3-p13 音楽室とぬい
高島学園中学部。昼休みの音楽室は最近やたら賑わっている。
毎年この時期、多少はバッキングが弾けるようになった2年生にギターブームが巻き起こる。秋の風物詩である。
コーイチローに連れられてヒデアキも音楽室にいた。ギターを1台ずつ抱えて、2人で窓の近くの席に陣取った。
女子の華やかなグループが動画を撮っている。SNSにアップするのだろう。ギターの巧い子がいて、そのキレイな伴奏で踊りながら歌っている。
ヒデアキは気後れしてしまったが、コーイチローは、
「おおお。なんか、良いな」
と素直に興味を示していた。
「テスト、何歌う?」
ヒデアキが尋ねると、
「きんぐぬー」
とサラリと答えが返ってきた。
「弾き語りで!?」
「おう!」
コーイチローがギターをじゃかじゃかと掻き鳴らし、誰でも知ってる有名な曲のサビを大声で歌った。なかなかアジのある歌い方だ。
だがすぐにやめた。2種類のコードを交互に押さえていただけの、適当すぎる伴奏の手も止まった。
「難しいな。別のにしよ」
すみっこの棚にあった歌の本をめくって、コウイチローは、
「あ。これにしよ」
ともう一度ギターを構えて歌い始めた。
「♪あ~る~はれた ひ~る~さがり い~ち~ば~へつづ~くみち~」
伴奏は適当だが、歌は無駄に巧かった。
ヒデアキは微妙な顔をした。
「なんで、わざわざそんな……子牛を売る歌を……」
少し離れた場所で女子たちがクスクスと笑っている。
コーイチローは急にキリッとしてヒデアキを見た。
「難しいの弾けないから。テストは別のアプローチで、アピールしていきたい」
「痛いって言われそう」
「痛みを恐れていては、可もなく不可もない人生しか送れないのだ」
タレントのオーディションでも受けるような意気込みだ。
「ヒデはどーすんだよ? バンドやってる人の弟だろ」
コーイチローが催促するようにギターを掻き鳴らした。
「うーん……じゃあ僕もドナドナでいいかな」
「あ。パクった。オレの前に歌うなよ!」
「順番って、クジ引きだっけ? ……あ。『星に願いを』って、職員室のオルゴール時計の曲だ」
歌の本を見てワイワイ言ってるところへ、高瀬先生が「音楽準備室」と呼ばれる隣室の扉から出てきた。
「お。野球部も、今日はギターだ」
彼女は吹奏楽部の副顧問を担当しているから、よく音楽室に出入りしている。
「センセ―、ギター弾けるの?」
「人並みにね」
「人並みって、どれぐらい?」
コーイチローが無邪気に尋ねている隣で、ヒデアキは習ったコードを爪弾いて首を傾げた。
「これ、音、ずれてない?」
家でよく聞く高さと、違う感じがする。
1番上と1番下の弦を何度も
「なんか、懐かしいな。
そのうちバンド組んで、何人かで来るようになったけどね」
***
「シンタロー。メシ食わないなら、冷蔵庫入れとくか?」
「ん-」
扉の向こうから聞こえるのは、気の抜けた返事だ。出てくる気配がない。
「どうした。具合でも悪いのか」
碧生は空飛ぶタオルをフワフワ操って扉を開けた。
シンタローはラグに座って、服を畳んでトランクに入れていた。
碧生が不安そうな顔をした。
「もしかして……出て行くのか」
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