第37話 大公命令
「あそこです」
リックに案内される形で到着したのは、発明市の中でも端の方の奥まった場所であった。
出店にいるのはリックの姉であるナトラ。店番なのだろうが、あまり繁盛している様子もなく暇そうに座っているだけだ。
「なんというか、微妙な立地だな。繁盛してる様子もない」
「俺なんて人脈もない子供ですからね。良い場所の確保は難しいんです」
「それもそうか」
発明市は出店すること自体は簡単な手続きで可能となるが、場所に関しては運営側の通達に従わなければならない。そして好立地を確保できるかは運、ではなくコネが重要となってくる。
結果として、子供であるリックには微妙な場所が割り当てられることになったのだろう。
「姉ちゃん。戻ったよ」
「遅かったじゃないリック。アンタの店でしょ……って、まさかあの時の?」
「おや、憶えててくれたのか。確かナトラだっけ? 前に入店して以来だな」
「お久しぶりですお客様!!」
ルトを認識した途端、ナトラは暇そうな態度を即座に改め頭を下げた。
畏まった態度。接客業に従事しているが故のもの、という訳ではないだろう。それにしては畏まりすぎている。
ルトも一瞬だけ頭に疑問符を浮かべたが、すぐにその理由を察する。そういえば以前のトラブルの際に、自分の身分を軽く匂わせていたっけかと。
リックが気にした様子を見せていなかったので、ルトもすっかり忘れていたのだ。
「……何で姉ちゃんはそんなに畏まってんだ?」
「っ、この愚弟! アンタ前のこと忘れたんじゃないでしょうね!? そちらのお客様は……!」
「この街で一番偉い御方の関係者さ。ま、当事者でもなかったんだ。頭から抜け落ちてても仕方ないだろうよ」
「え……あっ!? 申し訳ございませんお客様!!」
ルトが軽く立場を明かすと、リックは凄い勢いで頭を下げた。やはりというべきか、気にしていなかったのではなく、気付いていなかったようだ。
「気にすんな。結構な立場であることは否定しないが、あの時も今日も非番みたいなもんだ。立場をひけらかすようなつもりはない。前のアレは例外だ」
「……ちなみに、あの酔っ払いたちはどうなったのか教えていただいても?」
「面倒だから下に丸投げしたからな……。罪人として鉱山で強制労働だったか? 殺してはないはずだが」
「ヒェッ……」
「そんなビビるな。さっきも言ったがアレは例外。度を越してなければどうこう言う気はない。だから二人とも過剰に気にするな」
動きがギクシャクしだした二人に小さく溜息を吐いたあと、ルトは話題を変える為に出店の方に視線を向けた。
簡素な布の上に置かれたいくつかのアイテム。どんな用途に使うのか、パッと見では分からないものが多い。だが全てに共通する特徴として、造りがかなりしっかりしている。アイデア云々はともかく、品質に関しては子供の発明品というレベルを越えているように感じる。
「やけに質の良い物が多いな。金属を使った物もあるじゃないか。何処かの工房にでも依頼したのか?」
「あ、いえ。その辺りは姉ちゃんが。金属加工や鉱石の精製を魔術でできるんです。少量ですけど」
「……ほう。凄いじゃないか。あまり魔術に詳しくないからアレだが、それだけできるのなら何処の工房でも引く手数多じゃないか?」
「……その、他所の工房では働きたくないんです。私は、弟の手伝いをできればそれで……」
「そうか」
あまり触れて欲しくなさそうな顔で、ナトラが言葉を濁す。
この二人が何か訳ありであるのはルトも察しているので、それ以上の追求はせずに発明品へと話を戻した。
「で、一体どんな物があるんだ? リック、説明してくれ」
「あ、はい! コレとかオススメです! 野営とかで重宝すると思うんですけど」
そう言ってリックが選んだのは、金属片と金属の棒が紐で繋がったアイテムであった。
「何だこれ?」
「あー、それ。リックにお願いされて用意した高性能火打ち石です。その棒を欠片の方で擦ると、簡単に火花が出るんですよ」
「姉ちゃん!? 俺の説明とんないでよ!」
「うるさいわね愚弟。やけに面倒な作業を強要した挙句、ただの上等な火打ち石を作らされた私の身にもなりなさい。それ、値段付けたらいくらになると思ってるの。こんな無駄に高いの買うより、普通の火打ち石を買えば済むでしょ」
「濡れても使えるんだから凄い便利なんだぞ!」
「予備買って濡れないように保存しとけばいいでしょうが!」
なにやら横で姉弟喧嘩が勃発しているが、それは無視してルトは高性能火打ち石とやらを擦り合わせる。……とても大きな火花が出た。
「……コレはどうやって作ったんだ?」
「あ、すいません。製法についての質問はちょっと……」
「いや、こっちも質問の仕方が悪かった。コレは、この棒と欠片は、リックの発想をもとに、ナトラの魔術によって生産されたってことでいいのか?」
「そうなりますね」
姉弟が揃って頷く。それを確認したことで、ルトの中でやるべきことは決まった。
二人に気付かれないように魔法を使う。そうして生み出したのは、大公の家紋が刻まれた氷のコイン。
「二人とも、悪いが今日は店仕舞いにしてくれ。以降は発明市に参加するのも控えてほしい」
「え、ちょっ、いきなり何ですかお客様?」
「代わりにこのコインを渡しておく。コレを持って二人で近日中にガスコイン公爵家を訪ねてくれ。屋敷に通すように取り計らっておく」
「……え、あの」
「それ……えぇ!?」
ようやくルトの言葉の意味を理解できたのだろう。二人は面白いほどに動揺している。
「返事は?」
「は、はい!!」
「り、了解でございます!!」
それでもルトの言葉にはしっかり従った為、最低限の理性は残っているようだ。
「いいか? 近日中に必ず訪ねろ。もしそうしなかった場合、俺の権限でもって無理矢理にでも連行するぞ」
「ヒッ。そ、それは犯罪者としてでしょうか……?」
「まさか。ただ警備隊を使うことになるだろうから、少なくとも周囲には犯罪者と思われるだろうな」
「絶対に訪ねますので勘弁してください!!」
「逃げませんので本当にお願いします!!」
絡んできた酔っ払いを鉱山送りにしたという事実があるからだろう。二人は青い顔で揃って頭を下げた。
「ククッ。ともかくだ、絶対来いよ。それじゃあな」
そんな二人の姿に意地の悪い笑みを浮かべながら、ルトはその場を後にした。
◇◇◇
リックたちの店から移動したルトは、とある人物を探していた。
「お、いたいた。探したぞ」
「あれ? かっ……坊ちゃんじゃないですか。どうしたんすか?」
「他に呼び方はなかったんかこのド阿呆」
その人物、警備に回ってるという部下の一人を発見し、雑談するかのような気軽さ要件を伝える。
「……ま、いい。二つ伝えておくことがある。他にも回せ」
「それは了解ですけど、一つツッコミいいすか? その布は一体何すか? まさか買ったんです?」
「おう。輸入品だとよ。特徴的な柄だったから買ってみた」
「んなもんどうするんすか……。いや、坊ちゃんの金なんで別にいいんですけど。で、伝達事項ってのは?」
「一つ。海猫亭ってところで働く姉弟を屋敷に招いた。ないとは思うが、そいつらがバックレないよう念の為に見張っておけ」
「……何したんですかソイツら」
「愉快な人材だったからな。ま、これはそんな重要じゃない。大事なのは次だ」
「はぁ……」
そうしてルトは告げる。なんてことのないような気安さで、されど他に聞こえないよう小声で。
「──今見せた柄は憶えてるな? 人員は任せる。発明市でこの布を売ってる奴を見張れ。関係者もだ。ただし気取られるなよ」
大公として命じたのである。
「……御意」
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