第68話 そして忌み名が紡がれる

 リーゼロッテと姉弟についての話し合いを行った翌日。その報せは、アズールによってルトの元に届けられた。


「──閣下。ランドバルド大佐からの使者が参っております。資料の調査は概ね完了。尋問の打ち合わせと報告を兼ねた話し合いの場を、本日中に設けたいとのことです」

「分かった。時間は?」

「リーゼロッテ様は『すぐにでも』とのことでしたので。もう間もなくランドバルド大佐もご到着なされるかと」


 サンデリカは帝国の要所。ことは領地のみならず、帝国そのものにまで問題が発展する可能性もある。

 それ故の最優先。多忙を極めるはずのリーゼロッテですら、この問題には神経を張り巡らさているのだ。


「そうか。なら案内してくれ」

「ハッ。こちらでございます」


 領主であるリーゼロッテが『急ぎ』と決めたのならば、それに従うのが道理。

 アズールの案内のもと、ルトはリーゼロッテの執務室に向かった。


「では閣下。私はこれで」

「ああ。案内ご苦労」


 部屋に入る前に、アズールが一礼して立ち去っていった。ここから先は、秘書の身では立ち入る領分ではないという判断である。

 事実、この一帯には使用人を見かけなかった。これから扱う内容が内容だけに、先んじて人払いがなされているのだ。


「リーゼロッテ。俺だ」

『──お入りください』

「ああ」


 入室した先では、リーゼロッテが自らの机で書類作業を行っていた。

 どうやら話し合いの直前まで、可能な政務は進めるつもりだったらしい。


「度がすぎるぐらいに勤勉だな、キミは」

「時間は有限ですもの。空き時間は有効に活用してこそですわ。それに領主の仕事というのも、中々に楽しいものです」

「怠け者の俺には理解できん感覚だな」


 怠惰を掲げるルトにとって、『仕事』とは障害物という認識である。処理しなければならない場合は片付けるが、そうでなければ即座に迂回することを選ぶもの。

 だがリーゼロッテにとっては違うらしい。ルトの婚約者にならなければ、まず就くことにならなかった領主の立場。

 意欲溢れる皇女であったリーゼロッテは、政務を含めた今の環境がかなり気に入っているようだ。


「そういう旦那様も、ここ最近は意欲的に動いているではありませんか」

「数少ない仕事が発生しちまってるからな。……全く。何でこんな早い段階で動き回る羽目になったのやら。当分はのんびりできると思ってたんだがなぁ」


 当てが外れたとルトが嘆く。自分で新たな仕事を抱え込んだりもしたが、それを抜きにしても最近は随分と忙しい。

 さっさと全ての問題を片付けて、自堕落な日々に戻りたい。ルトは本気でそう思っていた。


「とりあえず、今回の話し合いで何処まで判明するかだな。せめて一連の事態、その折り返しぐらいには来ていてほしいんだが」

「それについては同意いたします。不穏な面倒ごとは、すぐに終わるに限ります。──さて。私はこの書類作業を終えてしまいますので、旦那様はそちらの長椅子に腰掛けてお待ちください」

「ああ」


 ルトとリーゼロッテ。互いの気質は違えど、願っているのは同じ。

 すなわち、事態の進展と解決。この願いが叶えば、この地に再び日常が舞い戻るのだから。


『──失礼いたします。ランドバルド、ただいま到着いたしました』


 しばらくすると、執務室にノックの音が響く。ついに願いを叶えるためのピース、ランドバルドがやってきたのだ。


「入りなさい」

「ハッ。本日は御時間をいただき、誠に感謝いたします」

「構いません。それよりもそちらに。話し合いを始めましょう」

「かしこまりました。では失礼いたします」


 リーゼロッテに促される形で、ランドバルドが椅子へと腰を下ろす。それと同時に、リーゼロッテもまたルトの隣に着席した。

 話し合いの場が整い、まず口を開いたのは領主であるリーゼロッテだ。


「それでランドバルド大佐。資料の調査が完了したとのことですが?」

「はい。トリストン商会支店長、ジェイク・トーの完全協力のもと、商会の全てを捜査しました。内部はもちろん、従業員の住居までの全てです。そこで判明した点が二つ」

「それは?」

「不明であった諜報員。商会上層部に籍を置く者が判明しました。仕入部門の責任者です」


 そう言ってランドバルドが書類を手渡してくる。そこには当該人物について内容がまとめられていた。


「判明の経緯ですが、ジェイク・トーとともに神兵の身元を確認している際に浮上しました。いわく、神兵全員がこの者の紹介で雇うことになった者であると」

「なるほど。そりゃ真っ黒だな」

「……彼の国の諜報員という割には、少しばかり杜撰では?」


 あまりに分かりやすい経緯にルトが呆れ、リーゼロッテが怪訝な表情を浮かべる。

 潜伏経路が明白すぎる。超大国の諜報員の手口とは思えぬほど。

 裏を疑うのはある意味で当然。しかし、ランドバルドは首を横に振る。


「そう思うのは無理もないですが、今回がかなりの特例です。閣下という鬼札がいたからこそ、ここまで上手く運ぶことができただけです」

「俺か?」

「はい。まず神兵という共通点があったからこそ、一気に供給口が判明しました。ですが普通は、神兵と確信できる要素はないのです。調査を続ければ、いつかは辿りつくことにはなったでしょう。しかし、ここまでの早期発見は不可能かと」

「……なるほど。確かに勘違いしていましたね。神兵の存在が露見したからこそ、こうして動くことができた。ですがそれすら奇跡の類と」

「はい。それに戦闘力の問題もあります。閣下がいたからこそ、短時間かつ全員をまとめて拘束することが叶いました。ですが普通は無理です。逃げられるか、返り討ちに遭います」


 杜撰なのではない。ただ必要がないからこそ、結果的に杜撰に感じられるだけ。今回が本当に例外なのだ。


「閣下抜きで考えた場合、我々では安全に狩れて一人。犠牲覚悟で二人が限度でしょう」


 それ以上は手が回らない。そして被害も許容範囲を超える。だから無理に動けない。

 もし奇跡的にルト抜きで全ての神兵が判明したとしても、二人をなんとか処理している間に他は逃げられる。最悪の場合は、一斉に戦闘体勢に移られ街が壊滅する。

 戦術級の戦力とはそういうもの。ただ配置するだけで、軍隊の打てる選択肢が制限される切り札なのだ。


「……はぁ。改めてどうしようもねぇな。厄介すぎるぞ神兵は」


 単純な戦闘力はもちろんだが、特筆すべきはその隠密性だろう。この一点がなによりも面倒だ。

 通常、戦術級の実力者となれば諸外国に名が広まる。名が広まれば当然ながら警戒対象となる。要注意人物としてその動向は監視され、容姿を筆頭としたあらゆる情報は国に持ち帰られ共有される。

 だからこそ戦術級の戦力は、名分なく他国に入国することは難しい。下手をすれば甚大が被害が出るだけに、各国は必死に目を光らせる。

 そこに数は関係ない。警戒対象として情報が共有されているが故に、全力で阻止せんと動くことができる。

 しかし神兵は違う。その祝福は無名の有象無象を怪物に変える。彼らは無名故にどの国にも情報が存在せず、無名故にたやすく国境を越え潜伏する。


「名無しの怪物どもが、人に擬態して隙を伺ってるようなもんだ。戦術級なんて、そうぽんぽん増えていい戦力じゃねぇだろうに」

「同感です。まあ一応、諜報もできる神兵ともなると、数はグッと少なくなりますので。こちらの分野に関しては、まだマシと言ったところでしょう」


 いくら神兵を際限なく増やせるとはいえ、諜報員は訓練しなければ誕生しない。

 それと同時に、諜報員でありながら神兵となるには、国に対する強い忠誠心と自制心も必要となる。

 強大な力は人を狂わせる。祖国を離れて活動するとなれば尚更だ。

 この状況でも魔が差すことなく、任務に殉ずる精神の持ち主だけが使徒スタークからの祝福を授かるのだと、ランドバルドは語る。

 つまりルトが拘束した神兵たちは、正真正銘のエリート。法国でも虎の子とされる人材なのだ。


「それでもはちゃめちゃにすぎると思うがね。よくもまぁ、この大陸は法国一色にならなかったもんだ」

「旦那様、それはハイゼンベルク夫人がいたからこそですわ。あの方がいたからこそ、今の世はあるのです」


 当時、帝国がフロイセル王国と呼ばれた中堅国でしかなく、法国こそが大陸の覇者であった時代。

 ただの貴族の娘でしかなかったアクシアは、何の前触れもなく魔神格の魔法使いとしての力に覚醒した。

 その圧倒的な武力によって、当時のフロイセル王国は瞬く間に数多の国を降し、『帝国』と呼ばれるほどの大国となった。法国との力関係も逆転していた。

 最終的には、使徒スタークの出現によって二大巨頭という形に落ち着きはしたものの。

 もしアクシアが魔神格としての力に覚醒していなければ。または使徒スタークと誕生した順番が逆だったならば。

 この大陸は間違いなくロマス法国によって統一されていただろう。


「実際、ハイゼンベルク夫人の存在は、歴史的にも国防的にも極めて大きい。あの御方がいるからこそ、法国も迂闊な手は打てないのですから」


 いくらでも増産できるからと、神兵を使っての破壊工作を多用すれば、それ以上の怪物が、魔神がその怒りを解放する。

 被害が許容範囲を越えてしまえば、もはや国際社会など関係無しに帝国は動く。

 適当な名分を掲げた帝国に、いやアクシアの劫火によって法国は焼き払われることになるだろう。

 いくら同格たる使徒スタークがいようとも、彼の者の戦闘スタイルは数による広域制圧か、究極の個による単体戦闘。

 範囲殲滅を得意とするアクシアがその気になれば、使徒スタークにそれを防ぐ術はない。本人は無事であっても、国そのものが滅びてしまう。

 だからこそ法国も限度は守る。少なくとも平時においては。

 諜報員としての暗躍はすれど、基本的には厄介な諜報員の範疇に収まる程度に。帝国は国際社会を重視し、アクシアを運用する。

 そうした相互抑止が成り立っているのだ。──今までは。


「しかし、ここに閣下が加わったことで、天秤は大きく傾いてしまった。むしろ法国側は、なりふり構っていられないでしょう」


 新たな魔神格であるルトが帝国に加わったことで、相互抑止は機能しなくなった。

 片方を国防に当て、片方を侵略に当てる戦略を帝国が取れるようになった以上、状況は変わる。


「……ふむ。そうなると俺は、やはり表に出ない方がよかったのかね? 我欲で世界情勢を引っ掻き回してしまったわけだが」

「帝国に与していただいている時点で、我々としては文句など言うはずがありませんよ」

「そうですわ旦那様。それに法国とは、何処かの未来で必ず全面衝突することになります。それが多少早まっただけであり、むしろこちらが有利になっている現状は好ましいかと」


 ルトの冗談を、リーゼロッテとランドバルドは苦笑とともに否定する。

 面倒な事態ではあるが、大局的な視点で見ればこの状況は既定路線。

 今回の一件をきっかけとして、今後加熱するであろう暗闘。それは本格的な全面衝突までの前座なのだ。


「──さて。少々本題とズレましたが、二つ目の内容に移りましょう」

「ええ。お願いします」

「神兵たちと、供給口となっていた者の自宅を調べた結果、いくつか発見した物があります。故郷の家族に宛てた手紙、の体をとった暗号文です」


 暗号。その単語を聞いた瞬間、ルトとリーゼロッテの気配が鋭いものに変わる。

 暗号文ということは、間違いなく重要な内容だ。祖国に向けた報告か、それとも諜報員同士の情報交換か。

 どちらにせよ、隠すような内容であることは確か。


「解読はできたのか?」

「ええ。しかし、今回の具体的な目的までは。肝心な部分が符牒になっているようで。何らかの固有名詞、恐らく作戦名のようなものとは思うのですが」

「作戦名?」


 詳細は未だに不明。そう前置きした上で、ランドバルドはその符牒を告げる。

──それは極めて不穏な響きであり、えも知れぬ不快感がルトの背中を走った。


「──【尊厳遊び】。回収した暗号文には、この言葉が複数回記されていました」







 ーーー

 あとがき

 ちょっと本編とは関係ないのですが、声けん用の新作の宣伝をさせてください。

『スピーカーから始まる春夏秋冬〜そしてキミは僕の花火になったんだ』

 1万文字ちょいで完結している王道恋愛ものとなっています。

 少々特殊な形態、ヒロインの台詞オンリーの音声作品用のテキスト形式となっていますが、気にしないという方は是非お読みください。できれば最後までお読みください。短いからね!

 情景、ヒロインの表情、声などを想像しながら読んでいただければ、より楽しめると思います。

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