3-p14 使命とぬい

「いや、出てはいかねえよ」


 シンタローは苦笑した。

 部屋には英語のポップスがうっすら流れていた。

 今でこそ生活感溢れる空間だが、シンタローは一時期友達とルームシェアして、その後はカノジョ(今は「元」カノ)のマンションに住んで、この部屋を使っていない時期もあった。


「大阪行くから、準備してんだ」


とまだ荷造りを続けるようだ。そんなにテキパキ進んでる様子は全然なかった。どちらかというとダラダラしている。

 碧生は、


「そうか。東名阪だったな」


と安堵の溜め息をついた。東名阪、というのは東京大阪名古屋の3都市で公演やなんかがある時に出てくる言葉だ。今回のライブスケジュールは、大阪に始まり名古屋を経て、最終日は東京ということになっていた。


 碧生が小走りで寄ってきてトランクを覗いた。高さがぬいの背丈より大きいから、背伸びして壁の向こうを覗くみたいな姿勢になる。


「誕生日の夜は大阪か」


 トランクの傍らに例の歌詞ノートがあった。何かを書きかけの様子だ。チラッと碧生の目に入ったけど、前にシンタローが見られたくなさそうにしていたから目をそらした。


「おれは現場には行けないけど、配信、楽しみだ」


「ぬい、よく鼻歌うたってるよな。歌うの好きなのか?」


「好きというか……おれたちのゲームの歌だ。みんなに知ってほしい」


 碧生がそう言うと、シンタローが小さな声で歌い始めた。レコステのテーマソングだ。千景と碧生が何度も歌ったから覚えてしまっている。

 碧生の歌声も重なる。

 ワンコーラス歌い終わるとシンタローは荷造りを放棄してラグに寝転がった。


「王道ポップス、いいよな。オレには作れないから尊敬する」


「シンタローもかっこいい歌作ってただろ」


 裏表なさそうな碧生に褒められて、シンタローは少し照れたようだった。


「あれはな。そうなるように研究したからな」


「研究で歌ができるのか」


と碧生は少し不思議そうにしている。


「研究しなくてもできるけど、それじゃ売れるもんはできない。自分だけで作るとなんか……悲しいトピックばっか拾ってしまう。それが良いって言ってくれる人もいるけど、オレの好きな感じとは違う。

明るい音楽が好きなんだけどなあ。それは作るのが下手みたいだ。好きな音楽と、できる音楽が、違う」


 碧生は口元に手を当てて「考えるポーズ」をした。


「なんか難しいけど。わかる気もする。おれも別に、戦うのとか好きじゃない。でも攻撃力に全振りした設定を活かさないと何の役にもたてない。

逆に格闘技好きなやつが、能力的には回復支援担当だったりする」


「アオぬいは、ゲームのキャラだからなあ」


 シンタローが指先で、碧生のフェルトの頭をツンツンとつついた。触ったら千景がすっ飛んでくるかもと思ったけど、意外と現れなかった。

 碧生はいつもの澄ましたジト目のまま、寝転がったシンタローを見ていた。


「おれから見たら、シンタローもキャラだぞ。ニンゲンにも先天的な能力とかパラメーターがあるだろ。最速で皆の役に立ちたかったら、体の特性に応じた能力を育成するしかない。

その特性が自分の信条に合わないんだったら、戦いを諦めることになるのかもしれない」


「アオぬい。もしかしてオレを励まそうとしている?」


 碧生は力強く頷いた。


「キャラには必ず使命がある。受け入れるかどうかは、自分次第だ」

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