第61話 回収作業

 トリストン商会の支店長ジェイク。彼の協力を取り付けられたことで、捜査は順調に進むことになるだろう。

 この時点で一段落。まだまだ事態が解決したとは言えない状況ではあるが、少なくともこの場においてルトにできることはない。


「ランドバルド大佐。後は頼んだ。俺は外で凍らした神兵たちの回収に行ってくる」

「私としては構いませんが……。こちらの調査はよろしいので?」

「俺がいたところで邪魔なだけだろう。だったら手分けした方が効率的だ。回収した奴らは公爵邸に置いておくから、後でそっちの身元の照合も頼む」


 魔神格の本領は戦闘。調査は専門家に任せるべきであり、素人が手を出していい領域ではない。

 下手に専門外の分野で行動しようとするよりも、簡単に処理できるタスクをさっさと済ませた方が万倍マシというもの。


「……ああ、そうだ、神兵の中で商会とは無関係の者がいた場合、身元を調査し直ちに報告を。リーゼロッテと対応を協議する」

「畏まりました。尋問の方は如何いたしましょう? 魔法だけは解除していただき、我々の方で行いますか? それとも同席いたしますか?」

「この際だ。同席しよう。特に神兵が相手ならば、戦力が控えていた方が不安もない。ただ切っ掛けとなった二名に関しては、襲撃の証拠として扱うので尋問は無しだ。神兵の回収と入れ替わりで公爵邸に置いていってくれ」

「畏まりました。では後日、資料等の分析が完了しましたら、直ちに御連絡させていただきます」

「よし。では失礼する」


 軽く今後の方針を伝え、ランドバルドたちと別れる。

 そのままトリストン商会を出て、軽く跳躍。足の下に氷の板を作りだし、そのまま一気に空へと昇る。


「さて……」


 呟きながら意識を切り替える。

 街は依然としてルトの神威に包まれている。放置すれば自然と霧散してしまうものであるために、これまでずっと意識の片隅で維持していたのだ。


「えーと、屋内にいたのが二名と」


 その理由はこの時のため。

 神威が存在する空間は、魔神格の魔法使いの支配下に等しい。魔法を望んだ場所に発動できるだけでなく、大雑把ではあるが支配下となった空間内の出来事を知覚することもできる。

 様々な要因から発生する神威の揺らぎ。それを利用したソナーやレーダーのようなものだ。

 建物の構造。人々の動き。鼠、猫、鳥などの小動物の群れ。もちろん、自らの手で氷漬けにした人間も感知可能である。


「屋内の奴だけは先に回収だな。下手に動かして、建物を壊したらアレだ。……で、残りはまとめて最後にかち上げるか」


 方針を固めて移動を開始。もう急ぐ必要もないために、その速度はゆっくりとしたものである。

 夜の闇に染まりつつある街の空を、のんびりと氷のボートで進んでいく。

 山場を超えたこともあって、なんとも気の抜けた時間が流れていく。そのせいもあって、ルトも自然と独り言を零していた。


「……にしても、神兵だけで総勢八人。他の諜報員を加えると更にドンか。随分と大所帯じゃねぇか」


 頭の中に浮かぶのは狩りの成果。敵国の諜報員を二桁も拘束したのだから、単純に考えれば大成功と胸を張れる内容だ。

 ──だがルトは決して喜べない。いやルトだけでなくランドバルドも、そしてこの後に報告を聞くことになるリーゼロッテも、喜ぶことはないだろう。


「神兵、戦術級術士に匹敵する輩が八。規模にもよるが街一つぐらいなら陥落させかねん戦力じゃねぇか……」


 世間一般で語られるところの英雄クラス。戦場の趨勢を左右するような力の持ち主が八人。

 この事実をどう見るかで、今後の対応は百八十度変わる。

 単純に考えれば、英雄クラス八人を諜報員として導入するような大作戦。大抵の国ならば、失敗は許されない最重要作戦としてカウントされるものだ。

 だが魔神格であるルトのお膝元。そして神兵がいくらでも量産可能な点に着目すれば、重要度は一気に薄れてくるように感じる。

『念のため人員を増やしておこう』。その程度の考えで英雄クラスを追加できるのが、法国という超大国なのだから。


「目的がこの戦力に相応しいナニカと考えると、本当に嫌になってくるな。少しばかり手厚い情報収集だったら、どれだけ楽か……」


 全てが判明するのはこの後だ。ランドバルドたちによる分析と、ルトも同席する尋問によって明らかとなることだろう。……そうなってくれと願っているというのが正確か。


「──っと。ここか」


 思考を巡らせている内に、目的地の上空に到着。思考を切り替えて、地上の方に意識を向ける

 対象がいるのは酒場であった。海猫亭ではない、サンデリカに複数ある内の酒場。

 酒の席で情報収集でもしようとしていたのか、それとも普通に酒を楽しみにきていたのか。その目的は不明であるが、確かなのは酒場の店内で神兵が氷漬けとなっているということ。

 それを裏付けるかのように、普段ならば賑やかであったはずの酒場周辺は、とても物々しく薄暗い気配に満ちていた。

 更に異変を察知して集った野次馬だけでなく、通報されたのか衛兵の姿も見受けられる。


「ふむ……」


 突然店内の人物が氷漬けとなったと考えれば、この光景は当然のもの。衛兵もしっかり活動しているのは、お飾りではあるがこの街の為政者の一人としては好印象だ。

 ならば対応は緩めにするべきだろう。今日は何かと騒がしくしすぎた。

 平和に過ごしていた市民に、真面目に働いていた衛兵。彼らにこれ以上の刺激を与えるのは、流石に可哀想というものだ。

 外見はそのままに。圧だけを引っ込めて。大公本人と分かるビジュアルは維持したまま、ルトは地上にゆっくりと降り立った。


「済まないが場所を開けてくれ。あとここにいる衛兵の責任者に話がある」

「っ、まさか大公閣下!?」


 ルトが現れたことで、周囲にどよめきが広まった。

 その特徴的な、サンデリカにやってきた初日に見せた姿と全く同じ姿であるが故に、大半の者が一目でルトの正体に思い当たったからだろう。

 それと同時に、一人の衛兵がルトの方に駆け寄ってくる。血相を変えながらも全力でやってくることから、彼がここにいる衛兵たちの中でもっとも高位なのだろう。


「お前がこの場の責任者か?」

「は、はいっ! 左様でございます! そ、それで大公閣下にあらせられましては、何故このような場所にお越しなされたのでしょうか……?」

「この酒場で氷漬けになった奴がいるだろう。そいつを回収にな」

「か、回収、ですか? たしかに現在、魔法による殺人と仮定して捜査を行っていますが……」


 理解が追いつかないと言いたげな男に対し、ルトは簡潔に説明を行う。


「真面目に働いてもらってるところ悪いが、それをやったのは俺だ。内容は機密だが、軍と合同の作戦行動中でな。人が突然氷漬けになったとか、空に浮かぶデカい氷塊だとかは、全てそれに絡んでいる」

「は、はぁ……?」

「だから問題ない。領主公認の作業だってことで、気にしないでくれ。他の同僚や民にも、そう伝えて回ってくれると助かる」

「か、畏まりました!」

「良し。それじゃあ中の凍ってる奴は回収していくぞ」


 最後にそう一声だけ掛け、ルトは酒場内の神兵を回収。再び氷のボートを操り空に昇った。

 なにやら下で再びどよめきが起こっているが、それに関してはスルー。


「んじゃ、次か」


 あとは似たようなことをもう一度だけ繰り返す。残りの神兵は屋外なので、一気に上空にまで浮かせてしまえば回収作業は終了。

 ついでにナトラも同じ方法で拾い、そのまま公爵邸に帰還すれば状況はほぼ終了となる。

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