第92話 人造魔神の宣戦布告

「──ハハッ、ハハハ。アッハッハッハッハッ……!!」


──異形が蠢く氷の地獄に、邪気に塗れた哄笑が響く。


「ああっ、これはこれは……! なんという覚悟、なんという心意気! そうでなくては意味がない。こうでなくは面白くない……!!」


 魔神ニコラスが嗤う。ルトの誓いに唾を吐き、ルトの激情を啜っていく。

 その様は正に対極。ルトが言葉でもって為政者としての在り方を示したように、ニコラスは剥き出しの悪意をもって咎人の生き様を見せつけた。

 そこにあるのは我欲だ。どこまでも身勝手で、どこまでも傲慢に。他人の権利を踏み躙ることを躊躇わず、むしろそれもまた自らの権利であると主張するかのよう。

 主義もない。信念もない。ただの享楽で数多の命を弄ぶ、欲に忠実という評価すら生温い邪気。只人では決して抗うことのできぬ暴力。


「少年大公、いや氷神ルト! あなたはなんと素晴らしい! 初めは老人どもの依頼半分、実験半分の心持ちでしたが、その考えを改めましょう」


 それこそが魔神ニコラスの本質。帝国に仇なす邪神にして、やがては人類全てに牙を剥きかねない絶対悪。


「あなたは指針だ。私の研究成果は、あなたという大敵と戦うことで完成する。あなたは我が集大成の最後の試練に相応しい!」

「最後の試練、だと?」

「ええ、そうです。先程、私の目的を問いましたね? わざわざ馬鹿正直に答える必要もないのですが、興が乗りました。──なにより、ちょうど向こうで動きがあったようですし」

「なに?」


 ニコラスの意味深な台詞と、視線の動き。それに吊られてルトが屋敷の方に顔を向ける同時、赤き炎が夜の闇の中で弾けて消えた。


「連絡用の炎弾。予想通り、屋敷に手を伸ばしていやがったなドブネズミ」

「当たり前でしょう。……しかし、術士は先んじて全員処理したつもりでしたが。討ち漏らしでもいましたかねぇ? ま、本人もやって来てますし、直接訊くとしましょうか」

「……」


 ニコラスの不穏な呟き。だがルトはそれを聞きとがめなかった。ニコラスの戯言よりも、夜空から飛来する緑の輝きに意識を払っていたが故に。


「お父様、戻った」


 そしては浜へと降り立った。初めは小さな鳥。そして次の瞬間には、淡く輝く深緑の髪と、エメラルドの瞳が特徴的な一人の女児へと姿を変えた。


「お疲れ様です七号。して、先程の魔術はどういうことですか?」

「屋敷の使用人の中に、魔術兵の卵がいた。だから遊んだ。卵が外に出れたら勝ちで、ご褒美に全員助ける。卵が死んだら負けで、全員殺すっていう遊び」

「ほう? ということは、屋敷の人間は無事ですか?」

「うん。向こうの勝ち。だから生かした。遊びの途中で何人かは死んだけど。……駄目だった?」

「いえいえ。別に構いませんよ。有象無象の生死など、大して重要でもありませんので」


 一目で理外の存在と分かる女児と、魔神ニコラスの会話。聞こえるその内容が確かなら、公爵邸にいる者たちの多くが無事。

 魔術兵の卵は恐らくナトラだろう。ならば彼女は確定で無事。それ以外は不明だが、リーゼロッテやハインリヒらも生存している可能性はある。


「……おい、ドブネズミ。そのガキはなんだ」


 しかし、ルトはその情報を今は不要と切り捨てた。屋敷の面々が無事ならば確かに喜ばしいことであるが、すでに彼ら彼女らはルトの中で『全滅』という判断が下されている。故に現状では屋敷の者らの安否はどうでもいい。

 喜ぶのは事態が解決してからで十分。今この場において最も重要なのは、異常という言葉でしか表現できない女児の存在。


「おっと失礼。つい親心が顔を覗かせ、愛娘との会話を優先してしまいました」

「番号で呼んでるやつが親心だと? 戯言ほざいてんじゃねぇぞクソ野郎が」

「おやコレは手厳しい。しかし、この子が私の大事な娘なのは事実ですよ? 大事な大事な研究成果なのですから」

「……」


 研究成果。その言葉から連想される内容は一つ。そしてニコラスの性格、言動を考慮すればほぼ確定。……人体実験。それも尋常のそれではなく、一般的な感覚では唾棄されるような悍ましいものなのは明らかだ。

 

「では、真なる魔神である氷神ルト殿に、正式にお披露目と参りましょう。この子は七号。数多の実験の果てに誕生した、我が叡智の集大成。──人造魔神七号でございます!」

「……人造魔神、だと?」

「その通り! 私が考案し、検証を重ねた理論! それを基にした投薬に次ぐ投薬、繰り返し行った人体改造。それらの苦労が実を結び、ついに証明することが叶ったのですよ! 魔神格は人工的に生み出すことが可能であると!!」


 それは狂気の叫びであった。何故、そう思い至ったのかは不明。しかし、ニコラスがそれだけの妄執を抱き、固執し、ついには自らの腕で新たなる魔神格を生み出したという事実は変わらない。

 実際、七号と呼ばれた女児は紛うことなき魔神である。人ならざる特徴も、その身から滾々と湧き出る緑の神威も、鳥から人に変ずるデタラメな力も、魔神格の魔法使いにのみ許された特権である。

 人造魔神。それが偽りでもなく事実であるのならば。例え狂気と非情の産物であっても、魔神の領域に人の手が届くというのならば。それを証明し、技術として確立したニコラスは正真正銘の天才であり、人類を神に近づけた並び立つ者なき偉大な研究者と言えるだろう


「……人造魔神な。なあドブネズミ、一つだけ確認させろ。お前は天然ものか?」

「ふむ? てっきり人造魔神は事実かどうか、または人造魔神の数を訊いてくると思っていましたが。……ああ、ハッタリを疑っているのですか。私が自然に魔神格として目覚め、命の力で七号を創ったと?」

「ま、そんなところだ」

「それはそれは。残念ながら否ですよ。七号が魔神として目覚めたのが先です。その後、私も七号と同様の処置を自らで施し、魔神として目覚めた再現性を実証したからこそ、こうして胸を張ってお披露目しているのです」

「……なるほど」

「まあ、再現性というには実証回数は少なすぎますが、そこはご容赦ください。人造魔神を無造作に増やすのは気分がよくないのです。なのでひとまず、初の成功例である七号と、理論の提唱者である私が魔神となった時点で、実験は取りやめました。……なにより、魔神格が二人もいれば十分すぎる」


 ニコラスにとって重要なのは、自らの理論で魔神格が誕生したということのみ。それ以上は興味もなく、有効活用など微塵も考えていない。

 その根底にあるのは自負だ。自身が、そして研究成果である七号が確かな魔神格であるという自負。自らの振るう力に絶対の自信があるが故に、戦力の増加よりも希少性を保つことの方に意識を割いた。


「ま、あなたにとってはアテが外れた気分でしょうが。最善の可能性が否定されて残念でしたね、氷神ルト」

「──いや? むしろ愉快な気分だよ。今のお前の台詞を聞いて確信した。大敵だと警戒したが、どうもそんなことはなさそうだ。お前、ドブネズミ以下の道化だな」


──そしてその全ての自負を、真なる魔神であるルトは嘲笑とともに一蹴した。




ーーー

あとがき

 どうも、モノクロウサギです。唐突ではありますが、この場を借りて宣伝をさせていただきます。


 本日、本作【怠惰の王子】の二巻が発売されました! 店頭、及び電子版にて絶賛発売中であります!

 収録されている内容は、Web版でも賛否の別れた二章! 編集様の意見、皆様のコメントなどを参考に、その都度内容を修正しつつ書き上げた一冊となっております! 自画自賛ではありますが、Web版よりもクオリティはグッと上がっていると思っているので、是非ともお買い求めください!

 なお、表紙はリックとナトラです。そして表紙を飾るだけあり、姉弟のエピーソードも加筆しております。Web版ではなかった、ルトと姉弟の絡みは是非とも読んでほしいなと。


 はい、長々と書きましたが、結局はこの一言です。買って!!!!! レビューとか、編集部にお手紙とかしてくれるとさらに私が喜ぶよ!


 あ、あとコミカライズ企画もお願いしますね。

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