第97話 襲撃を終え、未来の思案

 襲撃から数日が経過し、諸々の事後処理にひとまずの区切りが着いた頃。


「……祈りを」


──ルトとリーゼロッテの名のもとに、襲撃によって犠牲となった者たちを弔うための葬儀が行われた。


「犠牲となった者たちは、皆が勇敢にして忠義に篤き臣でありました。彼ら、彼女らの献身は──」


 犠牲者を悼む言葉が、リーゼロッテの口から紡がれる。その表情は厳かであり、苦難を乗り越えた当主に相応しい風格を放っていた。

 そこにあるのは、臣下の犠牲を無駄にはしないという気概。一夜にして多くの死を乗り越えた彼女は、為政者としてまた一つ上の段階に至ったことが伺える。


(せめてもの救いというやつかね。死んだ奴らも、これなら無駄死、なんてことにはなるまいよ。……ま、それも生者側の詭弁でしかないが)


 そしてもう一人の喪主であるルトは、表面上は凛とした表情を維持しながらも、内心で自嘲気味に鼻を鳴らしていた。

 死者は何も語らない。死に意味を見出すことも、死者を弔うことも、全ては生者側の都合だ。少なくともルトはそう考えている。

 なにせ魂は廻るのだ。前世の記憶を所持しているからこそ、ルトはそれを経験として理解している。

 故に感傷はそこそこに。彼ら彼女らの軌跡を讃え、来世の道行に幸あれと祈りはすれど、過剰にのめり込むことはしない。

 この葬儀もまたその例に漏れず。他の者の手前、粛とした雰囲気を見出すことこそしないものの、葬儀自体は一種の空き時間と見なし、頭脳のリソースを『今後』のために振り分けていた。


(はぁ。まさかこんな短期間で首都の方にとんぼがえりすることになるとはな。公爵家が襲撃された、それも魔神によるものとなれば、仕方のないことではあるが……)


 皇帝の名のもとに下された召喚命令を思い出し、ルトは面倒だと内心で嘆息した。

 なにせことがことである。敵性の魔神格による公爵家への襲撃など、国家を揺るがす一大事なのは議論の余地もない。

 ただでさえ、襲撃以前から神兵の捕縛やら、未確認の魔神格潜伏の可能性など、いろいろと帝国上層部を騒がせていたのだ。

 軍と連携しつつ、首都にも逐一報告を飛ばしていた状態でこんな大事件が起きれば、事態の詳しい報告のために呼び出されるのは当然。

 ましてや、下手人が魔神格の魔法使いともなれば、同格であり直接殺しあったルトの意見が求められるのは自明の理というもの。

 そうした理由から、帝国軍の全面的な協力のもと、公爵家には最低限の者だけ残し、ルトやリーゼロッテなど主だった者たちの大半が首都ベーリーへと向かう形になったのである。


(まあ、処罰云々の話じゃないだけマシか。に噛めるとなれば、むしろ交ぜてもらえるのはありがたいぐらいだしな)


 呼び出しの理由は報告だけではない。むしろそれは前座であり、主題となるのは此度の騒動に対する報復。

 それもそうだろう。なにせ帝国は完全に面子を潰されたのだ。それも敵国である法国によって。具体的な証拠こそ存在しないものの、彼の国の関与は明らかである。

 ならば国家として報復せねばなるまい。こうもあからさまに手を出された以上、それを上回る苛烈さでもって後悔させねばなるまい。

 その先に戦争が、大陸を巻き込む大戦があろうとも止まるわけにはいかない。先に境界を越えたのは法国側であるのならば、帝国が躊躇する理由はない。

 それはルトも同様であった。婚約者であるリーゼロッテ、ひいては自らの臣下にも手を出されたのだ。その借りは必ず返さねばなるまい。そうでなければ気が済まない。

 すでに賽は投げられた。どのような形になるかは未定であるものの、帝国が許す限りルトは魔神格としての力を振るうことを決めていた。


(報復戦。相手は法国……とまでいくかは微妙なところだが、少なくとも属国の何処かは呑むことになるだろう。後は展開次第か)


 属国を切り取ることで手打ちとするか、そのまま本命にまで手を伸ばすか。その辺りは法国の出方と、帝国上層部の覚悟によって決まる。

 となれば、基本的に武力であることに徹するルトが考えることではない。駒の一人として戦術レベルの話には口を出すつもりではあるが、盤面そのものを左右するような戦略レベルの話には参加するつもりはない。

 ルトは魔神格という武力。すなわち兵器である。兵器に必要なのは、ただひたすらに国家の敵を撃滅するという意思。そしてそれを可能とする力。


(ま、なるようにしかならんだろう。今後についてはそんなもんか。──そうなると、やはり懸念はアイツか)


 政治については関与せず。戦については問題無し。ならば残っているのは──人間関係。


「……」


 リーゼロッテの言葉を聞きながら、チラリとルトはある場所に視線を向ける。

 そこにいたのは、決して明るくない雰囲気の葬儀の中で、一際沈鬱な気配をまとったナトラであった。

 最愛の弟であるリックを喪った彼女は、深い絶望に囚われていた。今後の擦り合わせという名目で、恨み言を聞きにいったルトにすらマトモな反応を返さず、ただただ哀しみに暮れ塞ぎ込む日々。


「はぁ……」


──ほんの些細な、国家の行く末を左右するわけでもない、言ってしまえば家の問題。しかし、ある意味でもっとも面倒な厄介事の気配を前に、ルトは小さく、されど内心に留めることができない程度に嘆息したのであった。







ーーー

あとがき


本章のエピローグ終了。次回の巻末エピソードでもって、本章終了。

なお、早ければ土曜までに。遅くても来週水曜までに更新予定。

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