3-p15 今週も誕生祭のぬい

 放課後。

 いつもの道でコーイチローと別れてから、ヒデアキは密かに一人で昔住んでいた家の方へ行ってみた。

 別路線に乗り換えて辿り着く町の賃貸マンションだ。まだ変わらず存在していた。

 敷地の隅の植え込みに、死んだ金魚をこっそり土葬した記憶がある。


(埋めたとしたら、このへん。)


 地面を目視で探る。

 秋の夕闇の中、橙色の小さな花弁が、淡い光が降るみたいにはらはらと舞っていた。

 金木犀きんもくせい。誰から習ったのか、生まれる前から知ってたみたいに自然にその花の名は浮かんできた。

 「花が降るんだって」という言葉をふいに思い出した。


「この世にいない人を思い出すとき、天国に花が降るんだって」


 思い出のタイムラインが巻き戻る。

 ひっくり返って浮かんで動かない金魚の、開いたままの目。それをシンタローがじっと見詰めていた。地獄変の獅子王。静かに震えているだけでも、脳の内側では神経がしきりに発火して感情が逆巻いているのだ。

 死を解体し、分析し、素材とし、再構築し、表現する。有象無象の大きな河みたいな世の中に送り出す。何かに取り憑かれたみたいにそれを成し遂げたあと、シンタローは暫く学校に行かずにずっと家にいた。

 全部身の回りで起きて覚えていたはずの出来事なのに、今は記憶が霞んでいる。

 金魚の墓標にビー玉を置いた気がするけど、見つけられなかった。

 ただ風が吹き、花弁が降っていた。

 毎日いろいろな新しいことが降り積もっていく。

 今日ここに来た記憶もそのうち自然と失くしてしまうのかもしれない。

 だけど思い出した言葉は、これから先ずっと忘れることはないような気がした。




***




 小さいスマホのアラームが、ぴぴぴぴ……と鳴った。

 碧生あおいがぬい布団の上でピョコっと体を起こし、まだ少し眠そうに目をこすって辺りを見回す。

 一緒に仮眠していたヒデアキも目を覚ました。

 千景ちかげの姿はないが、リビングから人の気配がしている。

 碧生は小さなプレゼントボックスを抱えて急ぎ足でそちらに向かう。


 リビングには千景とアヤトがいた。

 千景は自分のPC画面を壁に投影し、アヤトにも見せながら悠々とツイッターを眺めている。

 その画面を隠すようにして、碧生が割りこんだ。


「お?」


と千景が瞬きをした。碧生が、


「おれが最初に言う」


と息巻いている。

 日付が変わって一番に「おめでとう」を告げたいという主張だ。

 ツイッターのフォロワーたちに遅れを取らないよう必死なのだ。

 千景のPCの横には、スマホスタンドにアヤトのスマホが立てて置かれていた。


「こっちは? 何か見るの?」


とヒデアキが尋ねる。手にしたスマホには「松神まつがみ千景ちかげ誕生祭」タグに参加するためのコマ撮りアニメをスタンバイしていた。


「シンタローが、生放送するって。12時から」

「生放送じゃねーよ。生配信だ」


 アヤトの間違いを千景が訂正してやった。

 千景の小さいスマホも、アヤトと同じ画面を出して立てかけられている。オシャレなフォントで「まもなく配信開始」と書かれていた。


「こっちも誕生祭ってわけだ。オレもSeminarゼミナールに課金してるからな。リアタイのビューワー数に貢献してやる」


 シンタローのバンドであるSeminarゼミナールのサイトは、有料のファンクラブアカウントを作ってログインすれば、オープンなSNSでは見られない会員限定情報が流れてくる。生配信も定期的に行われていて、楽曲提供したアニメの最終回をリアタイで見るとか、人生ゲームをするだけとか、レコード会社の監視のもとでも結構好き勝手やっていた。


「夜中なのに生配信するのか」


と碧生が感心している。


「夜中だから、5分ぐらいって言ってた」


とアヤト。


「あと10秒だ」


と碧生が言うので、皆揃って時計を見てから、ツイッターと配信画面に交互に視線を彷徨わせた。

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