第19話 帝国を支えし柱たち その2

 フリードリヒの号令により、ルトについての話し合いは本格的なものへと移行した。


「さて。まずリーゼの印象から聞こうではないか。世話係を道中していたという兵からも話は聞いたが、実際に会ってみてどうであった?」

「そうですわね。取り敢えず、基本的には報告書通りの方ではありました。最初こそ作法に気を使っておりましたが、一度態度が崩れるとかなり……その、ご自分に正直な方なのだという印象をありありと受けました」


 そう述べながらリーゼロッテは思い出す。先程までの茶会におけるルトの言動の数々を。

 貴人に対する言葉遣いは最初だけ。リーゼロッテが誘導した後は、それは一気に崩れた。見るに堪えない、聞くに耐えない野卑な言動、という訳ではない。曲がりなりにも王族としての教育は受けていたようで、作法の類はリーゼロッテの審美眼でもギリギリ及第点は付けられるものであったし、挙げる話題も茶会では不適切な類の内容のものはなかった。むしろ緩い空気を演出していたこともあって、通常の社交の場では聞けないような話が聞けて新鮮だったぐらいだ。……本当に、色んな意味で新鮮だった。


「なんと言うのでしょう……。私、茶会の場であそこまでキッパリと『嫌だ』や『知るか』という言葉を使う方、始めて見ました」


 あまりに新鮮だった為に、リーゼロッテは今この場でもその時のルトの表情と声のトーンを鮮明に脳裏に浮かべることができた。

 確かに茶会の場ではルトの方が立場が上だと説明したし、それは偽りのない事実である。だが、リーゼロッテの知っている茶会、いや社交の場というものは、立場が上であっても言葉遣いには気を使っていた。貴人らしい物言い、端的に言ってしまえば上から目線かつ無駄に迂遠な言い回しで、嫌味ったらしくチクチク相手を刺していくのが上位者の立ち振る舞いであり、ルトのように話したくない話題や、知識のない話題をバッサリ一言で切り捨てる者は始めてであった。報告書ではルトがそういう性格なのは知っていたが、実際に目にすると中々の衝撃だった。


「ハッハッハッ! それが己の力に絶対の自信を持つ者の態度よ。幾ら取り繕ったところで、内面の不遜さは隠せぬ。まあ、この場合は隠してはいないがな」

「うむうむ。皇女を前にしてその物言いができるのなら大変結構。力だけ持って芯を持たぬ奴よりはずっとマシじゃ」

「僕としては、しっかり取り繕う気概を見せたところが高評価ですね。至高の力を持ちながらも、ちゃんと此方を立てるつもりでいてくれてるのです。となれば、我々とルト殿で主義主張がぶつからなければ、共存することは十分に可能と言えるでしょう」


 そうしたルトの態度は、意外なことにフリードリヒたちからは好評だった。ルトが『力がある癖に他人の意見に流される傀儡の卵』や、『最強の力を背景に皇族にすら歯向かう野心の塊』ではなかった為だ。

 勿論、そうしたルトの性格は既に報告書に記されていたし、アズールからの報告でも上がっていた。だがやはり、実際に接することで得られる生の印象というのは重要だ。それもリーゼロッテという確かな『目』を持つ者からの情報は、フリードリヒたちにとっては千金の価値がある。……尚、同じように報告をしたアズールが信用されていない訳ではない。彼女もまた武の名門と名高い家の子女であるし、その言葉もまた相応に重いものだ。ただやはり、皇族としてを教育を受け、クラウスやライオネル程ではないが優秀と呼ばれるリーゼロッテの言葉の方が信用できるというだけである。


「他には何かあるかのぅ?」

「……重要そうなところで言えば、魔法で何ができるかいうのは訊ねてみました」

「へえ。手の内を問うか。中々に思い切ったことをしたねリーゼ」

「勿論、あくまで雑談の範囲ですわ。手の内というよりは、はっきり断る性格というのを確認する為に問うたのです」


 リーゼロッテがやったのはそう深刻なものではない。『これはいかがorどうですか?』といった類の、それもルトが苦い顔をするような質問を、茶目っ気を演出する為に繰り返していただけだ。


「ふむ。それで彼の者はなんと? そもそも答えたのか?」

「……意外なことに。私も驚きました。特に隠すこともせずにあっさりと」


『嫌だ』や『手の内を明かす理由がない』、『言えるか』といった言葉が飛んでくると予想していたリーゼロッテにとって、ルトがあっさりとできることを語ったことは本当に驚きだった。


「内容と致しましては、『氷を生み出し操る』、『距離に関係なく物質を凍結させる』、『任意の対象の動きを止める』、『認識を凍結させる』などです。他にもできることはあるそうですが、語るとキリがないからと切り上げられました」

「ふむ。全て報告に載ってあったな。また随分と応用の効く魔法のようだな」

「確か侵攻軍の陣中にて、氷の彫刻などを造っていたとか。やはり物流にも色々と利用できそうな魔法ですね。念の為協議に挙げとくべきか……?」


 リーゼロッテの言葉を聞き、フリードリヒとライオネルはルトの魔法の運用についてそれぞれ思考を巡らせはじめた。ルトが積極的に働く性格ではないのは二人とも承知の上であるが、それを踏まえてどうやってルトと交渉するべきかを考えるのが政である。故にこそ、帝国における偉大な為政者である二人はそこに一切の妥協をしない。


「うむうむ。中々によく己の力を理解しておるの。どれだけ掌握しているか、一度確かめてみるべきじゃの」


 対して、帝国における武の象徴にして守護神たるアクシアは、愉快そうにリーゼロッテの言葉を吟味していた。アクシアはアクシアで、なにやら悪巧みを行っているようだ。

 そんな三人の、特にアクシアに様子にリーゼロッテは不安を抱く。


「あの、ハイゼンベルク夫人? なにやら不穏な言葉が聞こえてきたのですが……」

「そうかの? 戦力の把握は大切なことじゃぞ? 」

「いや、そうかもしれませんが……」


 なるほど。確かに戦力把握は重要だ。特に魔神格はデタラメの化身のような存在。何ができるか、どのぐらいの規模でできるかなどをある程度でも把握しておかなければ、マトモに運用することもできない。何なら安心して眠ることすらできない。

 だからこその戦力把握と言われれば、リーゼロッテとしても頷くしかない。更に言えば、この世で最も魔神格について詳しいであろう同類のアクシアが実施するのが合理的であるとも。

 だが、アクシアの呟きに混ざる不穏な色が、リーゼロッテには恐ろしい。ルトの不興を買うのでないかと、そんな『もしも』が頭を過ぎるのだ。


「なに、安心せよ。話を聞く限り、かの魔神は合理の化身じゃ。それが真に必要であるのならば、大人しく受け入れる人種じゃよ。多少の文句は言うかもしれんがな」

「そうなのでしょうか……? 確かにルト様は合理的な方ではありましたが」

「断言しても良いぞ。そやつはフリードリヒの同類じゃよ。さもなくば報告にあるような奇行に走らん」


 そう言って笑うアクシアに、リーゼロッテは首を傾げる。奇行と合理は対局に位置するものではないかと。いやそれより、そもそも何故父が挙がるのかと。

 そんなリーゼロッテの様子に、アクシアは再び笑ってフリードリヒを指差した。


「よし丁度良い機会じゃ。リーゼよ、お勉強じゃ。お主の中でフリードリヒはどんな男じゃ?」

「偉大な皇帝にして父ですわ」

「おお! なんと嬉しいことを言ってくれるのだリーゼよ! 愛いやつ愛いやつ」

「……では、今の親バカ丸出しの言動に、いや普段のガサツな言動全てをどう思う? 性格だからしょうがないと思うか?」

「豪放磊落な姿もまた指導者としての資質かと。人を惹きつける天性の魅力ですわ」

「はい残念。こやつのこれは天然じゃないぞ。今の気色悪い顔も合わせて全部計算じゃ」

「……え?」


 予想外の言葉が返ってきたことで、リーゼロッテは固まった。……計算? これまで見てきた父の姿が?豪放磊落という言葉が相応しい偉大な皇帝の姿が?

 咄嗟にリーゼロッテはフリードリヒの方を向く。そこには未だにデレデレとだらしのない笑みを浮かべ──否。


「っ……!!」


 一瞬にしてフリードリヒの表情が変わった。だらしのない笑みはもとより、先程までの豪快な雰囲気すら霧散した。表情から滲み出るのは鋭き知性。纏う雰囲気は底の見えぬ湖の如く。



 ──これがあの父か? 先程まで場末の酒場の客のような雰囲気だったあの父か? そんな訳がない。ここまで底知れぬ恐ろしさを放つ父を私は知らない!!



 混乱する頭の中で、リーゼロッテは確かに聞いた。目の前の父、その本性を晒した怪物の声を聞いた。


「良いかリーゼ。真の合理主義者は笑みを絶やさぬ。欠点を隠さぬ。完璧であることをせぬ。然も己が合理主義者であると、賢しらに振舞ったりはせぬ。何故ならそうした方が合理的だからだ」


 それはリーゼロッテの頭に大きな衝撃を与えた。言われれみればその通りである。なにせ賢しらに振る舞えば、平時はもとより失態を冒した時の反発はより大きくなる。ならば普段から隙を見せ、それこそ先程までのフリードリヒのような振る舞いをした方が反発は少ない。合理的である。

 言葉にすれば単純な理屈。だが、言うは易しとは正にこのこと。


「つまりだ、分かってる奴というのは何らかの形で隙を作っている訳だ。頭良さげにスカした奴より、我みたいに豪快な奴の方が恐ろしいということよ! 一つ賢くなったなリーゼよ!」


 いつの間にか、フリードリヒの雰囲気は見慣れたものに戻っていた。その切り替えの早さには脱帽だ。まるで今見たのが幻だったのかと思う程。最早別人の域だろう。

 そんな風にリーゼロッテが感心していると、アクシアが一度だけ手を叩いて意識を引き戻した。


「さてリーゼよ。ここまで言えばもう分かるのう?」

「ルト様もまた同じだと、そういうことですか……」

「そうじゃ。まあ、怠け者かつ変人の類ではあるだろうがな。それでも言動は明らかに分かっている奴のそれじゃ。定期的に欠点を晒しておるし、奇行の類は少々過剰じゃ。……まあ、ちとあからさま過ぎる節があるが、これは多分自然な感じに取り繕うのが面倒じゃったんじゃな。やるだけやっているが、途中でぶん投げてるあたりは生来の気質が出ておるの」

「なるほど……」


 紙と人伝の情報だけで、そこまで看破してみせるか。全員の反応を見る限り、この場で分かっていなかったのはリーゼロッテのみ。

 ああ、なんと目標は遠いのだろう。帝国を支えし太き柱と比べれば、自分のなんとか細く頼りないことだろうか。


「そんな訳で、彼の魔神の性格的に試したところで問題は起きぬと妾は踏んだのよ。なに、剣を交わしてのみ伝えられることもあると聞く。妾たちが試しにぶつかり合ったところで、仲が深まることはあれど拗れることはあるまいよ!」


 そう言って呵呵と笑うアクシアを見ながら、リーゼロッテは思う。

 何時か私も目の前の三人と、そして新たに加わるであろうもう一人の太き柱と並びたってみせると。

 幼き白銀の姫君は、心の中で誓いを立てたのであった。




 ーーーー

 あとがき

 セルフ締切を盛大にオーバーしてしまった……ちくせう。1回書き上げて納得いかなかったのでまるまるもう1話かいたせいです。超疲れた。

 今回書きたかったこと。ルトの奇行に意味はあった。以上。これだけ書くのに4000文字オーバーするんだよ小説って……。


 あとご報告ですが、ちょっと十五日までうさぎは立て込んでおりまして、更新できるか微妙となりますので、よろしくお願いいたします。

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