第69話 汚れた戦い その一
──レオン基地。サンデリカからほど近い場所に建つ帝国軍基地であり、ガスコイン公爵領の治安維持を担っている重要施設だ。
現在、ルトはこのレオン基地に訪れていた。神兵の尋問を行うためである。
「……ふむ。何度も共同作業はやってきたが、こうして足を運ぶのは初めてだな。というより、帝国軍の施設に入ったこと自体が初だ」
「左様ですか。それは光栄でございます、閣下」
ランドバルドに案内されながら、ルトはふとそんな感想を零した。
帝国に降るまでから現在にかけて、なんだかんだ軍の面々とは関わってきた。
だが立場と状況の関係から、基本的には帝国軍の方から訪ねる形となっていたために、こうして軍の領域に立ち入ることはルトにとって初の体験であった。
「こうして足を運ぶと実感するな。随分と立派な基地だ。いや、直轄領の頃から存在しているとなれば、当然ではあるか」
「はい。しかし、直轄領だけが理由ではございません。基本的に領地の規模、及び重要性に見合った基地が建設されますので。サンデリカの場合は、海産物の重要な収穫地であることも、この基地の規模の一因となっております」
「なるほど」
ランドバルド曰く、帝国ではこのような軍事基地が各領地に一つは存在していおり、その地の領主と協力して治安維持に当たることになっているという。
一応、領主と軍で役割分担、下品を承知で述べれば権力の棲み分けがなされており、その領分を超えるような干渉はまず行われないそうだ。
だが基本は不干渉なだけで、決して両陣営はいがみ合っているわけではない。有事の際には問題なく協力できる、端的に言うところの持ちつ持たれつな関係を構築することが、双方にとっての重要な職務である。
ルトもその例に漏れず、今回こうして基地を訪ねているのだ。
「それでランドバルド大佐。立ち会う上で何か注意事項はあるか?」
「基本的に、質問に関しては我々が行います。もちろん、閣下も気になる点があるのなら、質問しても問題ありません。が、不用意な発言はお控えください。相手に余計な情報を与えてしまいますので」
「分かった。と言ってもまあ、尋問に関しては専門外だからな。下手なことはしないさ。気になることは大佐に耳打ちするから、上手い具合に訊いてくれ」
「ではそのように。お気遣い感謝いたします」
ランドバルドの感謝の言葉に、ルトは肩をすくめることで返した。
あくまで自分は有事の際の拘束係。超常の力を行使できるとはいえど、専門的な技術を持ったプロではない。
素人の余計な口出しは非合理的であり、余分な手間。ならば素人は素人らしく、大人しくしていた方がマシ。
怠惰を掲げているからこそ、ルトはその手の無駄を嫌うのである。
「最後に一点確認を。状況次第ではそのまま拷問に移行することになりますが、問題ありませんか?」
「愚問だ。俺の出身を忘れたか? 古くさい剣と弓で、帝国軍に喧嘩を売った馬鹿な小国の王子だぞ? 死体も悲鳴も経験済みだ」
「失礼いたしました」
見た目こそ少年の域を出ないルトであるが、その戦歴は歳に見合わぬモノ。
最終的には魔神格としての力で交渉勝ちしたものの、それまでは王子兼兵士として負け戦に身を投じていたのだ。
圧倒的な蹂躙劇からの潰走。その過程で凄惨な死体は何度も目にした。激痛によって発せられる絶叫も耳にした。
そんな地獄を駆け抜けた者が、拷問程度で今更騒ぎ立てるわけがないのだ。
「──では問題ないということで、閣下はこちらの尋問室でお待ちください。ただいま対象を運んで参りますので」
「指示してくれれば、俺が操って運ぶが?」
「いえ。お気持ちだけで結構です。我らにも面子というものがございます。いくら手間ではないとはいえ、大公である御身を雑務で煩わせるわけにはいきません」
「そうか。では大人しく待たせてもらう」
面子。そう言われてしまえば、ルトとしても引き下がるしかない。
肉体労働の極地とも言える職場の軍が、荷物運びのために大公を頼った。それは確かに軍として許容できるものではないだろう。
いくらルトからの提案であろうとも。いくらルトにとっては労力でもないとしても。逆に帝国軍側からすれば、巨大な氷塊を移動させる重労働だとしても。
通さねばならない意地がある。どれだけ非効率であったとしても、守らなければならない面子があるのだ。
「ご理解ありがとうございます。──それでは」
「ああ」
立ち去っていくランドバルドを背を横目に、ルトは指示された尋問室へと入室した。
「……嫌な内装だな。当然ではあるが」
──そこは薄暗い部屋であった。狭くはないが、妙な圧迫感のある部屋。尋問室という名前の通り、決して良い印象を抱けない一室。
全体的に石造りで、窓はない。あるのは掃除用と思われる、足元の壁に空けられた穴のみ。扉も無骨かつ古びた鉄扉だ。
それ故に重苦しい。光源が疎らに置かれたランプだけな点も、重い雰囲気に拍車を掛けている。
「ふむ……」
色んな意味で年季の入った室内を眺めながら、ルトは考える。何処にいるべきかと。
中央に置かれた机と椅子。そこに対象と尋問官が座るのだと思われる。
隅の方にも机と椅子が。これは一人用だ。記録係が使う物だろう。
となると、いるべき場所はそれ以外。複数人が詰めることも想定しているのか、壁際には三脚ほど椅子が置いてある。その一つにルトは腰掛けた。
「はてさて、何が出るものやら……」
尋問すべき内容は膨大だ。目的を筆頭とした様々な情報を、ランドバルドたちは全力で聞き出そうとするだろう。
それこそ手段を選ばず。淡々と、冷徹に。言葉で精神を抉り、暴力でもって肉体を痛めつけることだろう。
なにせ相手もまたプロ。それも諜報員でありながら、使徒の祝福を与えられた最精鋭だ。生半可な追及では、情報を口にする可能性はゼロに近い。
これはある意味で根気の勝負だ。互いの使命をかけた、決して負けられぬ戦いだ。
ランドバルドたちは、殺さないギリギリを攻めながら追及し、神兵の口を割れば勝利。
神兵はそれに耐え抜き、命を落とすまで情報を吐かずにいられれば勝利。
そしてルトの役目は審判。神兵の抵抗を、そして自決という不正を防ぐ、ランドバルドたち贔屓の審判だ。
「──失礼いたします。準備の方が整いましたので、これより尋問を始めたいと思います」
──こうして一方が圧倒的に有利な、血みどろな情報戦が幕を開けた。
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