第72話 汚れた戦い その四

「……運び出せ。『資料』は一つ目の隣に並べておけ」

「「ハッ!」」


 ルトの指示によって、二つの氷塊が尋問室から運び出されていく。

 氷塊の中身は新たに連れてこられた元神兵。そして元神兵の体内に巣食っていた正体不明のバケモノだ。


「ランドバルド大佐。今の検証結果を整理するぞ。その間に次の資料の用意も頼む」

「畏まりました。──おい」


 ルトの指示に従い、更なる資料の補給が決定する。

 その一連の流れに淀みはない。数に限りのある貴重な資料、捕らえた元神兵を一瞬で消費してしまったにも拘わらず、だ。

 理由は単純。全ての責任をルトが取ると宣言したから──ではない。ただ検証を主導しているルトが、尋常ではないほどに張り詰めた気配を放っているからである。

 まだ若い身でありながなら、ルトが極めて優秀な人物であることはランドバルドたちも承知している。その上で魔神格として絶対の武力を保持していることも知っている。

 そんな人物が、『最悪の可能性』を排除するために、険しい表情を浮かべながら検証を要求しているのである。

 国家の安全を第一とする組織の一員てして、従わない道理などない。


「まず今回で確定したのは、連中の体内には物騒な居候がいるということ。これが神兵限定なのか、諜報員全てに共通なのかは不明だがな」

「はい。二匹目が飛び出してきた以上、そう考えて問題ないかと。ひとまず諜報員全てと仮定した上で、話を進めていきましょう」


 少なくとも、これで最初の人物だけが例外という線は消えた。あの悍ましい怪物は、法国の諜報員の体内に巣食っているもの。

 それすなわち、帝国が把握できていない『ナニカ』が侵攻しているということである。


「そしてもう一つ。あの中身が目覚めるキッカケだ。これは予想通りだった」

「『汚辱せよ』という言葉が鍵。ここで重要な点は、発言者は誰であろうと構わないことですね」

「ああ。これが分かったのは大きい」


 先ほど行われた検証でメインとなったのは、体内の怪物の有無と、言葉を発せない状態での自決が可能かどうかである。

 口を塞いだ状態で意識を覚醒させ、いくつかの拷問を実行。最終的には、ルトが元神兵に聞こえるように『汚辱せよ』と唱える。

 結果、例のバケモノが再び元神兵の腹の中から姿を現した。これによって朧気だった脅威の有無がいくつか確定したのである。


「……あのバケモノが完全に運用される未来は、できれば考えたくないですね。厄介な置き土産付きの自決を警戒しなければならなくなったらと思うと……。思考一つで発動しないだけ、マシと考えるべきなのでしょうが」

「意志だけだと誤作動の可能性が跳ね上がるからだろうな。発動を音声に絞るのは合理的だ」


 短文故に防ぐことは中々難しく、発言は容易い。そしてキーワードも日常で使うような内容でないために、セーフティとしても十分。

 相手の言葉でも発動することは唯一の脆弱性であるが、発動=死亡である以上は大した問題ではない。少なくとも機密保持は達成できるのだから。

 厄介度は限りなく高く、ランドバルドが眉根を寄せるのも無理からぬこと。


「……だがそれは大した問題じゃない。今の検証で、最悪の可能性がまた上がった」


──しかし、ルトはその懸念を些事と断じて切り捨てた。その声音には確かな苛立ちと、わずかな焦燥が混ざっていた。


「……そろそろお聞かせいただけますか? 閣下の抱く懸念について」

「そうだな。ここまで可能性が高まったら、心の内で秘めるのも問題か。実際に見せながら説明しよう。……丁度追加も来たみたいだしな」


 ランドバルドの問い掛けに、ルトは険しい表情を浮かべながらも頷いてみせる。

 始めは杞憂の可能性がまだ高かったために、懸念を伝えることはしなかった。だが可能性が逆転してきた以上、しっかりと伝えて議論する必要がある。

 新たに連れてこられた元神兵を睨みながら、ルトは自らの考えを述べていく。


「異常なんだ。いくら法国が生命の扱いに長けていても、こと医療分野に関しては数世代先まで発展しているとしても、あんな怪物は生み出せない。──万歩、いや億歩譲って新種製造までは、未知の技術と無理矢理納得しても構わんだろう。あの国にはそれだけの凄味がある」

「……ええ。実際、私もそれでひとまずは自分を納得させました。技術の追及よりも、優先すべき点がございましたので」

「ああ。それは間違ってない判断だと俺も思う」


 未知のバケモノ、未知の技術は確かに脅威であるが、解明するのは現場の仕事ではない。

 ランドバルドたちが優先すべきは、状況の把握と対応策の発案、及び実行。

 バケモノの来歴は『それはそれ』と、無理矢理にでも考えを切り上げ脇に置いておくべきだ。


「だが来歴以前の問題がある。医療技術じゃどうやっても片付けられない点がある」

「それは一体?」

「ランドバルド大佐も疑問に思っていた点だ。収納の問題だよ」


 確認された二匹のバケモノ。そのどちらも極めて巨大なサイズであった。少なくとも、人間の胴体に収納できる長さ、太さではなかった。

 それがルトにはどうしても気になったのだ。


「コイツらをまとめて凍結させた先の一件。あれからも分かるだろうが、神威の影響下に存在するものは遮蔽物を無視して感知できる。面倒かつ無意味だからあまりやらんが、意識を集中すれば影響下にいる人間の体内も知覚できる」


 神威は物理法則に囚われない。無機物、有機物も問わず、あらゆる物質を透過する。そして魔神格の魔法使いは、自らの神威を通して認識を広げることができる。

 それらの性質を利用すれば、精度の悪い透視の真似事も可能なのだ。

 言ってしまえば、別世界に存在するレントゲンやCTスキャンの劣化コピー。


「それをさっきの資料に試してみた。……人体の知識など俺にはほとんどないが、居候がどうなっているかぐらいは判断できるだろうってな」


 内臓の種類、役割などは理解できなくとも。あの巨大なバケモノが、人体にどのように収まっているかは分かる。透視の真似事ならそれができる。


「その結果をこれから見せてやる。驚くぞ」

「っ、まさか……」


 言葉と同時に、ルトの手に氷でできた短剣が現れる。

 それだけでランドバルドは察した。ルトが何をしようとしているのかを。


「閣下! そのような些事は、我々に命じてくださいませ!」

「駄目だ。相手は体内に正体不明のバケモノを飼っている奴らだぞ? 可能性は低いが、人体の成分が変質しているかもしれん。それかバケモノが毒持ちで、それが血液に溶けているかもしれん。──俺の想像が正しければ、コイツには何を仕掛けられてても不思議じゃない。対策も無しに触れるのは止めておけ」


 相手は人体改造に等しき外法に手を出す勢力。ルトの抱く懸念を含めれば、最大限に警戒して然るべきこと。

 これまで資料全てを凍結処理したのもそのため。妙な仕掛けが発動することを防ぐ目的があった。


「悪いがこれまで通りの処置を。口も塞いでくれ」

「「ハッ」」


 そうして尋問係に指示を出し、準備は完了。手足の拘束、暗器や毒薬の回収、猿轡がセットされた状態の元神兵ができあがる。

 あとは最後の仕上げとして、意識の凍結を解除するだけ。


「起きろ」

「……っ!? ぅぅ!?」


 状況把握と拘束の確認。これまでの二人と同じように、この元神兵もまた覚醒した次の瞬間には異変を察し、何らかのアクションを取ろうとしていた。

 呻き声もそうだ。キーワードを発言しようとしていたのだろうが、猿轡に邪魔されて実行できなかったと思われる。


「──さて、よく見ていてくれ」

「っ、んぐぅ!?」


 状況を打開しようと足掻く神兵の顔を押さえつけ、一度だけ後ろに控えるランドバルドたちの方に視線を向ける。


「やるぞ」


──そして次の瞬間、拘束されている神兵の腹を、氷の短剣でもって掻っ捌いた。


「っ、んんんんっ!? ぅぅぅ!?」


 突然の凶行に、堪らず元神兵が絶叫を上げる。猿轡で押さえられていてなお、尋問室に響き渡る悲鳴。

 だがルトは止まらない。どれだけ元神兵が激痛で暴れようとも、いっさい手を弛めることなく腹の傷を広げていく。


「ぁぁぁっ!! んんっー!! ぅぅ、ぁぉ!?」


 その身が血に塗れることを気にせず、それどころか傷口に手を突っ込み、躊躇なくその体内をまさぐり、時には内臓を掻き出していく。

 もちろん趣味でやっているわけではない。何かを聞き出すための拷問でもない。

 ただこの行為こそが、この非道にこそ意味があるのだ。


「──ここまでやれば分かったな? いねぇんだよ。あのデッカイ居候が。コイツがたまたまいないんじゃない。前の資料の時もそうだった」

「なんと……」


 いない。あの巨大なバケモノが、肉体を物理的に開いて探っても、何処にも存在しない。前回もそうであったとルトは語る。

 それはありえないことだ。何故なら前回の資料では、バケモノが確かに飛び出てきたのだから。ルトの手によって氷漬けとなったバケモノも、確かに自分たちが運んだのだから。


「いるはずのモノが存在しない。それもあんな大質量のバケモノが、だ。これを異常でなくてなんという? 医療技術がどんなに発展したところで、コレはどうこうできる問題ではないだろうさ」


 存在しないはずの物質、それも生物が現れるなど、まずありえないことだ。魔術をもってしても不可能であるとルトは断言できる。


「ましてや言葉一つで、それも発言者を問わないで、バケモノが簡単に湧いて出るだと? あまりにもふざけている。そんなの只人ではどうやったって辿りつけない領域だ」

「っ、まさか──」


 只人。その言葉にランドバルドが目を見開く。それと同時にルトが叫んだ。


「汚辱せよ!」

「っ!! ぅぅぅ、ぁぁぁぁっ!?」


 バケモノを呼び起こすキーワードによって、虫の息であった元神兵が最後の絶叫を上げた。

 それも当然。悍ましく巨大なバケモノが、自らの腹を引き裂き飛び出したのだから──否。


「これは……!?」

「シャァァァァ!!」


 肉体から飛び出したのではない。ルトの手によって掻き出されていた腸がバケモノに


「──凍れ」


 人の一部が、内臓がバケモノに変化した。命あるモノに生まれ変わった。

──それは決して、人が至ることのできない禁忌の領域である。人知の及ばぬ神の領域である。


「──関係各所に緊急の報せを放て、ランドバルド大佐。俺はこの一件に、法国に与する未確認の魔神格の影を感じ取っている!」

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