第57話 魔神の狩り

前書き 

連続投稿というわけではないですが、投稿間隔が短かったので念の為。

この話は前話から約半日以内に投稿しています。なので前話を閲覧していない人はご注意ください

ーーーー



 ルトが世間一般で言うところの犯罪行為を実行したことには、当然ながら理由が存在する。

 一つ目は人気のない場所に移動するため。敵である諜報員もまた人目の多い場所では決して動かない。

 相手の行動を促すためにも、そしてルト自身が動くためにも人気のない場所に移動するのは必須だった。それを正当化するために、あえて後暗い行為を実行した。

 二つ目は相手に介入の口実を与えるため。人目につかない場所であったとしても、相手が動くかどうかは未知。故にもっとも分かりやすい『正義』の名分を与えた。

 正義、特に法に則ったそれは極めて強力な武器となる。時には暴力すらも肯定する宝剣は、後暗い立場の者に大胆な選択をさせるだけの輝きを放つ。

 三つ目は相手の判断力を奪うため。公爵家の護衛が、護衛対象を襲う。それは当然ながらとてつもない醜聞である。この事実を白日の下に晒すことができれば、工作活動としては多大な成果となるであろう。

 人は大きな成果を前にすると判断力を欠く。特に諜報員側は、自分たちが尻に火が着いた状態であると認識している可能性が高いのだ。

 領主、帝国軍が巣としている商会周辺を嗅ぎ回っている状況において、そしてついには直接乗り込んでくるほどに切迫した段階となれば。強烈な置き土産として、回収に動いたとしてもおかしくない。


「その娘を早く離すんだ! 衛兵を呼ぶぞ!!」


──そうした狙いの結果はコレだ。見知った顔の男が、ルトの蛮行を防ぐために大声を上げている。


「誰だテメェ? 失せろ。今は取り込み中だ」

「んー! んーっ!!」

「っ、見過ごせる訳があるか! 嫌がっているだろう!!」


 表向きは鬱陶しそうに。だがその内心では獰猛な笑みを浮かべていた。

 ルトは叫ぶ男の名は知らない。だがその顔は知っている。先程チェックしていた、限りなく黒に近いグレーの男。

 状況から考えて、やはり法国の諜報員の一人であろう。外見の特徴を基に、ランドバルドの資料に載っていた人物と脳内で照合した結果、該当する人物も存在した。……まあ確証もないので、それは脇に置いておく。

 今この場で必要なのは、相手が介入してきたという事実のみ。


「うるせぇなぁ。こういうのが好きなんだよコイツは。嫌よ嫌よもなんとやらって奴だ」

「んーんー!? んーっ!!」

「口を塞いでおいて何を言っている! 早くその娘を離せ!!」

「うるせぇって言ってんだよ!! たたっ斬るぞテメェ!!」


 片手を剣の柄に添えながら、男に対して怒鳴る。

 その姿はどこからどう見てもチンピラのそれであり、致命の思惑が隠されていることなど全く感じさせない。


「帯剣を許されているということは、行政側の立場にいるはずだ! そんな人間が何をやっている!? 誇りはないのかお前は!?」

「ほんっとにうるせぇ野郎だな。マジでぶっ殺すぞオイ」


 品性を無くせ。知性を消せ。三下にまで己の評価を落とせ。それと比例して相手は警戒心を下げる。与しやすいクズだと思い込む。

 目の前の男は九割以上の確率で罠と判断し、その上で介入を選択した可能性が高い。

 だからこそ『もしも』の可能性を増加させる。思考に陰りを。そのわずかな迷いが致命的な毒となる。


「大体よぉ。わざわざこんなところまで追ってきて、テメェ何なんだよ。まさか混ぜてほしいのか? いい歳したオヤジが気色悪いわ。娼館にでも行ってろボケ」

「違う! 自分の子供と同じ年頃の少女が襲われているんだ! 助けようとするのが大人というものだろう!!」

「そういう綺麗事には興味ねぇんだよ!! 怪我しない内に引っ込んでろってのが分からねぇのか!?」


 徐々に言葉に熱を込めていく。口論に熱中しているように見せかける。

 意識が自分に向けられている。分かりやすいほどに隙だらけだと思わせる。


「こっちにゃ剣だってあるんだぞ!? この状況で偉そうに正義の味方面しやがって!! 物語の主人公にでも──」


──その瞬間、背後から小さくトンッという音が聞こえた。

 咄嗟に振り向こうとしたが、それでも間に合わないとルトは悟る。完全に振り向くことすら叶わない。視界に端に移った光景だけで、それを理解してしまった。

 そこにはナイフを手にした男がいた。先程までルトたちを尾行していたもう一人。白の燐光をまとい、凄まじい速さで目掛けて凶刃を振るう敵がいた。


「──だよな。神兵としての自負があれば、罠だろうとぶち抜きに掛かるよな」


──そして敵が凍結する。閃光の如き踏み込みも。白銀に輝く凶刃の煌めきも。その全てが意味を成すよりも速く、概念の氷に閉じ込められる。


「馬鹿なっ……!?」


 男が悲鳴混じりの驚愕を漏らす。共犯と自白しているようなものであるが、それでもつい零れてしまったのだろう。


「完全に不意を突いた。いやよしんば全てが罠だとしても、問題ないと思っていた。……そりゃそうだ。戦術級術士に匹敵する力があるのなら、俺だってそうするさ」


 その反応をルトは笑った。当然だと皮肉ってみせた。

 戦術級術士。たった一人で戦場の趨勢を左右する強者。魔神格という世界のバグを除けば、まさしく人類最強と称えられる英雄たち。

 その力は強大だ。あらゆる困難を打ち破り、味方を勝利に導くだろう。数多の兵を薙ぎ倒し、道を切り拓くことだろう。


「だからこそ読みやすい。こうして誘導しちまえば、必ず乗ってくると思ってた。強さに自負がある奴ほど、最終的にはそれに頼る。罠だろうが構わず真っ向から粉砕しようとしてくる」


 改めて述べよう。人気のない場所ならば、後暗い者も動くことを躊躇わない。

 分かりやすい名分があれば、人はそれを利用しようとする。

 大きな成果が目の前に転がっていれば、欲によって目が眩む。追い詰められている状況ならば余計に。

──それだけで済ませるはずがないだろう。一度は帝国すら手玉にとった魔神の悪辣さは、その程度では収まらない。


「馬鹿なことだ。より強大な化け物のお膝元で、力に頼ろうとするとは。この結果も必然だろうに」


 その言葉と同時に、ルトの姿が変わっていく。

 髪は青に。瞳は碧に。そしてまとうは恐るべき覇気。

 生物としての枠組みから外れたその姿は、この世界で語られる神と呼ばれる超越者のそれ。


「っ、その姿は……!? 貴様があの氷神か!!」

「その通り。これでもう理解できたろう。お前たちの詰みだってことがな」

「この全てが貴様の手の平の上か!!」


 男が、いや法国の諜報員が呻く。自分たちが完全に追い込まれたと理解したのだ。

 初めから全てが罠であるとは分かっていた。二人がトリストン商会に訪れた時から、この路地裏で行われた暴行までの全てだ。

 初めの険悪な関係は、会話によって余計なボロを出さないため。そして暴行に移る際に違和感を抱かせないためだと。

 その後の目的もまた読んでいた。九割九分、自分たちを誘っていると。かかってこいという言外の意図を察していた。

 その上で誘いに乗ったのだ。神兵という鬼札の力があれば、緻密に練られた罠であろうが突破できると判断したのだ。


「まさか奥の手の神兵の存在がすでに露呈していたとは……!!」


──そう思わせることこそが、ルトの本当の狙いであったとも気付かずに。

 結論から言ってしまえば、ナトラに関する全てがフェイク。散りばめられた毒の数々は、フェイクに厚みを持たせるためのエッセンスでしかない。

 真に重要だったのは、この場に魔神がいると思わせないこと。なんだったら今さっきまでの三下ムーブの方が真打に近かったりする。

 神兵がいれば問題ない。そう勘違いさせることができた時点で、ルトの狙いは達成された。

 何故なら確定で強硬策を選択するから。それだけの信頼が神兵に寄せられていたから。


「お前らの敗因。それは俺の性格を読み違えたことだ」


 大公位を戴く新たな帝国の守護神が、諜報員を狩るために積極的に囮として参加し、不名誉な犯罪行為からの三下ムーブすら躊躇なく実行するなど。

 いやそれ以前に、身分を隠してしょっちゅう街をぶらつき、その最中に虎の子の神兵を発見するなど。

 ルトのファインプレーと言ってしまえばそれまでだが、少なくともルトの性格を読み切っていれば、神兵の露呈に関しては気付けたかもしれない。

 それができなかった理由は恐らく一つ。ルトの伝え聞く奔放さを、『貴族』という立場を基準に考えてしまったからだ。


「さてと。お喋りはここまでだ。それじゃあ、待てもマトモにできない法国の犬っころよ。冷たい犬小屋で寝んねの時間だ」

「不覚……!!」


 その言葉を最後に、男は自らの悪手を呪いながら氷の牢獄に囚われたのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る