3-p17 ポテチとぬい

 あまり眠れないままの、朝。

 ヒデアキは誰よりも早く起きて、こっそり家を抜け出しコンビニへ走った。

 を手に入れるために。

 空の端が炎みたいなだいだい色に染まっている。


 シンタローはまだ帰ってきていなかった。でも必要な荷物は部屋に置いたままだ。今日大阪に行くから必ず取りに来るはず。

 夜中の配信のあと、LINEで「大阪、何時に行く?」と聞いてみたら、すぐには返事は来なかったけど、「10時ぐらいの新幹線」というメッセージがいつの間にか来ていた。


 マンションから走って2分ぐらいの場所にコンビニがある。ヒデアキはその菓子売り場の棚の前に立った。


(うすしおと、コンソメ……あ。神戸牛なんてのがある……)


 ポテチに視線を走らせていると電話が鳴った。


「ヒデくん。どこにいるの」


 咎めるような父の声がした。


「コンビニ」


「家にいないから、びっくりした」


「ごめん。みんな寝てたから。シンくん家にいる?」


「いる」


「いるの!? すぐ帰るから、待ってって言って!」




***




 慌てて帰ると、父だけでなく千景ちかげ碧生あおいも目を覚ましていて出迎えた。

 シンタローは自分の部屋のベッドに転がってダラけていた。

 その暗い部屋に、ヒデアキはコンビニ袋を持って入って行く。


「シンくん。これを……どうぞ」


 神妙な顔をして正座し「うすしお」を差し出しラグの上に置くと、シンタローが寝っ転がったまま「なぜ?」という顔をした。


「こんな時間にポテチ買いに行ってたのか?」


「うん。前に、『機嫌とる時はポテチ』って言ってた」


 少し前に「母さんがオレの機嫌をとろうとするときはポテチを差し出していた」みたいな思い出語りで自己申告していたのを、ヒデアキは覚えていた。


「オレ別に、機嫌悪くないけど」


とシンタローは不服そうな顔をした。


「それと、誕生日」


 2つめのポテチ「コンソメパンチ」を差し出す。


「今を逃すと日付、変わっちゃうから。誕生日に渡せた。よかった」


「別にそんな、祝わないとどーかなるもんでもないだろが」


 シンタローがようやく、ベッドの上で起き上がった。

 3つめがコンビニ袋から出され、そっとラグに並べられた。


「え? 神戸牛とかあんの? 芋だよな?」


「うん。……歌、聞いた。課金してないのに聞いたから、ポテチで払う」


「おー。オレが死んだらポテチが降りそう」


「ほんとのこと言うと、昨日まで、ちょっと嫌だった。なんでか今もよくわかんない。自分が何もできないから、嫌なのかな……

 お母さんは絶対、喜んでると思う。それを僕が嫌とか言うのは変だ」


 シンタローは急に立ち上がると、貰ったばかりのポテチを掴んでカバンにずぼっと入れた。


「あ。1個しか入んねえ」


 ドアの所では父とぬいがなりゆきを窺っていて、持って行くのかと一斉に意外に思ったけど、言葉にはしなかった。


「帰ったら食うから、置いといて」


「うん」


「タクシー来るまで寝る」


「タクシーで行くんだ?」


「楽器あるからな」


 シンタローは目を閉じて寝る体制になって、こう言った。


「オレはできること、1つしかないから。そこは変えられない。機嫌悪いように見えたんなら、悪かった」


 ヒデアキは部屋をあとにするときに、ひとつだけお願いをしておいた。


「帰ってきたら、あの歌、教えてよ」

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