3-p18 Mother

 10月31日。ハロウィン。死者の祭りの日。

 生と死が交差する、10月最後の一日。

 昼間のリビングで、碧生がミニチュアギターを抱えて爪弾いている。

 千景が音が鳴るように細工したので、小さい音で和音が鳴っていた。

 すぐ傍で千景が、タオルの上に寝転がってひなたぼっこしている。

 窓の外、青空の中を飛行機の小さい影が過ぎていくのが見えた。

 

(空を見ながら弾くのが似合う楽器だな)

 

 そんな風に、碧生は感じた。






 同じころ、高島学園中等部。

 音楽室ではギターの弾き語りテストが行われている。

 ヒデアキは自分の番がくると、シンタローから借りた小さなノートを楽譜立てに置いてギターを構えた。


「兄が作った曲です。曲の名前は────」





















♪♪♪♪♪♪

『ぬいと、歌ってみた』おしまい。

♪♪♪♪♪♪











☆☆☆ ゆるっとエピローグ ☆☆☆


 仏間に置かれたXRボックスの中で、碧生がフルプロのバーチャル野球チームと対戦している。

 バッターボックスに立つ碧生のためにあつらえられた、立体的なフルプロのグラフィック。それが急に全てストップした。

 碧生が「時を止める力」を発動させたのだ。

 時が止まれば、光の進行も止まる。つまり、時間を止めるとVRのボールも止まる。

 投影する機械のモーターも止まって真空のような静けさになった。

 だが碧生は動くことができた。


(この力が、必要になる時がくる……)


 再び時の流れが戻り、打球はホームランになった。

 時間を止めて勝つのはズルだけど、NPC相手の練習試合だから、能力の方のトレーニングということで許してほしい。

 誰に咎められたわけでもないが、碧生はそういう風に心の中で考えていた。




 同じ頃、同じ部屋で、千景は自分のミニスマホをツンツンとタップしていた。

 2秒ほど時間が止まったのは、千景にもわかった。碧生が時間を止めても、千景は動ける。ゲームの中でもそういう設定だから。

 再び時間が流れだし、スマホから碧生の声がした。


「兄さんからハロウィンのお菓子をもらったから、少し分けてやる。ベースボールチョコをわざわざ探してくれたみたいだ」


 千景ぬいのレコステのホーム画面には、「原型」であるキラキライケメン作画の千景と碧生の立ち絵が並んでいる。そのハロウィン限定ボイスを、記念に画面収録で保存しているのだった。

 「分けてやる」というのはプレイヤーが彼らのスタッフという設定であり、シナリオを通じて親しい関係性を築いているからだ。

 続いて、千景の声。


「マーケットで懐かしい菓子を見つけた。来年のハロウィンには、碧生はまた学校の仲間と遊べるといいんだけどな……」


 世界の終わりが近いという本筋にも関わらず、それはそれとして季節イベントはキッチリ行われているのは、まあ要はソシャゲだから……なのだった。

 そしてこのゲームは1年の話を4年ぐらいかけてやっているので、それぞれの季節イベントもナニゲに回数を重ねている。


 碧生がXRボックスの中でゲームを終えて、バットを持ったまま出てきた。

 千景は画面収録をオフにして、碧生に話しかけた。


「今週も忙しいな。今日がハロウィン、日本シリーズも続いてて、明後日はシンタローのライブ配信だ」


「うん。ライブ配信、記念に録画してもいいかな」


「ネットにアップとかしなけりゃ、身内で見る分には禁止する法律はねえだろ。画面録画は保護かかってるからダメだろうがな」


 それから千景は碧生のバットを見て、


「ベースボールチョコか……」


 千景が思案気に腕組みをし、きょろっと上を見た。

 そこへアヤトが通りかかった。


「ちょっとサミットまで行ってくるね」


 大きめのスーパーの名前を聞いて千景が反応する。


「なあ。ベースボールチョコあるか?」


「え? どんなやつ?」


「丸いチョコレートだよ。包んでるアルミ箔が白くて、野球ボールの模様が入ってる」


「あー。見たことある。でも普通のスーパーにはないんじゃないかな」


「そうか。……だったら、ホワイトチョコを湯煎して、チョコペンでデコるか」


 千景の頭の中に、ホワホワとチョコの完成図が浮かんだ。


「よし。アヤト、オレも連れてけ」


「はい。どーぞ」


 広げられたエコバッグに千景が飛び込む。

 このエコバッグにはぬいたちは何度もお世話になっており、外を覗けるよう小さな穴を開けて補強の加工まで施されている。


「おれも行く!」


と碧生も続き、


「ヒデアキが帰ってくるかもしれないから、LINEを打っておこう」


と、運ばれながらスマホを叩いた。

 忙しい10月を、ぬかりなく駆け抜けていくぬいたちだった。




☆☆☆

次の事件につづく……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぬいばな  【現在進行中の話は☞ep3☆ぬいと、歌ってみた】 しばしば @shibashibaif

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ