第51話 対神兵会議 その一

 突如として舞い込んできた重要案件によって、ルトの休日は完全に潰れてしまった。

 その事実にルトは嘆くばかりであったが、時の流れは平等にして無常である。

 約束の刻限となり、ルトはリーゼロッテの執務室に訪れていた。


「俺だ」

『お入りくださいませ、旦那様』

「ああ。……っと、どうやら俺が最後か」


 許可が返ってきたので扉を開ける。既に人払いがなされているらしく、執務室にいたのはリーゼロッテと帝国軍の高官が一名だけ。

 ルトとも面識のある人物であり、前回の対神兵にまつわる話し合いの場に出席していた帝国軍側の責任者であった。

 名をゼノ・オルグ・ランドバルド。サンデリカの近辺に存在し、この地方で活動する帝国軍を管理する【レオン基地】。その諜報部門のトップとして辣腕を振るう大佐である。


「数日振りだなランドバルド大佐。まさかこんな早い再会になるとは思わなかったよ」

「ハッ。大公閣下の御手を煩わせ、大変申し訳なく思っております」

「構わん。これが役目だ」


 頭を下げ謝罪するランドバルドに、ルトは端的に問題ないと告げる。

 休日が潰れたことに嘆きはしたが、それはそれ。魔神格としての役目である以上、私情で手を抜くつもりは微塵もない。


「確認するが、話はもう始まっているか?」

「いえ。大公閣下をお待ちしておりましたので」

「そうか。気を使わせたな」

「旦那様がいなければ始まりませんもの。当然のことでございます」


 それではと、リーゼロッテが言葉を紡ぐ。部屋の主であり、領主でもあるリーゼロッテの音頭によって話し合いが始まった。

 最初に口を開いたのはランドバルドだ。


「まずは状況の説明を。大公閣下の報告から、私の部下でも手練の者たちを動員しました。こちらが件の神兵と、対象が表向き所属している【トリストン商会】に関してまとめた資料です」

「ほう。随分と早いな」

「流石ですね。城にいた頃から話には聞いていましたが、軍の諜報部は本当に優秀なようで」

「光栄にございます」


 差し出された紙束、今回の件についての調査報告書を確認しながら、ルトとリーゼロッテは感心の言葉を漏らした。

 ほんの数日しか経ってないというのに、報告書はかなりの量に及ぶ。内容も分かりやすくまとめられており、それでいて要所については詳細に記されていた。

 軽く目を通しただけでも、ランドバルドと彼が率いる諜報部の優秀さが理解できるほどだ。


「……素直に脱帽だ。一朝一夕の質ではないな。よくこの短期間でここまでのものを用意した」

「個人規模となると些か厳しいですが、ある程度の規模の組織は平時から目を光らせておりました。特にこの商会は他国に本拠がございますので」

「元々が要注意対象だったのか。いや当然か」


 自国内で他国の勢力下にある組織が活動していれば、疑いの有無に拘わらず警戒の対象となる。カウンターインテリジェンスという観点からはそれが道理だ。

 だからランドバルドも誇らない。ルトたちの賞賛に合わせた返答をしているが、実際は当然の備えとしか思っていないのだろう。


「……書類の確認が済みました。旦那様の言う通り、見事なものでしょう。ですが読んだ限りでは、大佐が私たちを訪ねるほどの内容とは思えませんが?」

「それはあくまで基礎知識のようなものとご認識ください。本題に関しては、今お渡しした資料を元に口頭で説明させていただきます」

「なるほど。聞きましょう」


 ランドバルドの言葉にリーゼロッテも頷く。

 資料はあくまでも資料。これを起点に全てが始まる。


「まずこの商会に関してですが、完全な黒という訳ではないようです。調査をした限りでは組織ぐるみという訳ではなく、法国の諜報員が一部巣食っている形かと思われます」

「知らずに紛れ込んでいると?」

「内部事情まで調べるのは困難でしたので、詳細は不明です。ですが商会上層部の中に少なくとも一人、法国の者がいると思われます」


 あくまで推定。だが商会内である程度の裁量を確保するためにも、一定以上の地位にいた方が効率的なのは事実。

 故に確証はないものの、ランドバルドは断定に近い形でそう告げたのだ。


「そいつの目星はついているか?」

「残念ながらコレだと言う人物は。ですが下の者に関しては、ほぼ把握できているかと。大公閣下から報告にあった神兵を起点に監視してみたところ、行動に違和感のある者が何名かおりました。四枚目の資料に載っている者たちがそうです」

「……ああ、この部分ですか。人員関係だけまとめ方がおかしいと思っていましたが、そういう意図でしたか」

「はい。可能性は低いですが、情報流出を警戒した形です」

「よくやるな……」


 渡された資料の中でも、従業員にまつわる部分だけ少々雑なまとめ方がなされていたのは、ルトも気になっていたのだが。

 どうやら該当人物への記載を一箇所に集めるための、そしてそれをぼかすための意図があったらしい。

 簡易なカモフラージュではあったが、ルトとリーゼロッテのみに渡される資料にすらかなり気を配っているようだ。

 諜報部門のトップに相応しい警戒心だと、ルトは呆れ混じりの感心を零した。


「ではコイツらについて重大な何かが分かったとか、そんな内容か? それともコイツらの中に神兵が何人いるか、俺に探ってほしいとかか?」

「神兵の判別は是非ともお願いしたいですが、それとは別でございます。……実は我々が調査を開始した当日から、この者たちの動きがかなり活発化しておりまして」

「ほう?」

「……それはまた、穏やかな話ではありませんね」


 ルトはもちろん、リーゼロッテからもわずかに剣呑な気配が漂い始める。

 諜報員の活発化。碌でもない想像しか湧きてこない変化である。


「大公閣下の報告から始まった調査ではありますが、先程もお伝えした通りこの商会には以前から注目しておりました。それでここ数日の動きを比較してみたところ、かなりの差異が確認されまして」


 いわく、件の者たちがガスコイン公爵家に関する話題をそれとなく集め始めた。

 いわく、最近ガスコイン公爵家に召し抱えられた姉弟が働いていた酒場に通い始める者が現れた。

 いわく、ガスコイン公爵家とも関わりのある商会に、商いの取引きを持ち掛ける流れがトリストン商会内で発生している。

 こうして動きの全てがあからさまではないにしろ、見るものが見れば分かるぐらいには活発になっていると、ランドバルドは語る。


「不穏だな」

「ええ。なんとも不穏です」

「個人的な経験から申しますと、こういう時は大抵が碌でもない裏がありますね」


 三人が揃って渋面を浮かべる。確定的な証拠は掴んでいなくとも、面倒な事態がやがてやって来るという結果だけは、明確に想像できてしまったからだ。

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