第43話 二人の劇薬 その三

「た、確かにリックは不思議な知識を持っています! でもそれは生まれつきのものなんです!それでも駄目なんですか!? 生まれ持った知識を活用するのは罪なんですか……!?」


 始末されても文句は言えない。そんなルトの結論に対し、ナトラはそれでもと声を上げる。

 生まれつきの特殊体質。それは仕方のないことであり、個性ではないのかと。個性を活かすことも許されないのかと、ナトラは震える声で問う


「それに俺の知識を見抜いたということは、大公様だって俺と同じなんじゃないんですか? あのメタルマッチの名前が分かるってことは、そういうことなんですよね? それでも俺は許されないんですか!?」

「まあ同類ではあるだろうな。で、だからどうした?」

「……え?」


 だが返ってきたのは、とてもあっさりとした関係ないという言葉。

 あまりのことに姉弟は絶句する。自分たちの命懸けの反論すら、興味無いとでも言いたげなその態度に。


「そ、そんなの理不尽でしょう!? 自分のことを棚上げして恥ずかしくないんですか!?」

「お前らの頭が湯だりすぎてんだよ。論点をすり替えるな」


 だが氷の魔神は揺るがない。なんとか死を避けようと足掻く姉弟を前にしても、その舌鋒は鈍らない。


「確かに俺もそこのクソガキと同じだよ。物心ついた時から、俺の頭の中には一人の男の人生が詰まっていた」


 その光景は極めて不思議なものであった。現実世界では見たことも聞いたこともない道具、知識、技術、思想。

 幼子の妄想と片付けるには、あまりにも緻密にして壮大な世界観。

 それが文字通りの意味での別世界の光景であることは、ルトは比較的早い段階で理解した。


「頭の中に消えない本がある感覚だ。その世界では平凡とされる、つまらない男の伝記。ただそれでも読み物として、教本として考えれば十分な代物ではあったからな。暇な時は頭の中でそれを何度も捲ったさ」


 雑学を漁ることを趣味とする、日夜労働に追われる男の視点で描かれる物語。所々で情報の歯抜けはあったものの、一人の人間の人生が映像付きで記されたそれは、退屈しのぎにはうってつけだったのだ。

 聡明だった幼いルトは、何度も男の物語じんせいを頭の中で読み込んだ。本物の伝記を読むかのように、気になるところはページを遡って熟読し、興味の無い部分はパラパラと読み飛ばし。噛み砕いて、吸収して。

 いつしかルトの性格は完成していた。その世界特有の知識や思想、男を通して触れることとなった膨大な数の人間性によって、今のルトは形成された。

 これこそがルトの抱えていた秘密。俗に言うところの生まれ変わり、というには少しばかり毛色が異なる不思議現象。前世と呼ぶにはあまりにも無機質な魂の不具合。記憶という名のデータ移行の失敗例。


「だから俺も、別世界の知識については責めてるつもりは無い。ついでに言うなら、生まれ持った武器を活用するなとも言っていない」

「だったら俺たちの何が問題なんですか……!!」

「お前らの選択の大半がクソみたいな悪手だからだよ。自業自得でこうなっていると言っただろうが」


 違うのだ。別世界の知識の有無など大した問題ではない。ただこの姉弟の場合、知識の行使の仕方があまりにも杜撰がすぎるのだ。


「たとえば海猫亭の揚げ芋。俺の知識とクソガキの知識が同じ世界のものと仮定して話すが、アレも別世界の知識が基になっている。そうだろう?」

「……ええ。アレは俺の考えたメニューです。でもたかが料理ですよ!? そんな物にまで文句を言うんですか大公様は!!」

「まさか。アレは素晴らしいものだと思っているぞ。そして今でもその評価は変わっていない」

「……え?」


 まさかこの流れで絶賛されるとは思っていなかったのか、姉弟はポカンと間抜けな表情を浮かべる。

 だがこれは紛うことなきルトの本心であった。海猫亭で揚げ芋を口に運んだ時、別世界の男が頻繁に口にしていた美食をルトは実感した。

 その時の感動は今でも憶えているほどだ。はっきり言って、その時のリックの評価は現在よりも遥かに高かった。


「たかが料理。その通りだ。よほど画期的な調理法でもない限り、料理が世界に与える負の影響などほとんどない。美食も産業には変わりないが、直接的に流れる血など微々たるものだろうよ」


 だからこそルトは賞賛する。発生しても精々が民間の火種にしかならず、それでいながら新たな産業に繋がる別世界の美食を。


「たとえば雑貨。あっちの世界ではメタルマッチと似たような雑貨が沢山あった。簡単に製作できて非常に便利な道具。メタルマッチの代わりにそれらを作っていれば、俺もこんな憎まれ役をしようなどとは思わなかったさ」

「同じような物なんでしょう!?」

「簡単に製作できるって言っただろうが。現代文明ではまず製造できない代物を同列に語るんじゃねぇ」


 技術よりもアイデアの比重が大きい道具ならば、またはほんの少しだけ先の技術で作られた代物ならば、それが別世界の知識由来の道具であってもここまで過敏に反応することはなかった。

 この世界の文明レベルに沿った発明品を生み出していたら、精々が監視程度に留めていた。


「たとえば売り込み方。お前らがあんな露天販売でなければ。帝国の然るべき部署、この場合は技術省の門を叩いていたのならば、業腹ではあるが見逃していたさ。国民が自国の発展のために仕えるのを、貴族である俺が邪魔する道理はないからな」

「っ、正式に仕えなくてもこの国を発展させることはできます!」

「責任の所在の問題だ馬鹿野郎。お前が正式に宮仕えとなっていれば、そこで開発された技術の権利は国のものだ。その技術でどんな騒動が起きようが、それは国、ひいては為政者たちの責任。俺もお前らの上司に文句を言えど、お前ら自身を始末しようなどと考えはしない」


 国家の庇護の下で開発された技術ならば、その権利と責任を負うのも当然ながら国家だ。その恩恵を受ける代わりに維持と発展、機密保持に注力しなければならない。

 それはもはや開発者の手から離れた事柄だ。開発者自身がその技術を悪用した、または開発した技術に致命的な欠陥があったなどの場合は別だが、それ以外で発生したトラブルに関してはその者に責任はない。少なくともルトはそう考える。


「だがお前らが個人、または民間で活動していた場合は別なんだよ。その責任はお前ら自身が取らなければならないんだ。他国が絡んでくるであろう騒動の責任をだ。お前ら姉弟の首にそれだけの価値があるとでも?」


 もし別世界の知識が発端となった騒動が起こった場合、為政者たちからすれば寝耳に水も言いところ。国家の管理から外れた場所で、国家が動かなければならない事態が発生したのだから。

 それを為政者たちはこう呼んでいる。『利敵行為』や『外患誘致』と。


「お前らの選択はどうしようもない悪手ばっかだ。俺の把握している限り揚げ芋しかマトモな選択をしていないんだぞ。生まれ持った武器を活用するなとは言わねぇが、活用するなら上手くやれ。あらゆることを考えろ。でなければ使うな馬鹿どもが」

「うぐっ……」

「他にも色々とツッコミたい箇所はある。だがこれ以上はキリがねぇ。だから俺は、お前らを三つの立場から否定する。迂闊な点は数多あるがこの三点、特に最後の一点だけは突き付けないと気が済まねぇ」


 そしてルトは告げていく。この姉弟の愚行、その中でも特に許されざる点を。


「一つ目はこの国の大公として。国家を揺るがすような知識を不用意に広めようとした愚行は看過できない」


 名ばかりの立場ではあるが、ルトはこの国の貴族、為政者の一人である。その立場から判断した場合、この姉弟の愚行は国家を脅かす大罪に相当する。


「二つ目は永き時を生きる魔神格の魔法使いとして。お前らと違い俺は非定命。だからこそ別世界の知識が原因で騒動が起きた場合、常人以上の年月で付き合い続けることになる。大陸を巻き込んだ長期の騒乱など絶対に御免だ」


 寿命で死ぬことのないルトにとって、別世界の知識が発端となった騒動など最悪の一言に尽きる。なにせ間違いなく長期に渡る泥沼となるのだから。最低でも十数年、下手すれば収束までに百年近い年月が掛かる可能性もある。そして帝国の大公という立場にいる以上、我関せずはまず不可能。

 ならば騒乱の種は早期に摘み取るに限る。怠惰を標榜するルトでなくともそうするはずだ。


「そして三つ目は俺個人。別世界の知識を持った同類として言わせてもらう。文明どころか世界すら異なるにも拘わらず、その知識を迂闊に行使するなんて正気を疑う。これはあくまで俺とお前の知識が同じ世界のものと仮定して言わせてもらうが。──魔術関係の法則が物理法則にどう影響するのか不明な状況で、本格的に別世界の科学技術を利用するとか馬鹿かテメェは」


 立場としてはもっとも低い。だがある意味では先の二つ以上に力を込めて、ルトは目の前の同類を否定した。


「この世界と件の別世界。そこに類似性があるのは認めよう。重力は存在する。人間含めた動物の臓器とてほぼ同一と考えて良い。衛生のエビデンスとて通用するさ」


 あくまでルトの知ることができる範囲ではあるが、件の世界とこの世界では、大まかな物理法則に違いはない。

 ──ある一点を除いて。


「だが魔術なんてもんがある時点で、明らかに件の世界とは違うだろうが。魔術を筆頭に、件の世界では存在していない元素や法則が存在しているかもしれないんだ。お前はその辺をしっかり考えたのか?」

「っ……!?」


 そう。ルトがこの姉弟を始末しようと決めたのは、なによりこの一点が危険すぎるからだ。

 別世界だと断言できる明確な『証拠』が存在する時点で、別世界の知識など過信も多用もできる訳がない。精々が安全性の確認が取れている限定的な事象に限り、参考として照らし合わせる程度だろう。


「起こるべき反応が起こらないのならまだマシだ。件の世界の知識を使って、起こらないはずの反応が起こる可能性だってあるんだぞ。アレとコレを化合させた、または魔術を使って金属的な何かを加工してました。──そしたら、なんてことがあるかもしんねぇんだ。お前はその可能性を理解してたのか?」

「そ、それは……」

「だから知識も技術も試行錯誤の積み重ねが必須なんだ。コレが多分正解ですって突き付けて、大事故が起きてからゴメンなさい間違いでしたじゃ済まねぇんだよ」


 物理法則の類似性がある以上、全てが間違いということはないだろう。むしろ一定以上の成果は見込めるはず。

 だからこそタチが悪い。ある程度は正しいということは、何処か間違っているのか分からないのだから。

 リックの知識をルトは文明に対する解答用紙と喩えた。だがその頭にはこんな言葉が付くのだ。『同教科ではあるが異なる問題集の』という。


「……この危険性を理解して、それでもなおやったというのなら逆に何も言わねぇよ。やってみなきゃ分からない事柄でもあるからな。検証の意味を兼ねていた、または検証済みというのなら、俺のコレはただの杞憂で済ませるさ。色んな科学技術を試す資格はあるだろうよ」


 だがと、ルトはそこで言葉を区切る。


「そうでなければ論外だ。俺を納得させるのは極めて難しくなるだろうよ」


 そうしてルトは大きな、それはもう大きな溜息を吐く。

 そして愚かな姉弟を睨み問うた。


「なあ。ここまで俺は説明したんだからよ。そろそろお前らも本格的な弁明を始めてくれねぇか? 何も言えないのなら、とっととサヨナラしたいんだが」

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