第36話 発明市での再会
帝国独自の取り組みである発明市。帝国に所属したばかりのルトにとって、目の前の光景はとても新鮮なものであった。
「なるほど。こりゃ凄い」
普通の市場とは違う。店や屋台などの上等なものはなく、並んでいるその大半が出店。地面に布を広げているような簡易的なものであり、その光景だけでここで商売をしている者のほとんどが個人規模であることが伺える。
また、売られている品も興味深い物が多い。小物から芸術品まで幅広く、傍目からではどういう代物なのか分からないような物、ガラクタの類ではないかという物まであった。
良い意味での混沌、というのがルトの感じた印象であった。賑わってはいるが、普通の市場よりは混雑していないこともまた、この場所の特殊性を強調している。異国や戦場のようなあきらかな非日常ではなく、ほんの少しだけの非日常というべきだろうか。
「予想はしてたが……」
これなら退屈はしなさそうだと、ルトは小さな笑みを浮かべた。
「店主。これは?」
「ああ。そりゃ付き合いのある職人見習いが作った指輪だ。造りがちと甘い部分もあるが、その分だけ安いぞ。気になってる女のちょっとしたプレゼントにどうだい?」
「残念ながらそういう縁にゃトンと恵まれなくてな。相手ができたら買わしてもらうよ」
「そうかい。ならその時がきたら、あっちの通りの奥にあるラビルト細工店ってとこに来てくんな。それが俺の店だからよ」
「ちゃんとした店の店主だったのか。何でわざわざ発明市に?」
「ちょっとした手助けさ。こういう奴は店には置けねぇが、それだと見習いも色々キツいからな。だからこういう機会にちょちょいと助けてやってんのさ。職人ってのは義理堅い奴が多いからな」
「成長を見越して恩を売るってことか。やり手だなアンタ」
「そりゃそうよ! じゃねぇと店なんて出せねぇさ! そんじゃ、また来てくれよなお客さん!」
「ああ」
初めは見習い品を並べる小細工屋。
「店主──」
「ああ、それは──」
次は木彫りの模型を並べていた職人。
「店主──」
「お、お客さんお目が高い──」
その次は、アレコレは由緒ある品だと長々と語った胡散臭い行商人。
「店主──」
「それはリムル国──」
その次は、キャラバンに混ざってきたという流れの絵描き。
ふらふらと当てもなく発明市を見て回り、興味深い出店があればひょいと覗く。それを何度も繰り返し、ルトは発明市を満喫していた。
その途中、ルトは興味深い出会いを果たした。
「という感じで、この柄は遠い西の国の伝統模様なんです」
「なるほど。興味深いな」
「──あれ? もしかして、あの時のお客さん?」
「ん?」
ルトが見慣れぬ柄の織物を扱う出店を覗いていると、なんとなく聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
声のした方向に視線を向けると、そこにいたの少しばかり見知った顔。サンデリカに到着した初日にルトがお忍びで入った海猫亭に務める、一風変わった少年給仕であった。
「ああ、キミはあの店の。リックだっけか?」
「あ、憶えててくれたんですか!?」
「そりゃな。あの夜は中々忘れられんよ」
「……なんというか、本当にご迷惑を」
面倒なトラブルがあったから憶えていたと語るルトに、リックは申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「終わったことだよ。それに元々気にしてない。っと、ちと待ってくれ。買い物だけすますから、少し話そう。良い物を見せてもらった。これをいただきたい」
「あ、はい毎度」
「ところで店主。質問なんだが、この種類の生地はまだまだあるのか? 今は手持ちがないんだが、できれば他の品も買いたくてな」
「ありがとうこざいます。発明市の間はこの場所でずっとやっていますし、本店の方でも扱っておりますので、いつでもお越しください」
「ああ。それは良かった」
そうして代金の払い生地を受け取り、ルトは出店を後にした。
「悪いな。待たせた」
「えっ、いえ! というか、何かすみません。お買い物の邪魔をして」
「気にするな。買い物って言っても基本は冷やかしだ」
「そうなんですか? その割には、さっきのお店の布は沢山買う気満々みたいですけど。そんなに良い品なんですか?」
「珍しいものではある。あそこは輸入品の織物を多く扱う店らしくてな。見習いの習作を売るついでに、最近入ってきた布も並べてたそうだ」
「へぇ。輸入品なら確かに中々手に入らないかもですね」
「だろ?」
購入した生地を片手で弄びながらルトが笑う。
その姿は宝物を発見した子供のようであり、それが少しばかりリックには意外に思えた。今までのルトの印象では、あまり生地などに興味を示すとは思えなかったからだ。
「服とかお好きなんですか?」
「ん? ああ、織物に拘りは特にない。どっちかと言えば珍しい物好きだ。だから発明市にいる訳だ」
「なるほど」
「そういうリックはどうなんだ? ここにいるってことは何か用があるんだろ? 買い物か?」
「あ、いえ、その……実を言うと、俺もちょっと姉ちゃんと一緒に出店の方を」
「……ほう?」
若干恥ずかしそうにしながら語られた内容に、ルトは自然と声を漏らしていた。
出会いが出会いだったが故に、ルトは目の前の少年をよく憶えていた。海猫亭で出された揚げ芋を生み出した人物であり、あきらかに高等教育を受けているであろう聡明さを持った少年。それがリックだ。
将来の夢は発明家と語っていた少年は、どうやらこの発明市で夢への一歩を踏み出したらしい。
「どんな物を売っているんだ?」
「いや、そんな大した物ではないですよ? 一応は俺が考えた物ではありますけど、大発明って物ではないですし。ちょっと便利な小物ぐらいです」
「謙遜するな。その年齢で発明品が作れるだけで十分すげぇよ」
「あはは……。そう手放しで褒められると照れますね」
少しばかり気まずそうに頬を掻く姿は、年相応の少年のもの。だからこそ余計に際立つのだ。リックという少年に宿る綺羅星の如き知性が。
ルトはリックがどんな物を発明したのかは知らない。だがそれでも、これまでに交わした言葉、揚げ芋という実績、年齢に見合わぬ聡明さ、実際にアイデアを形にする行動力を考慮すれば、彼の発明品とが相応の品である可能性は高い。
発明市が人材発掘の場というのはよく言ったもので、リックという少年は正しく市井に埋もれていた原石なのだろう。
「よし決めた! 店に案内してくれ。興味深い物があったら言い値で買おう」
「うぇっ!? いやあの、そんな気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ!?」
「そういうのじゃない。単純にリックの発明品に興味が湧いただけだ。──ああ、本当に興味が湧いたよ。キミがどんな物を作っているのかな」
ルトは密かに決意していた。目の前の少年を見極めなければと。リックがただの原石であるのか、それともそれ以上のナニカなのか。彼がどんな存在なのか、放置してはならない劇薬の類であるのかを、絶対に確かめてみせると決意していた。
それは個人的な興味ではない。このサンデリカに君臨するトップの一人として、フロイセル帝国にて大公位を戴く貴族の一人としての考えである。
「ハハッ、そんな怖気づくな。発明市は元々が新技術、または才気溢れる発明家を見つける為に実施されていたんだ。今でこそ当初の趣旨からズレているそうだが、ここで最初の理念に則ってみるのも一興ってもんだろう?」
「いやまあ、なんと言いますか、自分で作ったものをちょっとした顔見知りに見せるとなると、妙な気恥しさがですね……」
「何を言ってんだ阿呆。変なところで尻込みするんじゃない。こういう時こそグイグイ行くんだよ。じゃねえと出世できねぇぞ? そもそも自分の発明品を恥ずかしがる発明家がどこにいるんだ。ほれさっさと案内するんだよ!」
「とわっ、は、はい!」
そうして少しばかり強引ではあったが、ルトはリックの出店を目指して移動を開始した。
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