第31話 不良大公の出会い

 大通りから一本外れた通りにある酒場、海猫亭。程々の広さの店内と立地を踏まえるに、外部の人間よりも地元民をターゲットにしている店なのだろう。


「失礼。席は空いているか?」

「あ、いらっしゃいませ! えーと、あ。あちらの席にどうぞ! ……はーい、ただいま向かいまーす!」


 そんな感想を抱いて入店したルトを迎えたのは、給仕らしき少女の声と、それを掻き消さんばかりの喧騒であった。


「中々に混んでるな」


 比較的隠れ家的な印象を感じる店であったのだが、予想に反して酒場は盛況。というよりも、ルトが空いていたテーブル席に座ったことで満席となった。

 意外と知名度がある店なのかと一瞬思うも、全体的に慌ただしく感じるので恐らく違う。目につく限り給仕は三人。年配の女性給仕はベテランなのかキビキビ動いているが、ルトを案内した少女給仕は何処かたどたどしく、最後の一人である十歳程の少年給仕に至っては、疲労からか今にも目を回しそうになっていた。

 どうも店のキャパシティを超えて繁盛しているように思える。市場の店主がルトたちを見る為に周辺から人が集まっていると言っていたので、この店もその影響を受けたのだろう。

 そういう意味では売り上げに貢献したと言えるのだろうが、ルト的には『混雑の原因』と表現した方が正しい気もする。微妙な座りの悪さを感じるのが本音であった。


「キミ、ちと訊きたいことがあるんだが」

「へ? あ、はい何でしょう?」

「エールを一つと、何か酒に合うツマミはないか? 実はこの街に越してきたばかりでな。リムみたいな郷土料理系だと嬉しいんだが」


 だからだろうか。オススメを訊きながら、そのまま適当な話題を広げようとルトは考える。そうすれば一息ぐらいは付けるだろうと、少年を気遣ってのことだ。


「それなら良いのがあります。郷土料理って訳じゃないんですけど、最近ウチで出し始めた奴です。揚げ芋って言うんですけどね。酒のツマミになるって評判なんですよ」

「……揚げ芋?」


 だが少年から返ってきた言葉に、気遣いなど関係なく興味を引かれた。


「揚げ、ねぇ。あんまり聞かないな」

「あー、確かに一般的な調理法じゃないかもしれないっすね。親父さんに教えた時も知らないって言ってたし」

「……もしかして、その品を考えたのはキミなのか? 口振りからして、この宿の子じゃないみたいだが」

「あー……。まあ、はい。ちょっと色々あって、あっちの姉ちゃんと一緒に故郷から出てきたんです。この店の親父さんと父が知り合いだったので、その縁で」

「っと、悪い悪い。人様の事情に口出すつもりはなかったんだが。つい気になっちまって、余計なことを訊いた」


 少年の反応に、直ぐにルトは謝罪を返した。口を濁したところを見ると、あまり触れられて欲しい話題ではなかったのだろう。少なくとも、今日初めての客の分際で聞くべきことではない。


「いえいえ、大丈夫です。それに俺みたいな子供が教えたってなれば、気になるのも当然ですしね。と言っても、単に将来の夢が発明家なんで、色々と話を聞いたり、考えるのが好きってだけなんですが」

「……へぇ? つまり揚げ芋とやらはキミの発明品第一号ってことか」

「いやー、どうなんでしょうね? 単にこの辺りじゃ広まってないだけで、何処かにはもうあるかもしれませんし」

「その地域になくて、誰かの案を盗んだのでなければ、それはもう立派な発明だろうさ。堂々と胸を張って良いと思うぞ」

「えへへ。ありがとうございます」


 ルトの言葉に少年は照れたように笑う。あまりこの手の言葉を掛けられた経験がないのかもしれない。


「じゃあ取り敢えず、エールとその揚げ芋とやらを一つくれ」

「かしこまりました」

「あとコイツをやろう。悪いことを訊いた詫びだ」

「わっ……え?」


 注文と共に、ルトは少年に硬貨を一枚投げた。所謂チップという奴だ。妙なことを尋ねた詫びと、興味深い話を聞かせて貰った礼であった。


「そんな、しかも帝国銀貨!? 悪いですよお客さん!」

「気にするな。端金だ」

「いや結構な額ですよ!?」


 何でもないように応えるルトに、少年は慌てながら声を上げた。与えられたチップがフロイセル帝国で造られている銀貨、銀の含有量が多く国際社会において信用度がとても高い代物だったからだ。帝国金貨のような、一般市民では滅多にお目にかかれないという程ではないにしろ、子供に対するチップとしては破格も破格。少年の反応は当然と言えるだろう。


「良いから取っておけ。小さい癖にずっと働いてるんだろ? 偶には苦労がうんと報われてもバチは当たんねぇよ」

「あ、ありがとうございます! 俺、リックっていいます! もし良かったらまた来てください! うんとサービスしてくれるよう親父さんに頼んどきますんで! 勿論今回も頼んでおきます!」

「ああ、楽しみにしとくよ。それよりほれ。そろそろ行った方が良い。お目こぼしも限界だろう。お姉さんだっけ? チラチラ睨んでるぞ」

「やっべ!? すいませんっ、じゃあ失礼します!」


 そうして一度ルトに頭を下げた後、リックと名乗った少年は早足でテーブルから離れていった。その足取りは軽い。雑談のお陰で一息付けたのか、それとも思わぬ臨時収入に疲れが吹き飛んだのか。


「……にしても、発明家ねぇ」


 どうしたものかねと、ルトは慌ただしい店内を眺めながら小さく呟く。

 小さな身体でチョロチョロ動き回るリックと、サボっていたことを咎めたいのかそんなリックを時折半眼で睨む姉。姉弟仲は良好そうだ。


「妙な縁ができたもんだ」


 思い付きのお忍びだったが、その成果はお気に入りの店が一つと、興味深い少年との縁が一つ。


「揚げ芋とエールです。すいません、何か弟がお世話になったみたいで。お礼にお芋、ちょっと多めに盛ってあります」

「ああ、こりゃどうも」


 リックの姉が苦笑と共に運んできたのは、エールが並々注がれたジョッキと、黄金色に輝くスティック状の芋。

 リックの姉には気にするなと軽く返し、ルトは早速アツアツの芋を一本口に運ぶ。


「──ああ、美味い」


 丁度良い塩加減に、ホクホクとした食感。なるほど、これなら酒に合うのも当然だ。

 ゆっくりと芋を味わった後、こっそり魔法で冷やしたエールを呷る。


「……美味いな」


 リムから始まり、辿り着いた一杯。人に、料理に。僅かな時間で出会い過ぎなぐらいに出会った。

 それはルトの中で、感傷に浸るにあまりあるものだった。





 ──だからこそ、


「アアッ!? どういうことだもういっぺん言ってみろ!!」


 何処からか聞こえてきた怒声は、ルトの神経を逆撫でするには十分過ぎた。

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