第16話 帝国到着
「……なるほど。見事な街並みだな」
ルトがクラウスからの報告を受けてから十日。現在、ルトたちはフロイセル帝国の首都【べーリー】にいた。
その理由は至極単純で、皇帝フリードリヒの名のもとにルトへの召喚の命が下ったからだ。
そんな訳で、命令を受けたルト、ルトの護衛兼付き人としてハインリヒ、帝国での案内役兼報告役としてアズールの三人と、彼らを乗せる馬車が帝国の首都べーリーへと旅立つことになったのである。尚、ハインリヒ以外のルトの部下たちは侵攻軍のもとでお留守番である。道中で問題が起ころうとルトがいれば大概なんとかなる為、わざわざ余計な人間を連れて移動速度を落とすこともないだろうという判断である。
「にしても、流石は二大巨頭たる帝国。首都まで遠いこと遠いこと……」
「そうですなぁ。馬車、それも『軽駿馬』を使った高速馬車で十日も掛かるとは思いませなんだ。ランドなら端から端まで何往復できるのやら」
「冗談抜きで人数絞ったの英断だったな」
これまでの旅路を思い出しながら、小国出身の二人は呆れにも似た感嘆を零す。
ルトたちが乗っている馬車は通常の物とは異なり、侵攻軍が保持していた馬車の中でも、要人の運送・避難として移動に特化した性能のものである。
馬車を牽引するのは【魔獣】、通常種から魔法を使う形で派生進化を果たした獣の一種である『軽駿馬』。魔獣の中でも高い移動力を備えた馬で、走る際に浮力の力場を発生させる魔法を使い、身体に掛かる負担を軽減することで通常の馬よりも速く、そして長く走り続けることができる。
これに加えて馬車本体は軽量かつ頑丈な専用の木材で造られており、更に御者も『軽量化』の魔術を扱える専用の人材である。
こうして馬、本体、御者の三点に拘った馬車の走行能力は通常の馬車の倍以上を誇る訳だが……。そんな超高性能な走行能力を持つ馬車ですら十日の日数が掛かる辺り、帝国の広大さというものがよく分かる。
「改めて思うが、伝令も大変だったろうな。侵攻軍からの連絡は伝書鳩を使ったそうだが、返信は兵が運んだんだろ? しかもかなりの短時間で移動したとか」
「ええ。彼らはその道の専門家ですから。知っての通り、帝国の影響力は国内に留まりません。重要かつ急を擁する連絡を国外にまで飛ばすことも少なくないのです。そうした時の為に、高速かつ長距離を駆けることができる専門の伝令兵を帝国では育ています」
「なるほど」
アズールの説明にルトは内心で舌を巻いた。情報伝達に対する姿勢がかなりのものだ。更に詳しくアズールに訊くと、帝国ではその広大な領土をカバーする為に、伝書鳩などが積極的に取り入れられているそうだ。また、新たな情報伝達の手段も常に模索されているらしく、画期的なアイデアを出した者には莫大な報奨金が与えられると皇帝の名のもとに宣言されているのだとか。
「情報伝達の他にも、皇帝陛下の名のもとに褒美が約束されている物が幾つかございます。市民の中には、新たな発明による一攫千金を狙う発明家も少なくありません」
「流石は技術大国。新たな発明を獲得することに余念がない」
これは大国になる訳だと、ルトは苦笑を零す。新たな知恵を市井にまで幅広く求めるその姿勢は、技術の発展の上では欠かせないものではある。だが、社会制度として身分というものが浸透している現代において、身分問わずの国家事業を展開するなどそうそうできることではない。
それを実現させたのは、まず間違いなく皇帝を始めとした国家上層部の『発展』に対する貪欲さ。常識など知ったことかと蹴っ飛ばすような柔軟な頭脳の持ち主が、帝国には数多く存在する証拠であり、帝国が大陸の二大巨頭として君臨できる理由の一端と言えるだろう。
「ルト様も何か発明が、もしくは面白いアイデアがございましたら、帝国技術省の方にご連絡ください。ルト様でしたら、その柔軟な発想で素晴らしい閃きを為されると信じております」
「いやいやいや。それは過大評価が過ぎるよアズール殿。ついでに言うと、そういうのはできれば遠慮したい。新技術は軍事転用されることも多い。あまり関わりたくはないんだ」
「……左様でございますか。まあ、新技術は確かに外交における有効な一手となることもございます故。ルト様は国政に関わりたがらない気質のようですし、気が進まないというのならば仕方ありません」
「……色々と言いたいことはあるが、一つだけ言わせろ。その『外交』には戦争も入ってるだろ絶対」
「否定は致しません」
「おっかないなぁオイ……」
平然と言い切るアズールに、ルトは呆れ顔で肩を竦める。戦争とは外交の最終手段であり、通常ならば避けねばならぬものだ。それを外交における当然の選択肢の如く語る辺り、帝国の気質というものが如実に現れている。……まあ、領土を広げることを重要視している帝国にとっては、『他所からぶんどる』という手っ取り早い選択肢が最終手段として埋もれる訳が無いのだが。
「……ま、だからこそランドとの戦争があんなに早く始まったんだろうな。あの人数と物資を短期間で集約させて戦争開始とか、これだけの領土がありながらよくやったもんだ。ましてや切っ掛けがあんな予測不可能な馬鹿の暴挙。それでも見事にやってのけたあたり、常日頃から有事に備えてる証拠だ」
「当然でございます。『有事の際に慌てて準備をしても遅い』とは、我が国の兵士が最初に叩き込まれる教えでございますれば」
「末端の兵にまでそれを叩き込んでいるか。筋金入りだな」
またもや強国たる所以を見たと、ルトは頬杖をついて嘆息する。
戦争、いや戦争に限らず大抵の物事というものは、どれだけ準備ができているかで決まるものだ。つまり戦争などの有事はただのお披露目会でしかなく、実のところ平時こそが戦争の本番である。これは戦争というものを理解している者ならば常識ではあるが、末端の兵、家業を継げなかった三男以下の者がなることが多い下級兵では、こうした道理を理解している者が少ないのが普通だ。
だが帝国では違う。そうした戦争のセオリーを末端にまで浸透させているのだ。『末端の兵は何も知らずに上の命令に従っていろ』という風潮が強い現代において、その意識の差はあまりにも致命的だ。思考停止している者が大半の軍隊と、最低限全員が考える下地がある軍隊では、伸び代が違い過ぎる。時代が進めば、その分だけ加速度的に他国との差は開くことになるだろう。
最早戦争に対する熱意が根本から違うと、ルトからすれば笑うしかない。
「まあ、今回の戦争に関して言えば、併呑による国境の変化に対応する為に、ギルセ地域に通常より多くの兵を割いていた部分も大きいのですが。それがなければ、あの早さでの侵攻は流石に実現できなかったかと」
「なるほど。つまり運が無かったと。……技術力、戦力、経済力に加えて、運にまで見放されたか。こりゃ多少の延命をしたところで無意味だな。ハインリヒ、我らが祖国も長くはなさそうだぞ?」
「……殿下。そこで私に振らんでください」
「ハハッ。確かに意地の悪い問い掛けだったな。まあ許せ」
打つ手無しと首を振るルトに対して、ハインリヒは小さく溜息を吐く。ハインリヒは国を捨て、ルトに仕えることを選んだ者の一人だ。故にランド王国の行く末に気を揉むことはない。思うところが無いと言えば嘘になるが、それは己が信念を揺るがすようなものではない。敢えて言うのなら、ルトという文字通りの『神の奇跡』が起きても尚、滅びの運命から逃れられぬランド王国に、世の儚さを感じてしまうぐらいだろうか。
そんなハインリヒの様子にルトは苦笑を浮かべ、話題を変える為にパンッと手を叩いてみせる。
「さて、辛気臭い話はここまでとしておこうか。そう遠くなさそうな未来よりも、目先のあれこれこそが重要だ。なにせ、もう直ぐ目的地のようだからな」
その言葉と同時に、ルトたちの乗る馬車が動きを止めた。どうやら城門へと到着したようで、御者が門番に用向きを尋ねられているのが聞こえてくる。
そして幾つかのやり取りの後、再び馬車が動き出した。
「……ふむ。遂にという感じか。この後は一体どうなるんだろうな? アズール殿、何か分かることはあるか?」
「申し訳ありませんが、私めには分かりかねます。恐らく本日はお二人とも王城にて旅の疲れを癒し、ルト様は近日中に皇帝陛下との謁見という形になるとは思いますが……。流石に断言はしかねます」
「まあ、それはそうか」
アズールから返ってきたのは、ルトが思い描いていたものと同じ予想であった。
当然と言えば当然だ。如何にアズールが帝国の人間とはいえ、この旅の間はルトたちと共にいたのだ。その状況で城内でのスケジュールを把握できる訳がなく、答えられるのは自身の経験と知識を基にした予想が精々だろう。
「仕方ない。多少恐ろしくはあるが、出たとこ勝負といこう」
「そこまで身構える必要はないと思うのですが……」
「何を言うんだアズール殿。こっちは滅亡間近の小国の出だぞ? 大国中の大国たる帝国の王城に足を踏み入れるとなれば、当然緊張の一つもするさ。だろう? ハインリヒ」
「そうですな。殿下は兎も角、少なくともこの老いぼれには中々に刺激が強いと言っておきましょう」
尚、そう宣う二人は実に和やかな表情を浮かべていた。ハインリヒはその長年の経験から、ルトは自身に宿る理外の力と生来の図太さから、緊張らしい緊張を感じさせずに飄々とした様子で笑いあっている。思わずアズールが『どの口が……』と呟きそうになった程だ。
「ま、流石に今のは冗談だがな。ただ、ある程度は不測の事態が起きる覚悟はしている」
「……不測の事態ですか?」
「ああ。と言っても、襲撃とかそういう暗い話じゃなくてな。こっちの予想もしない出迎えを受けるんじゃないかって身構えてるんだよ。なにせ俺は魔神格。冗談抜きで予想ができん」
「なるほど。そういう意味ですか」
ルトの言葉にアズールも納得の声を上げる。言われてみればその通りであり、ルトの存在は一切の誇張無く今後の国勢を左右させるものである。ついでに言えば、従属を申し出た魔神格などまず間違いなく帝国の歴史において初の事態だ。悪いようにされることはまずないだろうが、どんな対応がなされるかは全くの未知と言えるだろう。
「馬車を降りたらそのまま皇帝陛下の御前に突き出される、なんてことも下手すりゃ有り得るからな」
「それは……」
通常ならば、謁見とは叶うまでに多大な時間を要する。然るべき手続きをもって謁見を願い、許しが下るのを待つ。許しが下り、日時を指定されて初めて成立するものだ。
業務の調整や権威付けという観点から、こうした過程が省かれることはまず有り得ないのだが、魔神格という超越者が相手となると例外が適用される可能性も低くはない。
故にこそ、ルトは表に出さない程度に身構えていた。
『皆様、ご到着致しました』
──そして、その判断は正しかった。
「っ……!?」
役目故に最初に馬車を降りたアズールから、息を飲む気配が発せられる。
続いてハインリヒ、最後にルトが馬車から降りると、そこに通常とは異なる軍服に身を包んだ歴戦と思われる兵士たちと、片膝を着くアズールの姿。
そして
「お初にお目に掛かります。氷結の魔神様。私はリーゼロッテ・クラム・フロイセル。貴方様を出迎える大役を御父様、皇帝陛下から賜りし者でございます」
──幼き白銀の姫君がいた。
ーーーーー
あとがき
初っ端からセルフ締切破ったけど、一分はセーフ!一分はセーフ!! これはただのタッチの差なので! 単に姫様の名前を悩んでただけだから! 最終的に時間なくて咄嗟に決めたけども!
更に言うなら、この『あとがき』も投稿してから書き加えてる裏技使ってるけど! とりあえずセーフということに……してくれません?
まあ、それはそれとして。作中におけるちょっとした補足を。
今回、【魔獣】という存在が出てきましたが。コイツらはよくあるファンタジー小説にでてくるモンスターではありません。
人間という『猿』が魔法を使えるのならば、他の動物も魔法が使えてもおかしくないという発想のもと生まれた生物カテゴリです。突然変異的に魔法が使えた獣が、それを子供に継承していった結果一つの種として枝分かれした存在ですね。
その為、扱う魔法は人間が使うような複雑なものではなく、種としての特性を補助、または欠点を補う形のものとなっています。そうした理由から扱える魔法も一つか二つです。……まあ、毒とか持ってる動物の延長みたいに思って頂けると。
但し、他のファンタジー作品に比べて本作の【魔獣】の脅威度が低いという訳ではありません。ただでさえ己の武器を活かす為に進化を繰り返してきた獣たちが、更に最適化された追加の牙を得たのです。その悪意無き悪辣さは容易く人を脅かします。……尚、ファンタジーしている獣も極稀に発生しますので、地味にこの世界はハードモード。
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