p3-16 花降る夜のぬい

 24日、0時。

 「松神千景まつがみちかげ誕生祭」が始まる時間だ。

 碧生あおいがいそいそとフライング気味にプレゼントボックスを差し出した。


「兄さん。誕生日おめでとう」


「おお。ありがとな」


 小さいぬいの微笑ましい動きの横にはアヤトのスマホがあって、シンタローのバンドが賑やかに生配信を開始していた。


 ヒデアキはそれを横目に、「松神千景誕生祭」のタグ用にスタンバイしていたツイートボタンを押す。またコマ撮り動画付きだ。

 内容は、碧生が千景へのプレゼントを制作する風景を短く纏めたもの。

 ゲーム内で千景が飼っている猫「わたあめ」を、羊毛フェルトで作った。身長10センチほどのぬいが抱いてちょうどいいサイズだからかなり小さい。

 千景も見ていたのでサプライズ感はないのだが、プレゼントを弟に作ってもらえるのは何でも嬉しいようだった。早速箱から出して愛でている。

 それから、


「こっちも誕生祭だ」


とアヤトのスマホを示した。ぬいにしてみれば自分より大きい画面である。

 Seminarゼミナールのメンバーはヒデアキも知っている。シンタローの写真や動画に一緒にいるし、長い付き合いのメンバーは紫藤家によく遊びに来ていた人もいた。

 彼らがワイワイ言ってた声が静かになって、画面の中でシンタローが語り始めた。


「えー、実はですね。夏に母親を亡くしまして……」


 急にそんな話になって、画面のこちら側の家族にも思わず緊張が走る。


「こんな大げさに言うつもり、なかったんですけど。

 今日オレの誕生日ってことで、聞いて貰いたいものもありましてですねえ」


 周りのバンドメンバーがフレームアウトして、演奏準備を始めている。


「まだ引きずってる部分もあるんだけど、明日からツアー始まるし。今日は誕生日特権で、言いたかったこと全部、言う。……というか、歌です」


 シンタローがフェンダーを構えた。

 黒Tシャツの技術スタッフがボーカルマイクのスタンドを運んできた。

 バンドにとって慣れないフォーメーションだ。ボーカルのツバサはいつも真ん中に立って歌の担当だけど、今日は後ろのシンセサイザー・キーボードの所にスタンバイした。彼はピアノとか鍵盤系もかなり巧い。

 幽かなノイズの中、シンタローの話が粛々と続いている。


「独り言みたいなもんだから、音源配信とか表に出すつもりはないです。今日だけ。もしかしたらいつか、ライブでやるかも。たまにこうやって聞いてもらって。みんなが他の誰かを思い出すことがあるなら、それもいいかなって。

思い出すと天国に、花が降るらしいんで。もう会えないからって勝手な話だけど、オレはこんぐらいしかできないから」


 言葉にフェンダーを爪弾く低い音が混ざって聞き取りづらくなった。

 シンタローが振り向いて背後のメンバーを見回した。


「真ん中にいるの、やりづれえ!」


 背後のどこかから、声が返ってきた。


「ボーカルが端にいたら、オレらがやりづれえわ」

「おい。グダってねえで、シンタロー、前向けよ」


 いつもの定位置、ドラムセットの間にいるいずみが、スティックを叩いてフレーズの切れ端を打ち鳴らす。

 条件反射なのかみんな演奏体勢に入った。

 束の間の静寂の中、シンタローの手の中のベースの弦が震え、温かな電気の唸りが音楽を奏で始めた。

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