第52話 対神兵会議 その二

 嫌な気配だとルトは呟く。

 実害らしい実害はなく、明確な脅威かどうかも現状では定かではない。

 それでも足元で蠢くナニカの気配だけは明瞭で、それがどうにも座りが悪い。


「活発化したのが調査と同日ということは、やはりこちらの動きがバレたか?」

「それでほぼ間違いないかと」

「マジか……。となるとやらかしたのは俺だな……」


 自然と溜息が出る。神兵が活発化した原因に心当たりがあったからだ。

 神兵を発見した当初、ルトは部下たちに監視を任せた。目を離した隙に、何か大それたことをやられては堪らないという理由からだ。可能性は低くとも、念の為と配置させたのだが、どうやらそれが裏目に出てしまったらしい。


「……やはり専門外のことをやらせるべきではなかったか。スマンなランドバルド大佐。悪手を打った」

「いえ。大公閣下の懸念はもっともです。それに潜伏中の諜報員を見抜けなかった我々の落ち度でもございます」


 報告がなければ全てが始まらなかった。ランドバルドはそう言ってルトの謝罪を流した。


「なによりこの動き方はおかしいのですよ。我々としても想定外でした」

「想定外、ですか?」

「はい。端的に言いますと、具体的な目的がある動き方なのです」

「ふむ……?」


 ランドバルドの断言に、リーゼロッテは首を傾げる。情報の重要さを理解しているリーゼロッテであるが、こと諜報戦に関しては素人であるために、いまいちピンとこないのである。

 だがルトは違った。生来の頭の回転に加え、短期間と言えど戦場に出ていたがために、暴力の気配を敏感に感じ取っていた。


「……そうか。普通は動く意味がないのか」

「ええ。その通りです」

「どういうことでしょう?」

「単純な話だ。勘づかれて動きを変えるってことは、後ろめたいナニカをやってるってことなんだよ」


 察知されたところで、問題がなければ動きを変える必要はない。今まで通りの活動をしているはずなのだ。

 だが相手は活発化した。それが全てを物語っている。


「諜報活動は後ろめたい行為では?」

「いえ。ただの情報収集なら問題ありません。相手は表面上は法国の人間ではありません。我々が強権を発動する理由としては弱く、かと言って秘密裏に処理するには強すぎる相手です」

「……そういうことですか。堂々としていればやりすごせるにも拘わらず、わざわざ動きを変えた。それは必然的に、私たちが強権を発動するに足るナニカを相手が行っていると」

「左様でございます。付け加えるなら、何らかの証拠を掴まれたと判断しているのかと。それも想定外の事態として捉えている。だからこうも慌ただしい」


 情報収集。例えば噂話を集める、現地で起きている事実を記録するなどであれば、帝国側が動く理由にはならない。

 何故なら法を犯していないのだから。罪のない他国の人間を、帝国の貴族や軍が強権をもって害すれば、国際社会における帝国の信用問題となる。

 少なくとも、帝国と敵対関係にある法国は自陣営の国を巻き込んで声高に批難を叫ぶだろう。

 そんな強固な鎧を身にまとっている者たちが、貴族の私兵に軽く見張られた程度でアクションを起こしているのだ。

 それ即ち、鎧が鎧として機能しない証明。罪となるナニカを行っている理由に他ならない。


「具体的な目的。つまるところ違法行為を前提とした作戦行動中だと、ランドバルド大佐はそう睨んでいるのだな?」

「ええ。当初はただの情報収集の類かと思っていましたが。なにせこの街には大公閣下がいらっしゃる」

「新たな魔神格の情報を集める。当然の考えだな」


 前触れもなく敵対国に超戦力が追加されたのだ。対策を練るためにも、詳細な情報を求めて諜報員がサンデリカにやって来るのはある種の必然。

 そしてもう一点。魔神格の御膝元で悪巧みなど普通はしないという考えもあった。魔神格の魔法使いは基本的に常識が通用しないために、大抵の裏工作など理外の力によって蹴散らされる可能性が高いからだ。

 それが蓋を開けてみたらどうだ。神兵たちは不気味にも何らかの目的を持って蠢いている。碌でもない企みが進行しているのは明らかだろう。


「目的が分からないのが本当に痛いな。俺の調査をすっ飛ばしてでも行おうとしている祭りだ。それだけ重要性が高いんだろうが……」

「分からないことをいくら嘆いても仕方ないですわ。後手に回るのはこの際受け入れましょう。その上で対策を立てなくては」

「はぁぁ……。散々な一日だな」


 あまりの難事にルトも頭を抱えた。休暇から一転してこの事態なのだから、あまりに現実というのは無情である。


「ランドバルド大佐。専門家の考えをまず訊ねたい」

「はっ。まず重要視すべきは、相手が監視に気付いた時点で、どの段階まで進んでいたかでしょう。それによって行動の意味が変わります」

「というと?」

「もし目的の終盤だった場合。この活発化は目的達成までのなりふり構わぬ駆け足ということになります。中盤だった場合は陽動の可能性が出てきます。序盤の場合は撤退を視野にいれた上で、最低限の成果として大公閣下の情報集めに奔走しているのかもしれません」

「なるほど。ですがどれも確証はありませんよね?」

「はい。ですので一番緊急性の高い想定、即ち相手の作戦行動が終盤に差し掛かっている前提で話を進めます」


 神兵たちの狙いは不明である。だが新たな魔神格の情報収集よりも優先して動いていると仮定した場合、それは法国にとって極めて重要性の高いナニカであることは明白だ。

 ならば確実に潰さねばならない。だからこそ予断を許さない状況と設定した上で、迅速な対応を心がけなければならない。


「ここで必要となるのは我々が動くための名分。端的に言えば違法行為の証拠でございます」

「強権を発動するにも、私たちにはそれに足る証拠がない。相手は勘違いしている可能性が高いでしょうが……」

「俺が神兵と断定して拘束するってのは、やはり難しいか?」

「難しいでしょう。トリストン商会はあくまで第三国、【ゼオン王国】の組織です。それで神兵の名を出すのは悪手かと」

「逆に抗議が飛んでくるか」


 ルトの挙げた名目で動いたとしても、法国がトリストン商会に神兵などいないと宣言し、ゼオン王国が神兵たちを身元確かな国民であると追従すれば全てがご破算だ。

 そして法国とゼオン王国、その他の属国からも抗議や追及の声が上がるだろう。

 故にこの一手は打つべきではない。


「これが帝国民相手ならどれだけ楽かねぇ……」


 そう愚痴りながらルトが思い出すのは姉弟たちであった。

 あの二人は帝国民であるが故に、帝国貴族としての権力が及ぶ相手であった。だからペットを相手にするような手軽さで呼び付けることもできたし、罪を犯してなくともルトの胸先三寸で堂々と始末することも可能だった。

 だがコレが他国の者となるとそうはいかない。異なる勢力下、それも敵対国の属国となれば、貴族としての強権を発動するには理由が必要となる。

 諜報員だろうが処分するには建前が必要となるのだから、政治の世界というのは実に面倒なものである。


「いっそのこと適当な罪状でふん縛るか?」

「微妙なところですね。後々のことはもちろんですが、それ以上に不当な拘束だと抵抗される可能性が高いです。戦術級術士に匹敵する神兵相手に取りたい手段ではないかと」

「それにその手段では、一斉に拘束というのは難しいと思われます。一部は拘束できたとしても、残りの諜報員が民を扇動したりすれば面倒なことこの上ないです」


 ルトの提案に対し、ランドバルドは軍人として。リーゼロッテは領主として難色を示した。


「やはり公に動くのは現状では難しいのでは? 相応しい建前を用意するにも時間が掛かります。急を要するのですが、ならば秘密裏に処理してしまった方が無難かと思います」

「暗殺か。容易くはあるし、自然死に見せかけることも可能だが……。取りこぼしが怖いところだな。上層部にいるであろう諜報員は不明なのだろう? 神兵ならば神威で判別はつくが、そうでなければお手上げだぞ」

「それに暗殺では商会内部を調べる名分がありません。もし内部に情報が残っていても、我々が調べることができないというのは痛いです」


 暗殺は暗殺で最善手とは言い難い。人員を削るのだから効果的な妨害にはなるだろうが、あと一手足らないというのがルトとランドバルドの意見であった。


「暗殺は好ましくないですか……」

「いや悪い手じゃないんだ。リーゼロッテの言った通り無難な一手ではある。容易く実現可能で一定の効果も見込めるんだからな」

「ですがあと一手。商会内部に立ち入れるような建前を用意できれば……」


 現状では相手の目的が分からないのは仕方ない。だがルトたちが動いた後も、相手の目的が分からないというのはよろしくないのだ。

 諜報員の排除は重要だが、それと同じぐらい目的を筆頭とした情報の確保は重要なのだから。


「ぬぅ……」

「むむ……」

「ううむ……」


 三者三葉の思案の声が響く。難しい状況であるが故に、名案らしい名案が中々浮かばない。


「……駄目だな。しょうもない嫌がらせぐらいしか思いつかん」


 やがてルトが声を上げた。これは無理だと匙を投げたのである。

 どうやっても上手い考えはまとまらない。なので諦めた。そして一つの決断した。


「暗殺でいこう。情報は諦める」

「……その判断の理由をお聞かせください」

「優先順位の問題だ。情報の確保も重要だが、最重要事項は進行中の企みを阻むこと。この一点で決めた」

「最善よりも確実な妨害を、ということですね?」

「ああ。後手に回ってる以上、高望みは足元を救われかねん。ならば碌でもない祭りが開催されるよりはずっとマシだと割り切ろう。防いだという実績は次にも繋がる」


 被害を最小限に抑えることに注力するべきだと、ルトは判断したのである。

 その上で余計な企みを阻むことができるという実績を打ち立て、次なる企みに対する抑止力となれば十分であると。


「少なくとも俺はそう考えた。もちろん異論、意見があるのなら聞くぞ」

「いえ。優先順位を踏まえた上で、確実性を取っているのです。ならばこれも一つの正解でしょう」

「私も異論はございませんわ。そもそも暗殺を提案したのは私ですもの。異論などあるはずがございません」


 ランドバルドも、リーゼロッテも、ともに賛成であると頷いた。

 これによって方針は決定した。暗殺による早期解決。それで一気に片をつける。


「決行は何時にするべきだ? ランドバルド大佐の方で何かしらの準備はあるか?」

「計画立案、人員の選出、配備などが。どんなに急いでも半日は掛かるかと」

「……この時間から半日となると、ちと時刻が悪いな。なら決行は明日の夜。急を要する状況だが、同時に失敗も許されん。ならば多少の余裕は持つべきだろう」

「はっ。ならば対象の監視は強化しておきます。何かあれば即応できるように」

「ああ。頼む」


 着々と形となっていく神兵対策。そこに妥協など存在しない。あるのは一つ。護国の意思のみ。

 帝国の敵を排除ために、ルトも、リーゼロッテも、ランドバルドも容赦はしない。

 その上で氷の魔神が嗤う。


「──さて。暗殺という形で決定した訳だが。ここにさっき思いついたしょうもない嫌がらせを加えたいのだが、どう思う?」


 狩りの準備が進んでいく。

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