が振れる。
「・・・目指銛の父様につけて貰った名は跳鯊。目刺銛跳鯊・・・」
ごもごもと何故か情けなく。
倭帝國男児が答え名乗る口上にしては質素すぎる・・・。
「観せ場で御座います。
目刺銛跳鯊殿。その名と御命頂き申すっ。
生まれ堕ち異の性に勝手に触れて嬲られ弄らた胸の疼きと恥辱其の恨み晴らさせて
頂き申す。
いざ々にこれに。滅して消えて綺麗さっぱり亡くなりなさい。
変態痴漢醜男。目刺銛跳鯊殿」
観せ場で在る。
世には不思議な技が在る。それを遣う面妖な鬼が居る。
筆藻詠と名乗る。屠筆の鬼。
少しに尖る人種と違う形の耳。其の耳に目刺銛跳鯊の名が届くと
お詠みは迅速・疾風の動きで腰帯に吊るす屠筆に白い指を添える。
すっと帯から抜き取りくるりと宙に浮かべ立てる。
何の支えもなく宙に浮かぶ屠筆に色香に濡れる顔を寄せる。
漢好きのする厚ぼったい唇を筆先に寄せ。すぼませふぅ~と吐息を注ぎ込む。
屠筆にお詠の熱い吐息が振れると紅くに染まる。
もう一度。唇を窄ませ息を注ぐと真紅に香る。
それが人の血で在ると知るのは容易い。それが眼前の跳鯊の血液で在ることも。
屠筆の鬼・お詠が屠筆を用い宙に其の名を刻み掛けば。
其の名を冠する者は死する。
絶対の掟事である。屠筆の鬼達が鬱世に生まれ堕ちてから一度も
覆る事なき掟事で在る。
達筆である。
誰も読めないようなそしてはっきりと宙の上に目刺銛跳鯊のなが刻まれる。
紛れもなく跳鯊の名で在ることは疑いもなく。間違いもない。
すらりすらりとお詠が筆を払う度に目刺銛跳鯊の体から血が
失われ宙に名が刻まれる。
「御逝きなさい。目刺銛跳鯊。・・・最後の一筆で御座います。左様なら」
ビチャと体から血液が溢れ出る。
其の中には臓腑。腸。内蔵と続く。
刻と場合によっては白い骨が血肉に混じって弾ける事も多々とある。
「ぐえっ」と確かに声を上げ内腸が潰れ胃袋から血が逆流し跳鯊は確かに吐血する。
ぐちゃりと右手が非ぬ方向に曲がりドサリと堕ちる。
右手に握る屠筆をしならせ血吹雪払い飛沫と飛ばす。
それでもまだ筆先に残る屠筆の血を指ではさみ扱いて捨て去る。
少しばかり指に付いてしまった血を暑い唇から太い舌をだしベロリと舐め取る。
「あら?美味しい人血で御座いま事。こんなに濃い人血は久しぶりで御座います。
惚れてしまいそうで御座います。恋しちゃったかも・・・?」
それでも終わってしまった事である。屠筆を腰元に指しお詠は振り開ける。
胃に収める人血の濃さに酔いしれても腹はそれほど膨らまぬ。
茶屋求め好物の鰻でも頂こうと草履履きの脚が弐歩と進む。
「痛い。痛いって。さすが屠筆の鬼の必殺か・・・。痛すぎるぞ・・・」
鼻先に香り届く鰻焚きの香りより尖った耳に届く嗄れた声に
驚き草履脚が砂利を踏んで回る。
「あ・・・貴方。なんで?・・・私の術は必殺のはず・・・
何故ゆえに生きている?」
ぜいぜいと息を吐き上がらぬ腕をさり擦りながら。
それでもさして辛くもなさそうに漢・目刺銛跳鯊が大地の上に立って魅せる。
「勃ってる?御前。何故勃っていられる。何故。勃っているんだ?」
自分の技の鈍りと失態に思わず跳鯊に駆け寄ってしまう。
「御前。間違ってるぞ淑女の癖に。勃てるとか連発するな。
こんな時でも平気で勃てるのは權田の次男坊位だぞ」
「あっ!御免なさい。つい色々と興奮して・・・でもなんで・・・?」
必殺の術が破られお詠は動揺を隠せない。
一度は立ち上がった物のやはりそこそこで有ろうとも血を失ったのは辛いのだろう。
体がふらつかせながらも跳鯊は左手の指を立て歩みよるお詠みを制して止める。
「筆藻詠・・・お詠とやら・・・。
貴殿の技は必殺だったよ。確かに遺骸に成りかけた。
もし本当にこの世に面妖成りが然りと居て
技を競ったら貴殿こそが一番だろう。もっとも内の娘を除いてだけど。
まぁ~~~あいつの[必殺・寝たまんま悪気はないのよ。父者様渾身一撃踵堕]
と良い勝負だ。
・・・答え合わせと行く前に教えてくれ。
お詠殿・・・しゅ、趣味は有るか?」
自分の必殺の技が[漢の娘の寝たまんま悪気はないのよ。
父者様渾身一撃踵堕し]と変わりないとはどうゆう事だろう。
そもそも長い名前の割に当人は寝ているのではないか?
其の状態で放たれる技が面妖のそれと同じとは?
確かに驚愕であり困惑然りでありが漢がきちんと自分の名を見知りて問いたのは
礼儀で有る。
「胸のサイズではないのか?変態の癖に趣味を聞くのか?
はっ。絡め手か?そうやって私の趣味趣向を聞き出して手篭めにする気か?
この変態野郎め」思わず真っ赤に顔を染めるお詠み。
「すまない。そこまで余裕がないんだ。立ってるだけ精一杯。
で?趣味は?何か技に役立つんだろ?」
「なっ。なんだ。紛らわしい。それなら普通に聞けばいい。
・・・趣味は読書だ。私の技は名前を書いて成す技だ。
漢字やひらがな、カタカナ。漢國文字。大陸文字。
どれもそれもに精通していなければ名前は掛けない。だから読書が一番・・・。
あっ?綴りか?綴り違いか・・・くそ。それか・・・私とした事がっ」
地団駄と踏んでお詠が詳しがる。
「なるほどな。理解できたよ。ちなみに綴りも書き順もあってた。
お詠殿の技に狂いはないよ。」
「あってたのか?よかった。間違ったりしたらそれこそ末代までの大恥だもの。
それにしても何故?」
言葉を交わす度にジリジリとにじり寄るお詠の肩口を手で抑え距離を取る。
敵同士には変わり直し丹精な顔で迫ってこまれれば色々と体が言うことを
聞かなくなると言うものだ。
「何度もいってるだろ?綴違いもないし技も切れてる。
だからこそ半死まで追い込まれたんだぞ?」
「そこだっ。なぜ御前は半死で澄んでるのだ。何故に絶命に至らないのだ」
女の色香が鼻腔に届くまで顔を体を寄せるお詠。よっぽどに悔しいのだろう。
「目刺銛跳鯊・・・。
確かにそれは僕の名である。然し捨てられた名前だ。捨てたんじゃない。
捨てられたんだ。僕は父殿に勘当された身だ。
つまり目刺銛の家に僕の名前はない。家系図にも父上の心にも。
お詠殿が宙に刻んだのは目刺銛跳鯊。
名字がないから跳鯊の分だけ術が発動したんだろう。
つまり半死で生き残れたってわけだ。父親に感謝だな。今日のところは」
安堵もあるのかぐったりと跳鯊は肩を落とす。
「跳鯊だな。跳鯊。それに間違いないな。よしわかった。今度こそっ」
「待て。待て。術をしくじったからって種を明かしたあとに又やろうって。
冷酷すぎるだろ?手打ちだ。手打ち。」
「何が手打ちだ。だいたいずるいだろ。
最初から名だけにすればいいのにもったいぶって名字まで付けるから
二度手間に成るんだ。直れ。そこに直れ。
大体手打ちって、其の材料をもってないだろ?
私だけが触られぞんじゃないか?手打ちってのは互いに利益が
あってこそのものだろ?そんなもの有るのか?」
すでに帯元に指した屠筆に細白い指を添え。今一度。屠筆をふるおうと身構える。
「それが在る・・・お詠殿が絶対に欲しがる物だ」
「えっ?私が欲しがる物?絶対に欲しがる?そんな物が・・・?」
「お詠殿の技は相手の名前を宙に刻んで成す技だろ?
見た所。常々文字に関しては格別の拘りが有るようだ。
さもあらん。技を成すにはきちんと書かないといけない。
それはそうだろう。もし間違えば僕の様に獲物を逃がす事になる。
特に人名は難しい。そんな時人名辞典が役に立つ。これはすごいぞぉ~~~。
なにせタイトルからしてすごい。
[六鏡世界全人種及び亜人・面妖・その他全種族含む・大人名辞典大1巻]だぞ!」
「なっ。なっ。なんだとぉ~~。
六鏡世界全人種及び亜人・面妖・その他全部含む・大人名辞典大1巻]???
そんなものが有るのか?あっ。ちょっと見せろ。触らせろ。
この手どけろって。お馬鹿」
これ見よがしに小鞄からがさごそと大人名辞典大を取り出してみせる
跳鯊の手を邪魔だとばかりに振り払おうとするお詠。
「これは貴重品だよなぁ~~~。しかも第1巻だしな。2巻も有るだろうし。
もっとあるだろうなぁ~~~。手打ちにしてくれないかなぁ~~~。
否。さっきの乳なでだけじゃ割にあわないなぁ~~~。
どうしようかなぁ~~~。あっ。お腹空いた。ふらふらだし。
取りあえず腹ごしらえっと」
態とであろう。声をとぼけ涎顔のお詠をすらりと交わし店先で鰻焚きを炙る娘の尻を覗き見ながら店内へと跳鯊は潜り込む。
ヒトノイド(權田の家に連なる者・園ノ外伝) 一黙噛鯣 @tenkyou-hinato
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