第41話 二人の劇薬 その一
応接間に微妙な空気が流れる。
「なんか、その、すいません……」
「いい。苦手意識はしょうがない」
おずおずと頭を下げたリックに対し、ルトも問題ないと首を振る。
その上で軽く咳払いを一つ。スっと表情を真面目なものに切り替えた。
「それより本題に入りたい。これからするのはとても重要な話だ」
「あ、はい!」
重要な話。大公と名乗ったルトにそう言われたことで、リックの背筋が自然と伸びた。
今までは身内の不甲斐なさからか、顔には若干の気まずさが浮かんでいた。だが今のリックに顔に浮かぶのは緊張のみ。
二人の間の空気が僅かに重くなる中で、ついにルトが口を開いた。
「わざわざ呼んだのは他でもない。昨日見せてもらった発明品についてだ」
「……何か問題がありましたか?」
「いや? 物に関しては見事なデキだったと断言しよう。従来の火打ち石に比べて扱いが極めて簡単。それでいてリックの説明によれば、濡れていても問題なく使えるんだろ?」
「そう、ですね」
「なら素晴らしいとしか言えない。従来より遥かに高性能な火打ち石。本当に素晴らしい」
「あ、ありがとうございます! わざわざ作った甲斐があります!」
「──それだ。そこが俺はとても気になっている」
「え……?」
それにリックが気付いたのは、ほぼ偶然であった。大公直々の重要な話と聞き、不備のないよう意識を研ぎ澄まさていたからこそ、リックは気付くことができた。
──僅かにトーンダウンした声音に。そして少しだけ鋭くなった眼差しに。
「なあリック。キミは何でアレを発明しようと思ったんだ? 昨日の姉弟喧嘩でナトラが言っていたが、何故わざわざ高性能な火打ち石なんか作ろうと考えた?」
「そ、それは、濡れても使えるような火打ち石があったら便利だなって思って……」
「それもナトラが言っていたな。予備を持っていれば良いと。正論だ。普通の人間ならそう考える。少なくとも新しい火打ち石を発明しようなんて思わない」
無論、ルトとて発明家という人種がどういうものなのかは理解している。
ありえない、意味がないと常人が断じようとも、彼らはそれをものともせずに突き進む。それが成功する発明家というものだ。
だがそれにしても、リックのそれは少しばかりおかしいのだ。
「更に気になる点もある。実際に形にしたナトラいわく、魔術を使ってなお随分と面倒な手順が必要だったそうじゃないか。お陰で売価が跳ね上がると愚痴っていたな」
「うっ……」
「そこが根本的な疑問なんだよ。キミらの実家の工房で、跡継ぎ筆頭だったナトラが面倒と零す加工。ここまではまだ分かる。分からないのは、そんな優秀な姉がキミの指示に従って加工を行ったという点だ。何で跡継ぎだった姉の知らない加工方法を、幼い弟であるキミが知っているんだ?」
二人の身の上を知る前ならば、まだ発想と製造の役割分担ということで納得もできただろう。
だが、ナトラが金属加工を生業とする工房において、時期工房主と言われるだけの下地があるとなれば話は変わる。工房主になるには魔術の腕前だけでなく、その立場に見合うだけの知識も備えていなければならないのだから。
「俺にはこう思えるんだよ、リック。キミの発明、いや発想には何か見本があるんじゃないかって。ゼロから発明したのではなく、その加工を行うことで高性能な火打ち石ができるという確信があったのではないかって」
「っ……」
リックは答えない。何も答えず、ただルトの視線から逃げるように目を伏せるだけ。
「ちょっと待ってください!!」
代わりに割って入ってきたのは、蚊帳の外に置かれていたナトラだった。
「その言い方だと、リックが誰かの発明を真似したみたいじゃないですか!?」
「ナトラ。俺はリックに話し掛けている」
「一緒に作った私が断言します! リックは盗作なんてしていません! あの火打ち石は正真正銘リックの発明です!!」
「──ナトラ。弟を想う気持ちは素直に素晴らしい。だがな、俺はこう言ったはずだ。黙って引っ込んでいろと」
「っ……!?」
その迫力に気圧され、思わずナトラが息を呑む。
それも当然だ。その碧の瞳に睨まれて、気圧されぬ只人など存在しないのだから。
「……え、あ……」
「っ、ひ……」
──いつの間にか、ルトの姿が変化していた。髪は淡く輝く青に。瞳は宝石のような碧に。そして誰もが膝をつくような、圧倒的な覇気を纏っていた。
「先に勘違いを解いておくがな。俺はリックが盗作したかどうかなどを論点としていない。そこに関しては極めてどうでもいいと思っている」
「え……」
「常識的に考えろ。わざわざ大公が、平民の発明品の盗作問題に首を突っ込むとでも? そういうのはそこらの役人の仕事だろうが」
ルトは大公である。帝国貴族の最高位である。そんな立場の人間が、高々が個人の、それも火打ち石などという雑貨に関する問題を重要視する訳がないのだ。
もちろん例外もある。リックが盗用したアイデアが、帝国の重要機密に拘わるものであれば動く理由にはなるだろう。だがその場合も軍に一声掛けて終わりだ。
どちらにせよ、盗作云々を問題にするというのなら、わざわざ該当人物を屋敷に招くようなことはしない。
ルトの思惑は別にある。
「反応も見れたこの際ぶっちゃけるがな。今までの追求はちょっとしたカマかけだ」
「……か、カマかけ、ですか?」
「ああ。リックが単純な天才発明家かどうかを確かめる為のな。そして確認は取れた」
もしリックがただの天才、姉の金属加工の知識を凌駕する知識と発想の持ち主ならば、先ほどまでのルトの追求にもっと反応があったはずだ。
だがリックのそれは違った。反論らしい反論もせず、段々と弱々しくなっていく声音。余計なボロを出さないようにと閉じられる口。僅かな後ろめたさが滲む表情。
「リック。あの反応でキミがただの天才発明家ではないということが分かった。キミの発明、いや発想には裏がある」
「っ……!」
「その上で俺はキミに訊ねよう。何でキミはアレを作ることができた?」
「そ、それは……」
やはりリックは答えない。決定的な言葉を、ルトが断じた裏というものを口にしない。
その様子にルトは残念そうに溜息を吐く。
「……てっきり俺は、キミが俺と同じ物を見たことがあると思っていたんだが……」
「え……?」
「だから見本を知っているのかと訊いただろう? 俺も以前に似たような代物を目にしたことがある。キミも俺と同じで、あの謎の多い人物に師事したのかとばかり」
「……え、あ! そういうことだったんですね!? 人探しですか! なんだ、凄い疑われてるのかと思ってビックリしました」
そう言ってリックはホッと胸を撫で下ろす仕草をする。
それがやけに似合っていたからか、ルトもついつい苦笑してしまった。
「いやはや。それはスマンな。師のこととなるとつい熱くなってしまうんだ。色々と世話になった方だから、今も必死で探しているんだよ。師はただでさえ名前も語らず、黒衣で顔をずっと隠していたからな。唐突にいなくなられて本当に困っているんだよ……」
「……あ、あー。確かにあの人はそうですね。俺もあの人については何も知らないので、残念ながらお力にはなれません」
「……というと、リックもやはりか?」
「……その、はい。端的に言って怪しい人物だったので、できる限り秘密にはしてたんですけど」
あはははと、リックは困ったように頬を掻く。真横で初耳だと言いたげに自分を凝視している姉がいるからだろう。
「ということは、リックは俺と同門ということになるのか」
「いやー、どうなんでしょう? 博識な方でしたし、俺が教わった内容が大公様のそれと同じとは限らないので」
「そうか。ちなみに即興で予防線を張ったところ悪いが、今の話は全部嘘な」
「……え?」
「嘘だって言ったんだよ馬鹿野郎。焦ってたからって後先考えずに飛びつくんじゃねぇ。迂闊がすぎるぞ」
そう吐き捨てながらルトは頬杖を付き、呆然とするリックを睨み付ける。
「リック。何であんな分かり易い嘘に飛びついた? 自分が単純な天才発明家じゃないとバレた途端、何でそんな都合の良い人物を求めた? そんなにお前は、あの高性能火打ち石──メタルマッチ、またはファイアスターターと呼ばれるアレを、自力で発明したと断定されるのが嫌だったのか?」
「っ!? な、何でその名前を大公様が……!?」
「それはこっちのセリフだ。テメェは何者で、一体何が目的であんな物を作りやがった。答えろクソガキ……!!」
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