第50話 不良大公の嘆き

 ルトが珍しく書類仕事に勤しんだ翌日。

 朝食を終えたルトは、自室にてある決心をしていた。


「……今日は働かねぇぞ絶対」


 休日宣言である。

 というのも、ルトはここ数日柄にもなく働いた。発明市をきっかけに神兵を見つけ、姉弟を引き込み、帝国軍の高官と神兵対策で話し合い、姉弟のためのルールを考えた。

 ほんの数日のことであるし、領主として働くリーゼロッテに比べれば大したことない仕事量である。

 だがそれでもルトは我慢ならなかった。怠惰を至上とするルトにとっては、これ以上の労働はまったくやる気にならなかった。

 故に今日は休む。数日ぶりダラダラとベッドに寝そべりながら、公爵邸の書斎から適当に引き抜いてきた書籍を眺めようと決意していた。


「さてと。最初は……帝国史にでもするか」


 読むべき本を決めた後は、黙々とページを捲っていく。

 実を言うとルトは読書が好きだ。基本的にぐうたらな人生を過ごしてきたために、動かずに時間を潰せる読書はよくやっていた。

 なのですぐにルトは本の世界に没頭することとなる。チョイスした本が帝国史、炎神アクシアの伝記とも言える内容であったことがそれに拍車を掛けた。


『閣下。少々よろしいでしょうか』

「……」


 その集中力はかなりのもので、アズールが部屋を訪ねてきてもなおルトは本の世界から戻らない。


『閣下? あの、よろしいでしょうか? 重要な御話があるのですが』

「……」

『……また寝てる? 申し訳ありませんが、御部屋に入らせていただきます』

「……」

「失礼いたします。……起きてらっしゃるではないですか」


 アズールが部屋に入ってきても無反応。無言でページを捲り続けている。


「閣下。重要な御話がございますので、一度本を閉じていただけますか?」

「……」

「閣下。返事をお願いいたします」

「……」

「閣下? もしやわざとですか?」

「……何故いる?」


 何度目かの声がけで、ようやく気づいたようだ。

 それでもルトは本から視線を外すことなく、アズールがこの場にいる理由を問うた。


「ノックをしても全く御返事がなかったので。失礼ながら入室させていただきました」

「主の私室に許可なく入るか普通?」

「閣下自らが以前に許可していたではありませんか。時間関係なく寝てる可能性があるから、訪ねて返事がない場合は直接起こせ、と」

「……起きてるだろうが」

「返事をなさってくれなければ分かりませんよ」


 ぐうの音も出ない正論を突き付けられ、ルトは仕方ないかと溜息を吐く。

 私室に許可なく入られたところで処罰するつもりもないので、それ以上の追求は止めることに。


「で、何の用だ?」

「御説明いたしますので、一旦本から意識を逸らしていただけますか?」

「今かなり良いとこなんだ。あとついでに言うなら今日は完全休業だよ。仕事はせんぞ。明日なら話ぐらいは聞いてやる」


 だから明日にしろと、ページを捲りながらルトは告げる。

 だがしかし、アズールは毅然とした態度でそれに対し否と返した。


「重要な御用件でございますので、早急に本を閉じていただけますか?」

「……今日は本気で仕事とかしたくないんだが」

「申し訳ありませんが、それは了承しかねます」

「……駄目?」

「駄目でございます」

「……はぁぁぁぁ……」


 微塵も引く気配を見せないアズールの姿に、ついにルトも折れた。こうまで譲らないのであれば、本当に重要な要件なのだろう。

 ならば仕方ないかと、大きな、とても大きな溜息とともにようやくマトモにアズールと向き直った。


「せっかく一日中ダラダラする気まんまんだったんだがなぁ……」

「また随分と未練がましいですね。閣下らしくないように思えます」

「完全な休日気分だったんだよ。それがポシャったんだから嘆きたくもなる」


 姉弟関係の素案は八割完成させた。あとは本人たちと協議することでブラッシュアップさせるだけであり、その作業は姉弟たちの礼儀作法の教育が終了するまでお預け。

 基本的にルトが積極的に動いていたのは姉弟関係の案件なので、その当の本人たちが教育漬けになった時点で一段落と判断できる。

 なので直近のタスクは完全に処理したつもりになっていたのだ。

 そこから一転して仕事、それも重要な案件が転がり込んで来たとなれば、気分も沈んでしまうというもの。一日オフと決心していたこともあり、その反動は極めて大きい。


「で、その内容とやらは一体何だ?」

「ランドバルド大佐からの使いの者が。監視対象に動きがありとのことで、リーゼロッテ様と閣下に本日中の面会を希望されております」

「……まさかの神兵関連かよ」


 アズールから伝えられた内容に、ルトは思わず顔を顰めた。

 法国の神兵。ここ数日でルトが抱え込んだもう一つの案件である。

 姉弟関係が能動的な案件だとすれば、神兵関係は受動的な案件。

 帝国軍が主導するカウンターインテリジェンスに対し、超戦力たるルトが適宜協力していく形で進行する予定となっている。

 つまりこうして使いが出されたということは、語られる内容次第では近日中にルトも動くことになる可能性が、魔神の加護を得た神兵をその手で狩る可能性があるということ。


「クソが……。マジの重要案件じゃねぇか」

「だから最初からそう伝えたではありませんか」

「予想できるかよ。軍に伝えてからまだ何日だと思ってやがる。流石に早すぎんだろ」


 神兵の案件は、姉弟たちのそれとほぼ同時に発覚したもの。

 帝国軍に存在を伝え、そこから監視体制を構築してまだ間もないのだ。

 そうでありながら相手陣営に動きがあったというのだから、ルトとして不穏な気配を感じずにはいられない。

 神兵たちが想定よりも諜報の練度が低く、あっさり尻尾を掴むことができたのならば良し。

 逆に帝国軍側が勘づかれた結果、早々に何らかの行動を起こそうとしているのなら微妙なところ。

 ルトが気づくよりもずっと前からこの地で暗躍しており、単純に準備が整ったために動き出そうとしているのなら最悪だ。


「こりゃ下手したら当分働き詰めだなオイ……」


 予想以上の大事となる可能性に、思わず嘆きの言葉が漏れる。

 今日の休日宣言は完全に潰れたと言っていい。それどころか内容次第では長期で休みが取れないかもしれない。

 ぐうたらに過ごすと決心したその日にコレとは、なんという不条理かと目を覆いたくなるほどだ。

 だが嫌だとは言えまい。何故ならこれは数少ないルトの仕事。皇帝フリードリヒと交わされた、魔神格としての責務。

 領地の危機、ひいては帝国の危機だと判断した時、ルトはその力を容赦なく振るうのだ。


「了解した。時間については要望はない。リーゼロッテと話し合って決めろと伝えよ」

「畏まりました」

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