第47話 勤勉たる不良大公

 別世界の知識を持った姉弟の確保と、その処遇。帝国軍の高官との神兵対策についての協議。リーゼロッテとの月夜の会談。

 なにかとイベントの多い一日を終えたルトであったが、それを超えたことで怠惰の日々が戻ってくるかと言われれば、残念ながら否であった。

 むしろこれから労働の始まりと言っても過言ではなく、事実ルトは憂鬱そうにしながらも行動を開始していた。


「おや閣下。こんな時間に起きているとは珍しいですね。まだお昼前ですが」

「……アズール。昨日も同じこと言ってたぞお前」

「それだけ驚きが大きいということでございます」


 実際ルトの場合、昼前に出歩いているここ数日が例外であり、普段ならば大抵が午後になってやっと動き始めるのだ。普段の行いという奴である。


「それで本日はどのような御用件で?」

「例の姉弟についてだ。奴らは何処にいるか分かるか?」

「それでしたら庭外れの納屋の方かと」

「納屋? 何でそんなところに」

「あの二人は発明家ということでしたので、あそこの納屋を専用の作業場に改築するとのことです。その下見に」

「なるほど」


 どのような実験、開発をするかは未だに決まっていないとはいえ、どちらにせよ屋敷内で行うようなものではない。

 だからといって新たに作業場を建築するのは時間がかかりすぎるということで、屋敷からほどよい位置にあった納屋の一つを改築する方針に決まったのだろう。


「納屋といっても公爵邸の附属物だけあって、あそこも結構な広さだからな。開発と実験が中心ならば、あれぐらいの広さがあれば十分か」

「そういうことでしょう」


 別に商売をする訳でもないのだから、必要な道具と設備さえ揃っていれば問題ないのだ。そもそも作業員は基本的に姉弟だけである以上、上等な設備があっても活用しきれまい。

 それを抜きにしても姉弟、リックの立ち位置はあくまで発明家。技術の誕生の出発点でしかなく、そこから先の実用化は領地、国家政策の一つとして扱われるのだ。

 そこに姉弟たちの居場所はない。姉弟たちは実際の技術よりも、知識の比重の方が遥かに大きいタイプの発明家。実用化に向けたブラッシュアップなど明らかに専門外なのだから。


「因みに姉弟の監督役として、ハインリヒ殿がご一緒しております」

「護衛ではなくてか?」

「ええ。護衛は更に他の者が。ハインリヒ殿は、姉弟の出した要望をまとめるお役目ですね」

「アイツ本当に何でもしてるな……」


 リーゼロッテに貸し出したのはルトの方ではあるが、それはそれとしてハインリヒの活躍ぶりには思わず呆れてしまった。


「ハインリヒ殿はとても優秀な方ですからね。私はもちろん、リーゼロッテ様からも重宝されているほどですし。私見ではありますが、正規の役人としても十分やっていけるかと」

「そりゃな。元は軍の高官、それもかなりの古参だ。派閥の政争の巻き添えで俺の下まで流れてきたが、それ以前は所属派閥を影から支える屋台骨の一人だったんだとよ。だから無駄に、本当に無駄に仕事ができる」

「なんと……。高い地位にいたとは聞いていましたが、それほどだったとは」

「だからこそ俺の下、無能で知られていた末端王子の部下に押し込まれたんだ。活躍させないようにな」


 事実、ハインリヒがルトの下に左遷されたことで、彼が所属していた派閥は斜陽具合が恐ろしいほどに加速していたりする。それだけ万能な人材なのだ。


「ランド王国軍はなぁ……。あそこは典型的な『下は優秀でも上が総じて駄目』な軍だったんだよ。だから数少ないマトモな上側の奴らや中間の奴らがどうにか回してたんだが、更にその上の奴らが楽しい楽しい派閥争いに夢中になっちまってたからな……」


 実質的に軍を動かしている者たちは、当然ながらその活躍によって注目されている。

 そして注目というのは良い面だけではない。敵対者からの標的になりやすいということなのだから。


「必死に回してた奴らが失脚させられたり、上の奴らの身代わりに責任取らされたりで、傍から見てても中々に泥沼だった。上のマトモな奴らがいなくなったことで、あの軍は一気に弱体化したんだよ」

「ああ……。戦争時の失態の割に、部下の皆さんは優秀だなとは思ってましたが。そういう背景が」

「そーそー。下の奴らは優秀なのが多いんだ。基本的には争いのない国だったんだが、代わりに自然の脅威が中々でな。自然資源に恵まれてる反面、面倒な魔獣の生息地とかがあったり、小規模な自然災害がちょくちょく起こったりで。現場に出てるような兵士たちは、地味に鍛えられてたりしたんだ」


 ルトの部下たちはそんな兵士たちの中でも歴戦、長く現場に出ていてもなお戦場に立てるような古豪たちが多いのだ。……いやむしろ、古豪だからこそルトの隠された片鱗を読み取り、その下に集ったというべきか。

 つまるところ、彼らが優秀なのはある意味で必然なのである。


「だが悲しいことに、どれだけ下が優秀でも上が無能ばっかじゃ軍は機能しない。頭が駄目なら上質な烏合の衆でしかないからな」

「道理でございますね」

「……ま、しっかり機能してても帝国相手じゃ蹂躙されて終わりだったろうが」

「そうでしょうか? 話を聞く限りでは、然るべき能力のある者が指揮を執っていれば、侵攻軍も相応に苦戦したかと」

「俺の祖国だとしても気を使う必要はないぞ。根本の戦力差が違うんだから無理に決まってる」


 小国と超大国ではどうやったって勝負になる訳がない。それこそルトのようなバランスブレイカーが矢面に立って、ようやく不利な停戦条約を結ぶことが可能というレベルなのだから。


「ですが何が起こるか分からないのが戦争というものでございますれば。実際、侵攻軍も閣下という隠し札によって、見事に磐石だった盤面がひっくり返された訳ですし」

「そりゃそうだがな。未確認な魔神格など早々現れて堪るかっての。やらかした俺でもそう思うわ」

「流石にアレは例外が過ぎるというものです。ただそれを抜きしても、例えば閣下が総指揮を執っていれば、魔神格の力を抜きにしても色々と悪巧みもしたのでは?」

「そんな訳あるか。俺は軍略も素人なんだ。帝国相手に戦争なんか成立させられるかよ。そんな無駄なことするよりは、余計な被害が出る前に、国王や王太子、主要な立場の者を捕縛して帝国に無条件降伏するわ」

「……ある意味では、それもまた理想的な指揮官だとは思いますが」


 国民や主要施設に被害が出る前に、さっさと勝てない戦争を締めにかかる。それを即断できる指揮官などほとんどいないだろう。

 だがルトならばまず間違いなくそれをやる。アズールにはそれを確信していた。

 マトモに戦争しても勝ち目が最初からゼロ。降ったところで国民が搾取されるような統治が敷かれることがないという前提条件がある時点で、この合理主義者は確実に行動に移すと。

 味方からは売国奴と非難されようとも、永久凍土の氷のような冷たさと硬さを宿したルトは、微塵も気にすることなく国家の存続に見切りを付けるだろう。


「……ああ。そういやついでに訊いておくが、残念極まる我が祖国は今どうなってるんだ? 停戦以降はとんと耳にしてないんだが」

「……本当に冷徹なのですね閣下。祖国の戦後情勢に全く興味無しですか」

「そりゃ俺はこの国の大公だからな。木っ端の小国などいちいち気にするものかよ」


 呆れを通り越して畏怖に近い表情を浮かべるアズールに対して、ルトはなんてことないように肩を竦めてみせた。

 何だったらこの会話の流れがなければ、ルトはランド王国の情勢など当分、それこそ数年単位で気にもしなかっただろう。

 もはや切っ掛けがなければ頭の中に浮かんでこない。ルトの中では祖国はそういうカテゴリーに分類されているのだ。


「閣下が帝国を第一として考えていただいていると分かり、このアズール、大層感激しております」

「そういうのはいらん」

「そうですか……。ですが私もすぐに閣下の秘書という立場となったので、外交関係についてはほとんど把握しておりません。……それでも想像ではありますが、周辺国を使ってゆっくり経済的に締め上げているのではないでしょうか?」

「やっぱりそんなもんか」


 拡大政策を掲げる超大国に小国の分際で喧嘩を売ったのだ。一時的な停戦条約を結んだところで、帝国の手から逃れることなどできる訳がない。


「……まあ分かった。さて、そろそろ俺はハインリヒたちのところに行くとする。用が終わって移動されても面倒だからな」

「畏まりました。お供はいたしますか?」

「抱えてる仕事と相談した上で好きにしろ。俺はどっちでもいい」

「ならば閣下の秘書としてお供させていただきます」

「そうか。まあアズールにしろハインリヒにしろ、いるというのなら何かと便利か。ただ聞くべきではないこともあるということは理解しておけよ」

「心得ております。では御案内させていただきます」


 そうしてアズールに先導される形で、ルトは姉弟たちの下へと移動を開始するのだった。

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