第95話 決着

 尋常ならざる戦いによって、見るも無惨な状態となった浜。そんなこの世の地獄とも言うべき血の中心で、惨状を生み出した張本人たるルトは、忌々しげに夜の闇を睨んでいた。


「……チッ。仕留め損ねたか。分かってはいたが、やはりしぶといなぁオイ」


 魔神七号の繰り手であったニコラスの正体を喝破し、彼らの在り方の歪みを突きつけ、魔神の力の源たる狂気を削いだ。

 そうして激しく弱体化させ、ニコラスともども魔神七号を仕留めに掛かったルトであったが──結果としてそれは叶わなかった。


「あと一歩ってところで逃げられた感じだった。……手応え的に、事前に分身かなんかを配置してた感じか。残機制とはやってくれる」


 攻撃時の感覚と、戦闘中に得たデータから、ルトは逃走手段におおよその当たりをつける。ニコラスも身体を乗り捨てるようなことをしていたことを考えると、タネに関してはほぼ間違いないと思われる。

 如何にその存在を零落させようとも、七号が司るのは命の概念。守勢に回った際の生き汚さは、ルトとしても舌を巻かざるを得ない。


「……とは言え、成果としては上々だ。仕留められなかったのは業腹だが、敵性魔神の力を削げた時点で十分すぎる」


──だが同時に、一度優位に立った魔神もまた恐ろしいのだ。少なくとも、同じ魔神と言えど無傷で逃げおおせることはできない程度には。


「アレならもう十全に力は振るえまい。なにより首輪を付けられたのがデカイ」


 もっとも厄介な存在であったニコラスは、ルトによって七号の中にあった【ニコラス】という概念ごと凍結させられた。

 七号と事実上一体化していようとも、ニコラスは所詮は眷属。主の身すら危うい状況では優先されるわけがなく、ルトも積極的にニコラスを仕留めに掛かったために、悪意の具現のような道化は見事に討伐されたのである。

 また七号の精神もまた、ルトによって大部分が凍結させられた。生存本能が原因なのか完全に仕留めることこそ叶わなかったが、その力は大きく削がれたことだろう。

 なにせ魔神に至る前に行われていたでたろう数々の実験によって、ただでさえ自意識が希薄だったのだ。その上でルトの手で精神の多くを凍結させられたとなれば、七号はもう精神的に劣化はしても成長することはないだろう。

 魔神の力の根源に狂気がある以上、精神に瑕疵を抱えた状態では本来のパフォーマンスを発揮することはほぼ不可能であると判断できる。

 そしてなにより大きいのは、精神を凍結の力で蝕んでいる際の副次効果で、七号の本体の位置を大まかにだが把握できるという点だ。

 あくまでこれは副次効果。生み出した氷を操れるのと同じような、いや延長線にある力である以上、そこまで大きいものではない。同じ街なら詳細な位置が、同じ国内ならザックリとした方角が分かる程度のささやかな効果であるが、それでも厄介な敵の隠密能力を阻害できるようになったのは嬉しい誤算であった。


「次だな。次に奴を捉えた時、全てを終わらせてやる」


 逃亡こそ許したものの、ルトによって七号は癒えぬ傷を負った。凍結の力が呪いのようにその身を蝕み、ルトが解かぬ限り消えぬ永遠の枷となるだろう。

 弱った魔神と万全の魔神。どちらが勝つかなど明白。さらに繰り手であったニコラスも喪われたのだから、負ける方が難しい。


「……それにしても、随分と皮肉な結果に終わったな。得られたものの方が多い襲撃なんて、悪い冗談だよまったく」


 吐き捨てるようにルトが呟く。その瞳の先にあるのは、七号によって襲撃された公爵邸だ。

 七号の手によって、一体どれだけの犠牲が出たのか。その場にいなかったルトには分からぬことではあるが……少なくとも無事ということはあるまい。

 一応、七号曰く生存者は多いそうだが、実際に目にしていない以上は最悪を想定すべきだ。七号の力を考えれば、生きているの可能性も十分に高いのだから。

 そして、そんな想定できうる最悪ですら、得られた利益を天秤に掛ければ格段に安いのだから堪らない。

 公爵邸にいた全員、それこそリーゼロッテやハインリヒを筆頭とした忠臣たちの命と、七号の永続的な弱体化。どちらの方が価値があるかと問われれば、圧倒的に後者であり、なんならサンデリカの住民全てを対価としてもお釣りがくる。きてしまう。

 ルトの中にある冷徹な為政者の面が、否が応でも現状を正確に分析していく。焦燥すら素直に抱けないのだから、為政者というのは実に因果な立場である。


「法国側はこれで大駒を一つ失った。まあ、あの道化が素直に法国に従っていたかは甚だ疑問だが、それでも向こう側より占領に優位に立ったのは事実」


 認識されていないという最大のアドバンテージを放棄し、中途半端に暗躍した挙句わざわざルトの前に姿を現した時点で、ニコラスも七号も法国に忠実な臣というわけではないのだろう。

 恐らくではあるが、あの二人は同盟者や傭兵的な立ち位置だったのだろう。それも獅子身中の虫寄りの、状況次第では互いに切り捨てに掛かるような関係であったはず。

 しかし、七号が法国側の魔神格であることには変わらず、戦力的にはイーブンであったのだ。となれば、やはり今回の襲撃は得るものの方が大きかった。

 どこにでも潜入でき、無限の物量で圧殺してくる敵が弱体化したのだから、戦略的なメリットはあまりにも膨大だ。

 ルト限定ではあるが隠密性は損なわれているし、それを抜きにしても単体性能に特化した魔神格であるルトとアクシアならば、戦えば間違いなく勝利できるであろう。

 となれば、後はどうやってその状況に持っていくかの話になる。政治と軍事の領域になる。


「報復はしっかりさせてもらうぞ。法国のクソッタレどもめ」


──頭の中で盤を見下ろしながら、ルトは公爵邸へと戻った。犠牲となった者たちのために、為政者としての顔を隠しながら。



ーーー

あとがき

次回は来週水曜を予定してます。

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