第87話 魔神の戦い その六

「ったく、やってらんねぇな本当に!!」


 理不尽な現実に悪態を吐きながら、公爵邸の廊下を彼らは走っていた。

 本来ならば許されざる無作法。日が落ち、寝入る者もいる時間帯であるにも関わらず、騒音を気にしようともしない。

──いや、できない。最凶の敵対者が乗り込んでいる現状では、そんな余裕は存在しない。最優先はこの窮地を脱することのみ。


「いいかお前ら! すでにこの屋敷は陥落しているものと思え! あの場にいた方々以外、屋敷の人間は死んでいる前提で動け! ──出会う者は全員敵として斬り捨てろ!!」

「「応っ!!」」


 指揮役の兵士が指示を出す。その内容はデタラメで、出会う者は全員殺せというもの。

 本来なら錯乱を疑うところ。強大な敵対者を前にしたことで、狂気に堕ちたと判断されてもおかしくない。だが指示を受けた二人の護衛は、正気を疑うことなく即応した。

 彼らも狂気に堕ちている? ──否。彼らは至って正気だ。心の乱れなど微塵もない。それは姉弟を中心とした逆三角形の隊列からも窺える。

 前方に最大限の警戒を払い、後方では指揮役がもしもの際の殿を。そんな揺るぎない死守の構えを取る彼らが、狂気に染まっているわけがない。


「あのっ、それって屋敷の人を殺すってことじゃ……!?」


 だからこそ分からない。少なくとも、護衛対象として囲われているナトラとリックには、彼らの真意はまったく読めなかった。


「ええ、そうですよ! 腹ただしいがその通りでさぁ! 使用人、文官に武官、それこそ我らの同僚ですら例外はない! 出会った時点で殺します!」

「そんな……!? 駄目ですよそんなの!?」

「しょうがないんですよ! 相手は無から生物、それこそ人間の見た目をしたバケモノすら、ポコポコ生み出す魔神なんです! 俺たちには、バケモノと人間を見分ける術がないんですよ……!!」

「っ……!?」


 魔神七号は命を生み出し、自在に操る超越者である。だからこそ、公爵邸にいる人間をたやすく全滅させることも、殺した人間と瓜二つのナニカを生み出すこともできるのだ。

 その力を、吐き気を催すようなデタラメを、今さっきありあり見せつけられた。──ならばもう、只人ができる抵抗は一つしかないのである。


「例え、出会った誰か生きていたとしても! 俺たちは殺さなきゃならない!! バケモノと仮定して斬り捨ててる!! 殿を守り通すために!! 我らの命を犠牲にしてでも、あなただけは屋敷の外に連れ出してみせる……!!」

「っ、なんでですか!? なんでそこまでして私を!? 普通、リーゼロッテ様じゃないんですか!?」


 仲間かもしれない者たちを殺す覚悟、自らの命を投げ出す覚悟。何故、そんなものを自分に向けるのかとナトラは叫ぶ。

 恐怖で身体が震える。走ってるせいで呼吸も乱れる。それでもなお、ナトラは訊ねずにはいられない。主であるリーゼロッテをも差し置き、どうして自分が守られるのかと。

 ルトが守るように命じていたから? いや違う。歴戦の兵士である彼らが、そんな愚かな判断をするものか。指示の通りにしか動かない人形ではないのだから、優先順位を間違えるわけがない。


「あなただけなんですよ、ナトラ殿! あなただけが、この窮地を打破できる可能性がある! だから我らは命を懸ける!! 我々だけでなく、リーゼロッテ様たちを救うためにも……!!」


 そう、優先順位の問題だ。今この状況においてのみ、ナトラは最重要人物であった。状況を打破するジョーカーになり得る、唯一の存在であった。

 だからこそ、ナトラの命がなによりも優先される。彼らは全てを賭してナトラを守るのだ。


「なんでですか!? 私にそんな力なんて……!?」

「あるんです!! あなたたち姉弟を監視するにあたり、我らはナトラ殿の経歴を確認しているんですよ! もちろん、あなたが魔術学院で戦闘魔術の講義を受けていたこともね!! ──元がくっ付くとはいえ、帝国の魔術兵の卵だったんでしょう!?」

「っ!?」


 かつて、ナトラがまだ酒場で働いていた頃。ルトの目の前で、彼女は悪漢たちを降してみせたことがある。

 女の細腕で、ガタイのいいゴロツキたちを撃退できた理由。それはナトラが強化の魔術を使ったからであり、戦闘魔術の基礎を学んでいたからだ。


「だったら使えるはずだ! 連絡用の火球の魔術を! そうであるならば、街の外で戦っている閣下に報せることができるかもしれない!!」


 七号は言った。屋敷の連絡役は全て殺したと。それは公爵邸の術士を皆殺しにしたのではない。武官たちの記憶を宿した肉人形から情報を獲得し、該当人物を狙って始末したのだ。

 だからこそ、ナトラの存在は零れ落ちた。連絡役としての役目を果たせる能力を持ちながらも、武官ではなかったが故に始末されずに済んだのだ。


「あなたは唯一の希望だ! なればこそ、その希望を繋ぐことが我らの役目!!」


 浜で戦うルトが、夜空に登る火球を確認したのならば。屋敷の異常に気づくことができたのならば。

 絶体絶命のこの状況も、ひっくり返すことができるかもしれない。同じデタラメの主ならば、破滅の運命すらも蹴散らしてみせるかもしれない。

 ならば、その『もしも』を手繰り寄せるために足掻くことこそが、臣下である彼らの役目。リーゼロッテから降された、絶対遵守の命である。


「そんな大役、私なんかには荷が重すぎますよ!?」

「無理難題は承知の上!! 素人に任せる役目じゃないのはごもっとも!! ですがやるっきゃないんですよ!! じゃなきゃ皆が死んじまう!!」

「それでも……!」

「気負う必要なんてないでさぁ! そもそもこれは起死回生を狙った悪足掻き! あの魔神が気まぐれを起こした時点で詰みということは大前提で、ナトラ殿を守りきれなければ終わり、閣下が気づかなくても終わりなんだ。いや!気づいたところでどうしようもないかもしれない! ダメでもともとの精神ですよ! その時は全員仲良く死ぬだけです!」

「〜〜っ!!」


 無理と叫んだところで、最早どうしようもないのだ。生きるために足掻くか、諦めて死ぬかの二択。

 すでに詰んでいるこの状況。やれるだけのことをやって、それでも駄目なら仕方ないと肩を落として笑うしかない。


「──っ、前方右、通路に人影!!」

「接敵と同時に斬れ!」

「了解!!」


 ……そのためにも、その結末を迎える瞬間まで足掻き続けなければならない。


「っ、え?」

「はぁっ!!」

「ぎゃっ……!?」

「……スマン」


 先導する一人が、鉢合わせたメイドの首を斬り飛ばす。

 斬り飛ばされた勢いのまま、頭がくるくると宙を舞う。その顔に浮かぶのは、驚愕と恐怖の表情。


「ひっ……!?」

「うぷっ……!!」


 宙を舞う頭と目が合った。遅れて吹き出る鮮血の音が耳朶を打った。

 凄惨な光景に慣れぬ姉弟が、恐怖とショックで思わず足を止めそうになる。


「──立ち止まらんでください!! 彼女がバケモンじゃねぇ保証もないんです!! さあ走れ!!」


 だが殿を務める指揮役がそれを許さない。固まりかけた姉弟の背を押し、無理矢理にでも走らせる。


「非難も罪も我らが背負います! 犠牲となった彼女には、これから犠牲となるかもしれない者たちには、地獄の底で我らが頭を下げ続けます! ──だから、あなたたちは脇目も振らずに走ってください! 折れずに足を動かしてください!!」


 駆ける。駆ける。広大な屋敷が、今この時だけは腹ただしい。接敵と襲撃を警戒し、頭を空にして突き進めないのがもどかしい。


「仲間を助けるために! 今は全てを呑み込んで走り続けろ!!」


──それでも彼らは突き進む。絶体絶命の状況の果て、彼方の先にあるかもしれないハッピーエンドを目指して。







ーーー

 あとがき

 更新が少々遅くなり、誠にすみません。書籍化作業を筆頭に、少々ドタバタしてまして。そして、ちょうど今また加筆やらの作業が発生したので、また少し滞るようになるかもしれません。佳境なんです、はい。


 で、ここからは宣伝。詳しくは活動報告に書いてあるので、ザックリめにしますけども。

 カクヨムコン一般枠ラストチャンスということで、お祭り用に用意した新作を投げました。


タイトルは、【ダンジョンマスターになった僕は、今日もまた世界と命を天秤に載せる】です。


 ジャンルは現ファ、ステータスとかスキルとかあるダンジョンもの。……そしてシリアス方面に舵をきった内容になっております。

 まだ出したばっかりで、そんなに文字数はないですが。書きだめで五万、話数にして十数話はありますので。

 是非とも皆さん読んでください。そんで面白い、続きが気になるとなったら、フォロー、ハート、星をください。

 てことで、よろしくお願いいたします。

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