第73話 悪しき魔神の暗躍

「未確認の敵性魔神格が暗躍している可能性が有りと、関係各所に鳩を飛ばせ!」

「基地内の者は総員第一種厳戒態勢で待機! だが外部には気取られるな! 最悪の場合はガスコイン領に潜伏しているかもしれん!」


 未確認の魔神格。ルトのその懸念は、ランドバルドたちだけでなく、レオン基地の全てに衝撃をもたらした。

 なにせ若い大公の杞憂で片付けるには、あまりにも状況証拠が揃いすぎているのだ。

 魔術の範疇を超えている怪物。人間の臓器からキーワード一つで変質する異形の生命体など、只人に生み出せるわけがない。

 この一点でもって、未確認の魔神格が関与している可能性は極めて高い。神兵を探知した時のように、神威の確認こそできてはいないが、だからと言って切り捨てるにはリスクが高すぎる。

 対国家を実現できる超戦力が関与している可能性がある以上、レオン基地の者たちは『いる』ことを前提に行動を開始していた。


「アクシア殿は引っ張ってこれそうか?」

「……難しいところかと。ハイゼンベルグ夫人は、対使徒の最終防衛線でございます故。確証のない現段階では動かせないでしょう」

「……そうか」


 怒号の飛び交う基地責任者たちによる緊急会議。その席にて、ルトとランドバルドもまた険しい表情で言葉を交わしている。

 内容は帝国の第一の守護神、炎神アクシアの応援について。いくら新たな魔神格が暗躍していようとも、単純明快な数の理論ならば状況は打開可能。

 それを期待しての言葉であったが、ランドバルドの見解は芳しいものではなかった。


「これが他の領地なら話は別でしょうが、ガスコイン領には閣下がいらっしゃいます。同格の魔神格がいる以上、緊急性はどうしても下がります。なにせこの一件に呼応して、法国が使徒を動かさないとも限らない」

「潜伏している証拠、最低でも未確認の魔神格の関与を確定させなければ駄目か……」


 アクシアは国防の要。法国に対する抑止の観点からも、そう易々と動かすことはできない。

 特に現状、帝国サイドは後手に回ってしまっている。アクシアが移動した隙を突くのはもちろん、使徒をあからさまに動かすことで応援に対する牽制もできるのだ。

 どちらにせよ、最強の守護神を頼ることは難しいだろうとランドバルドは語った。


「あの巨大な居候から神威を確認できなかったのが響くな」

「確証という面ではそれも否定できません。……個人的には、それが杞憂の証明になってほしいところですが」

「無理だろうな。状況証拠はすでに出揃っているようなものだ。神威の有無は決め手にしかならんし、俺の目を誤魔化す方法とてなくはないだろうさ。推論ぐらいは立てられるしな」

「そうなのですか?」

「ああ。だが神威の有無を判別できるのが俺のみである以上、推論の時点で無意味な代物だ。特にこの段階では、時間の無駄にしかならん」


 状況は極めて黒に近いグレー。それでいて逼迫している。ルトが相手の神威を知覚できない時点で、どれだけ予想を重ねてもそれは予想の域を出ることはない。

 今回の場合、『確定』と『疑惑』の間には決して越えられない壁がある。

 疑惑ではアクシアを引っ張ってくることはできない以上、そこに議論を割く余地はない。


「そもそもの話、神威を知覚できないのは俺の未熟が原因かもしれないんだ。なにせ相手は魔神格、デタラメの化身みたいな存在だ。こっちの予想を超えたトンデモ手段を取っている可能性も十分ある」

「それを言ってしまうと元も子もないですが、否定できませんね……」


 そもそもルト自身が若輩であり、魔神格の限界を測りかねているのだ。自分にできないことが、相手にもできないと考えるのは早計というもの。

 相手が理外のバケモノである以上、マトモな分析など意味をなさない。相手の詳細が判明すればまた話は別だが、そうでないのならのだ。

 対策すら大して意味がない。先手を打つにしろ、後手に回るにしろ、最終的にやるべきことは一つだ。対処法など、はなから一つしかないのだから。


「……結局、俺が先頭に立って相手の企みを粉砕するしかない。それ以外は余興や前座の類だ」


 魔神格の魔法使いに対抗できるのは、同格の魔神格だけ。只人は決して抗うことはできず、ひたすらに翻弄されるのみ。

 魔神格の暗躍が疑われている以上、これは変えることのできない大前提なのだ。


「承知しております。我らにできることは、決戦の舞台を整えること。そして端役を舞台に上がらせぬようにすること」

「ああ、期待しているとも。──それでは俺は戻る。最低限の情報提供は済ませた以上、長居は無用だ」

「もうよろしいので?」

「よろしくはないが、サンデリカから長く離れている方が駄目だ。魔神格があの街に潜んでいる可能性がある以上、俺は当分屋敷から離れることはできん」


 レオン基地はサンデリカから離れているわけではない。物見台から目視できる程度の距離であり、有事の際には即座に帝国軍が駆けつけることができるようになっている。

 だが一瞬にして街を粉砕できる魔神格が相手となれば、話は全く変わってくる。街と基地の間に横たわる距離は、致命的な時間を産む。『即座』は『永遠』に等しい長時間となる。

 だからこそルトは、サンデリカの地から離れることができなくる。今ですら正直ギリギリであり、本来なら未確認の魔神格の関与が疑われた時点で街に帰還しなければならなかった。

 何があっても即応できる地点に待機し、存在をアピールすることで敵を牽制し続けなければならない。


「悪いが尋問の方も当分中断だ。能力不明の魔神が裏に控えている以上、その端末に余計なちょっかいは掛けられん」

「かしこまりました。では馬車の用意は──」

「不要だ。飛んで帰った方が早いし、俺の性格を知る者ならば怪しみはしないだろう。それよりもお前たちは務めを果たせ。リーゼロッテの方には俺から伝えておくから、帝国中にこの報せを届けることに尽力しろ」

「ハッ!」


 そうしてルトは早足に立ち去っていった。ランドバルドもまた、見送りは早々に切り上げ自らの仕事に手を付ける。

 全ては自らの役目を全うするために。ルトは舞台の主役として、ランドバルドたちは舞台を整える裏方として。それぞれの立場で動き出した。



 ◇◇◇



 人が空を飛んでいる。いや、人という言葉は正確ではないのかもしれない。

──アレは神だ。人の世に唐突に湧いてでる現人神。人として生まれながら、自らの意思で傲慢に世界を捻じ曲げる魔神。


「お父様。アレ、戻ってきたよ。よかったの?」

「よかったとは?」

「いない内に、さっさと始めちゃえば楽だったのに。──皆殺しにしちゃえば、それで全部終わってたのに」

「あははは! それは否定できませんねぇ!」


 天翔る氷の神を眺めながら、男と女児は言葉を交わす。

 声音は朗らかな親子のそれ。無知故に当たり前を訊ねる幼子と、その質問に苦笑を浮かべる父親にしか見えないだろう。

──だがその実態は極めて邪悪。女児の言葉は街一つを地獄に変えることへの提案であり、男もそれを叱ることなく笑って済ましている。

 ただの親子の会話と片付けるには、最悪すぎる内容であった。


「いいですか七号。確かにあなたの提案は合理的です。帝国に深刻な打撃を与えるという面では、もっとも容易かつ効果的でしょう」

「なら何故?」

「だって面白くないではないですか。主のいぬ間に悪さをする。それは実に単純明快で──酷くつまらない」


 口調は軽妙に。だがドス黒い粘着質。男の口から吐き出される言葉の数々は、まさしく他者を蝕む呪詛のそれ。


「ああいう絶対者を、正面からコケにするのが楽しいのですよ! 意表を突いて、滅茶苦茶にしてやるのがなにより愉快なのですよ!」

「……よく分からない」

「感情云々は、あなたには難しすぎますかねぇ。……なら論理の部分で納得させてあげましょう。私たちは、純粋な戦闘力では氷神ルトに劣ります。ならわざわざ強くする必要はないでしょう?」

「……ん、理解。足でまといがいなきゃ全力を出される。それは確かに困る」

「そういうことです。私たちがぶつかれば、どちらにせよ大勢死ぬのですから。なら有効活用するべきですよ」


 魔神格は個にして最強。むしろ個でなければ、その本領を発揮することは難しい。

 だからこそ守るべき者を先に減らしてはならない。怒り狂った魔神の暴威が炸裂するだけであり、大して旨みのない悪手でしかないのだから。

 真にやるべきは、守るべき者を抱え込ませること。弱者で雁字搦めにした上で、諸共破滅させた方が勝率は上がる。


「でも大丈夫? 怒られない?」

「ん? ああ、あの神に祈るフリが達者な老人たちですか。確かに詳細を聞けば文句を言ってきそうですが──別に構わないでしょう? 私たちは彼らの配下ではない。法国という同じガワを被っているだけで、実際は互いに利用し合う関係でしかありませんし」


 男は淡々と吐き捨てる。一応は自らの上司に当たる者たちを、ただのビジネスパートナーと称し、なんなら切り捨てても構わないと断言してみせる。


「でもあのオジサンは面倒」

「スターク殿ですか。あの方こそ何も言いませんよ。法国を事実上支配している怪物ですから。私たちの存在を、もっとも効果的に使える方ですからねぇ」


 七号と呼ばれた女児の懸念に対し、男はケタケタと笑って流してしまう。


「利害は一致しているのです。スターク殿は帝国の混乱と、あわよくば氷神ルトの排除を。私たちは氷神ルトに挑み、研究成果を確認する。不安がる要素など皆無ですよ」

「本当に?」

「ええ。──さて、そろそろ私たちも行きましょう。今は彼らの準備が整うのを待ちましょう。万全となるその直前で、足元からひっくり返してグチャグチャにしてやるのですよ」

「……分かった」


 そうして男と女児は、路地の闇にひっそりと溶けていった。


──その場に響くのは、二匹の鼠の足音のみである。




ーーー

あとがき。

そういえば、ひっそり新作を投稿しているので見てね。ジャンルはダンジョン系の現ファで悪役令嬢モノっぽいやつ。

『RPGの悪役令嬢に転生with裏ボスのお兄様〜状況を打開しようとすると、大抵が悪化するのは何故なんですの?(白目)』

それではよろしくお願いします。

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