第58話 魔神の狩り その二

「ひとまず大成功と言ったところか」


 ホッと一息を吐く。嫌がらせの結果は上々。自身とナトラを囮とした計画は見事に成った。

 商会員と思わしき襲撃者二名の確保。これで商会内を調査するための名分が手に入ったようなもの。

 後は前日に指定した地点で待機しているランドバルドと合流し、この二人の所属を確認できればミッションコンプリート。

 商会内の制圧と、神兵を筆頭とした諜報員の狩りへとフェーズは移行する。


「ああ、そうだ。これから慌ただしくなるから、先に伝えておく。悪かったなナトラ」


 だがその前にと、ルトはへたり込むナトラに向かって声を掛けた。

 先程の暴挙は理由あってのことである。国益を優先した結果、上手く決まればメリットが大きいと判断したからこそ実行した。

 ついでに言ってしまえば、理由がなかろうとも大公であり魔神であるルトの立場ならば、大した問題にはならない事柄でもある。地位ある者の些細な火遊びと処理されるのが精々だろう。

 それでもルトは謝罪の言葉を口にした。魔神格の地位など関係なく、一人の『男』として最低限の筋は通すべきだと判断したからである。


「ひっ、あ、その……」


 しかし、返ってきたのは意味をなさない言葉。トラウマを刺激され、更に上書きされたのだ。未だに思考が明瞭にならないのは当然。

 状況が一気に変化したこともあるだろう。ルトに襲われたかと思えば、それを阻止せんとする男が現れ。挙句の果てには謎の襲撃者によって、唐突に殺されかけたのだから。

 先日まで荒事とは無縁の市民だったナトラからすれば、理解不明の連続で混乱するのも無理はない。


「帝国の諜報、あとは魔神としての立場に関することである以上は公にはできないが……。一段落した後には改めて説明と謝罪を。そして今回の一件に対する報奨を与える」

「あっ、えっ……」

「なんだったら殴っても良いぞ。演技とはいえ相当に振り回したからな。ただ魔神格の特性のせいで物理攻撃の効きは悪い。それでも構わないなら、案山子として気が済むまで存分に付き合おう」

「いや、えっ!? む、無理です! そんなことできるわけ……!!」


 無茶苦茶な提案をされたからか、ようやくナトラの受け応えがマトモなものに戻る。

 ルトとしては半分本気で、もう半分は落ち着かせるための冗談の類だったのだが……。

 正気に戻ったのなら好都合だ。時間も限られているので、これからの指示を簡潔に伝えることにする。


「調子が戻ってきたようでなによりだ。さっきも言ったが俺はこれから忙しくなる。だからお前とは別行動だ」

「べ、別行動、ですか?」

「そうだ。お前はこの場で待機。状況が終了したら迎えにくる」

「ここでですか!? あの私、今さっき何でか殺されかけたんですけど!?」

「そりゃアレさ。奴らは公爵家の力を削ごうとしたんだよ。お前がわざわざ市井から拾い上げられた人間だって知ってたから、サクッと始末しようとしたんだろう」


 ルトとナトラの両方を始末し、その上で護衛の暴挙を軸に、法国側に都合の良いストーリーを宣伝する。

 理想はナトラのみを生かして捕え、法国まで連れ去ることだろうが……。流石に最後の置き土産を選別している状態で、余計な荷物を抱え込もうとは思わなかったようだ。


「じゃあやっぱり危険なんじゃ……?」

「まあな。だが安心しろ。生身で放置なんてせん。お前はここで凍ってもらう。リックの奴と同じようにな」


 安全性と言う意味では、これに勝るものは存在しないとルトは断言する。

 なにせ物理的な凍結ではなく、時間停止に近い概念的な凍結だ。

 氷なのは見た目だけで、実際は同格の魔神でなければ手が出せない最強の防御陣形なのだ。


「意識もなくなるから体感時間は一瞬。寝落ちするようなものさ。だから心配するな」

「……いや、あの……」

「……ま、躊躇するのは分かる。さっきやらかしたばっかだからな。信用なんかできないだろうよ」


 ルト視点では演技でしかなくとも、ナトラからすれば本気で身の危険を感じていたのだ。

 そんな貞操を奪おうとした相手から、一時的に意識を奪って事実上の拘束をすると宣言されれば、怖気付くのも当然というもの。例え害する意思がないとしてもだ。


「だが何度も言うが、これから俺はちと忙しい。似たようなことを繰り返して悪いとは思うが、強引にいかしてもらう」

「え、ちょっ……!?」


 それでも状況的には、あまりナトラに配慮していられないのが辛いところである。

 男としての筋を通すために、ひとまずの謝罪と最低限の説明に時間を割いている現在。余裕があるかと言われれば、少々微妙なところである。

 一連の流れを監視していた者がいたかもしれない。何らかの違和感を察知して、報告に動いた者がいるかもしれない。

 相手がマトモな対応を取るよりも早く、一気に状況を詰みまで持っていく自信はある。そのためのプランもある。

 だがそれはそれ。延々と会話を続けていても結論は変わらないのだから、決定事項とさっさと押し通す方が吉。


「ということで、おやすみナトラ。意識が戻った時には全部が終わって屋敷だ。使用人にも特別なもてなしを言い含めておくから、そのまま自室でゆっくり休め」

「──」


 その言葉と同時に、ナトラは氷の揺籃の中に収められることとなる。


「……いやはや。悲しいぐらいに俺はコイツらの天敵だな」


 氷の揺籃を前に、自然と苦笑の言葉が漏れる。貴族らしい横暴さと言ってしまえばそれまでだが、やはり振り回される側からすれば堪ったものではないだろう。

 ここ最近で姉弟に降り掛かった災難の大半で自身が拘っていると考えると、流石のルトでも若干ではあるが同情の念が湧いてくる。

 単純にルトとの相性が悪く、物事の巡り合わせも悪い。あとは二人の生い立ちを考えるに、姉弟揃って天然の不幸体質である可能性も高い。


「そう考えると不憫に思えてきたぞ……」


 今回の一件に関しては、立場が許す範囲での詫びはするつもりではあった。

 だがそれとは別に、私的な部分ではもう少し優しくやるべきではないかと。そんな考えが首をもたげてくる。


「──まあいい。それよりもさっさと大佐と合流しよう」


 サッと腕を一振り。ナトラの近くの壁に氷で『詮索無用』の文字と、大公の名を刻み。

 そして諜報員たちを閉じ込める氷を操り、ルトは移動したのであった。

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