3-p12 アミノ酸とぬい

「いや、別にそんな面白い話じゃねえよ。昔、飼ってた金魚が死んだ。ヒデが産まれる前からいたやつ」


 シンタローは冷凍庫からラップに包まれた白い塊を出した。茶碗約一杯分ずつに分けて包んで冷凍されたゴハンである。それを茶碗に乗せレンジに入れ、加熱する。その作業をしながら、こんな話をした。


「そんで、俺の友達も死んだ。まだ小5でなー。2人でツベのアカに『歌ってみた』の動画とか出してたんだけど、身内しか見てなかったな。オレは1人になって、最後にと思ってソイツのこと歌った曲、ツベに出した。そしたらなぜかバズった。

そのせいで、なんか相手の家族に恨まれて攻撃された。人の死で金儲けてるって。別に金なんて取ってなかったけど。さすがにちょっと病んだ」


 千景ちかげはダイニングテーブルにちょこんと座って、少し離れたリビングスペースで勉強している碧生あおいの背を見ている。そうしながら、


「なるほどな。それがお前のトラウマってやつか」


とシンタローのことを気にしているようだった。

 シンタローは冷蔵庫から卵を出す。

 レンジが赤っぽい光を発して唸っていて、手持ち座沙汰だった。


「あー……。んで、金魚か。ヒデアキは、オレが作った歌が、金魚が死んだ歌だと思ったみたいだ。まあ、少しはそういうニュアンスも入ってたから。嫌がってた。聞くと泣き出すレベル。

 ずっと忘れてたけど、最近また責められてる気がする」


「責められてんのは、お前の態度が悪いからじゃねえのか。ネタ帳見たとかどーとかの言いがかり、ヒデアキもさすがに怒ってたぞ」


「……」


 ようやく電子音が鳴って、米の加熱が完了した。

 黙って茶碗を取り出すシンタローに千景がまた言う。


「アヤトもナツミのこと書いてたみたいだが、ヒデアキは察した上で、何も言ってなかった。なんでお前だけ?」


「父さんは、完全に自分のためだから。世に出す気もないみたいだし」


 シンタローは取り出した白米のラップを外し、中身を茶碗に入れた。


「お前は、何のためなんだよ」


 千景に尋ねられながら卵を割り、熱い白米の上に落とす。

 白身が熱で少し凝固した。

 シンタローはそれを箸で混ぜながら答える。


「ネットに置きゃ、残るだろ。オレが今日死んでも変わらずそこにある。知らんヤツも誰でも見れるとこに、残ってて欲しい。別に良い歌とか思われなくていいから、なんかあるなって」


 それから顔を顰めた。


「自分で言っといてなんだが、すげーキモチワルイな」


 千景は腕組みをした。


「全員情が深いせいで、人間関係が微妙になるのは悲しいもんだ。ヒデアキが実際どう思ってんのか、それとなく聞いとくぜ」


「いや、余計なことすんなよ。お前、関係ねえだろ」


「関係なくはねえ。ニンゲンを幸せにするのが、ぬいの仕事だ」


 シンタローは、戸棚から出してきた粉末コンソメ少々と青のりを、まだ割れてない黄身の上に振りかける。そしてまた混ぜる。

 それを見て千景が言う。


「TKG。お前も、卵を直接飯に入れて混ぜる派なんだな。少数派同士、仲良くしようぜ」


 出来上がった卵かけご飯を食べながら、シンタローは千景に尋ねた。


「なあ。今聞くことじゃないかもだけど……ぬいって、なんなんだ?」


「綿と布」


 千景が特に面白くもなさそうに即答する。それから、


「俺も時々疑問に思うことがあんだが。ニンゲンって、なんなんだ」


「……水とアミノ酸」


 シンタローがそう答えると千景はその答えが気に入ったみたいで、にやっと笑ってタオルに乗って飛んで行った。

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