第21話 皇帝と、神と神 その一

 帝国の聖域たる玉座の間。そこで待ち構えていたのは錚々たる面々であった。

 華美ではないが品の良い衣服に身を包んだ男たち。まだ青年と呼ばれるぐらいの者から、壮年、老年と呼ばれる年代の者まで幅広い。だが年齢にバラつきこそあれど、上位者として相応しい風格を備えていることは共通しており、彼らが帝国において高位の家の当主、または大臣などの重要な役職に就く役人であることは明らかだ。

 そんな帝国を支える要人たちの中でも、一際ルトの目を引いたのは二人。



 一人は玉座に座す巌のような男。この場において玉座に座る資格を持つ唯一の存在。あまり帝国の人間に詳しくないルトですら、数多の異名を諳んじることができる程に有名な男。帝国史、いや人類史にその名を刻むことが確約されたと伝えられる偉大なる皇帝。【天龍帝】フリードリヒ。


 もう一人は玉座に最も近き場所で控える少女。人では有り得ぬ髪と瞳、なにより覇気を放つ人外の特徴を持った美しき乙女。逸話はほぼ伝説として大陸全土に広がり、その知名度故に誰もが彼女を識り、例えそうでなくともルトだけは『同族』故に本能で理解できる超常の怪物。国をも焼き払う劫火を操る現人神。【炎神】アクシア。



 帝国の頂点。帝国の神。大陸屈指の超大国を回す御歴々の中で尚、突出した地位と力を持った二人は、不敵な笑みをたたえてルトのことを見つめていた。


「──そなたが新たな魔神か」


 重厚な言葉が玉座から放たれる。

 唐突に行われた声掛けに、思わずルトは面食らう。本来の謁見の手順ならば、拝謁を願う者が所定の位置に着き、跪くことで初めて為される行為がだ。しかし、ルトは跪くどころか、まだ事前に伝えられた位置にすら辿り着いていない。

 さてどうするかとルトが悩むも、それは一瞬。その答えは形式を蹴っ飛ばしたフリードリヒ自身によって齎された。


「済まぬな。跪く必要はないと伝える為に、ちとばかし早めに声を掛けた。立ち位置は先の通達通り。なんならそこでも良いぞ?」

「……ハッ」


 告げられた言葉に数多の言葉が湧き上がるも、ひとまず全てを呑み込みルトは事前の連絡通りの場所まで歩く。跪くことは……僅かに悩んだが結局しなかった。無礼講という言葉を鵜呑みにすると物理的に首が飛びかねない世界であるが、流石にルトの立場と力を踏まえればまず有り得ない。むしろフリードリヒの性格的に、言葉に反し跪いた方が面倒そうだと判断した。

 事実、萎縮することなく堂々と立つルトの姿に、フリードリヒは満足そうな顔で頷いた。


「うむ。素直で、それでいて自身の立場を理解していて大変結構。これなら建設的な話し合いができそうだな?」


 ニヤリと悪餓鬼じみた笑みを浮かべるフリードリヒを見て、ルトはこの謁見の空気を理解した。現段階でも非常識極まりない流れであるが、これは一貫して続くだろうなと。形式や格式など無視した、真面目な者なら頭を抱えるであろう内容の謁見となるであろうなと。

 そもそも伝え聞くフリードリヒの性格を考えれば、破天荒な言動もまた違和感はない。下手な横紙破りは自身を安く見せるだけだが、フリードリヒの性格と、なによりルトの異常性を踏まえれば妥当とすら思えるだろう。なにせ『魔神格の魔法使い』の臣従という、あまりにも前代未聞な出来事なのだから。


「さて、と。まずは自己紹介といこうではないか。我こそはフロイセル帝国が皇帝、フリードリヒである。うむ。新たな魔神とこうして言葉を交わせるとは、全くもって思っておらなんだ。人生とは実に面白いな?」

「……私も同じくでございます。偉大なる皇帝陛下とこのような形で拝謁できるとは、全くもって思っておりませんでした」


 方やフリードリヒはこの世に新たな魔神が現れたことを笑い。方やルトは小国の王族、それも庶子たる己が大陸屈指の大国の頂点と謁見している事実に嘆息し。両者揃って、最後にはこの結末へと導いた運命へと笑いを零した。……ルトの方は乾いたものであったが。


「いやはや、本当に不思議なものだ。ランドの王族と顔を合わせるなど、精々が戦後処理ぐらいだろうと思っておったが、蓋を開けて見ればどうだ。よもやこのような形で実現するなど、誰が想像できようか」

「……全くでございます」


 それは雑談、というにはあまりにも重い内容だ。一つの国家の趨勢、それも限りなく実現する可能性の高かった『もしも』の話は、常識的に考えれば謁見の本題として扱われてもおかしくない。

 ただ恐ろしいことに、この玉座の間はそういう場所なのだ。小国程度の趨勢は雑談扱い。もっと重大な事柄、それこそ複数の国家の未来が左右されかねないレベルのものを扱うのが帝国の聖域。正しく人類史が紡がれる歴史の要所の一つ。


「思い返せば、此度の一件は終始予想外に満ちておったな。開戦の切っ掛けは一人の阿呆の愚行から。そして万全の兵力で戦を始めれば、新たな魔神格たるお主が現れ。戦局がひっくり返されたかと思えば、自ら捕虜へと下ったという。……一度起きた予想外は重なるものだが、それにしたって限度というものがあるわ」

「……当事者たる私が述べるべきではないのは承知しておりますが、心中お察し致します」

「これ程空虚な同情もないが……まあ、良い。結局のところだ。始めの一点さえ除けば、全てにお主の思惑が絡んでいる。我が国をここまで振り回したその手腕、魔神格という力が背景にあったとしても見事なものだ」


 故にこそ、この場においてフリードリヒから賞賛の言葉を賜ったルト本人は。


「報告により既に知ってはいる。だが改めて問う。故にお主も嘘偽りのない言葉で語るのだ」


 この人類史の紡がれる場において、主題となっているルトの処遇は。


「氷結の魔神ルトよ。お主の望みは一体何だ?」


 数多の国の未来を揺るがす、歴史の転換点に他ならない。




 ーーー

 あとがき

 何か、前話が投稿ミスとか思われてるようですが、アレは仕様です。詳しい理由はTwitterで呟いてますが、端的に言って時間がなかった。打ち切りエンドでもないので悪しからず。

 前話のあれは幕間というか、これから始まるハイライトへの繋ぎみたいなもの。だからあとがきも無しにしました。……ぶっちゃけ語感のキリが良かったから。この話もいい感じキレそうだったからぶった切った。だから短いです。

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