第15話 【無能】で【不良】な王子様 その三

前書き

こちらは二話連続投稿した後半ですので、前話を読んでない方は一つ前からお読みください


ーーー



 さて。かなり話が脱線したが、今回の目的はルトの朝食を作ることだ。雑談も悪くはないが、そろそろ本題に入るべきだろう。


「取り敢えず、と」


 ルトがそう呟くと同時に、目の前に氷でできた机と包丁が現れる。


「……相変わらず便利っすねぇ」

「だろ?」


 部下たちの呆れ混じりの賞賛に、ルトはニヤリと笑って答えた。

 この数日の間に行われた暇潰しによって、既にお馴染みとなったルトの氷を使った物質創造。ルトのイメージに左右されるとはいえ、小物から建造物クラスの物までその場で創造できる極めて利便性の高い魔法である。

 今回は机を調理台にして、本物の刃物と遜色ない鋭さを誇る氷の包丁で強筋鴨を捌くつもりであった。その場で創造したことで、清潔さが保証されているからこその野外調理である。


「んじゃ、捌くか。おい、助言頼む」

「あ、はい。了解っす」


 ルトの言葉に従い、猟師の家系に生まれた部下の一人が横に付く。

 それを確認してから、ルトは氷の包丁を握った。


「因みにどんな品にする予定ですかい?」

「先に内臓を抜いて丸焼きだな。外傷無しで殺した新鮮な鴨だぞ? ならやるべきはコレだろ」

「あー、良いっすねぇ。でもそれなら、先に火を通して血を固めた方が良いんじゃないすか? 腹裂いたら折角の血が流れますよ?」

「血流も停止できるから安心しろ。ついでに変なとこ切っても中身が出ないようにもできる」

「うわマジで殿下なんでもありっすね! ならそっちでも良いか。腹裂いた方が火の通りも早いですし」

「おう。お前に頼みたいのは内臓の抜き方だな。俺も一応知ってはいるが、あんまり自信はなくてな。その辺りを教えてくれ」

「あー、なるほど。内臓は美味いんですけど、処理が面倒っすからねぇ。今回は廃棄が無難すね」


 二人の話合いによって、大変滑らかに鴨の調理法が決まっていく。尚、料理人もかくやという二人の話合いに、他の面々が唖然とした表情を浮かべていたりする。なにせ当の二人は料理人ではなく王子と兵士である。兵士の方は猟師の家系出身ということでまだ納得できるが、王子の方は明らかにおかしい。慣れた手つきで鴨の尻から包丁を入れ、内臓をまさぐっている辺り本当におかしい。


「……あの、ルト様?」

「んー?」

「色々と言いたいことはあるのですが、まずこの一点を。料理ができるとは仰っていましたが、それはもう料理とは別種の技術では?」

「まあな。城抜け出した際に仲良くなった、猟師のオヤジから習った技術だし」


 そう語るルトの腕には、見事に抜かれた内臓類があった。更に追加で心臓や肺を引っこ抜いている辺り、アズールは本当に頭が痛くなった。


「……では、次。丸焼きなどと言っておりましたが、血抜きとかはなさらないのですか?」

「え、何で?」

「何でと言われましても……。血抜きしなければお肉が臭くなるではないですか」

「あー……」

「あるあるっすねぇ……」


 アズールの言葉に二人は納得の声を上げた。それはアズールの言葉を認めた訳ではなく、半端に知識を持つ者特有の勘違いを感じとったが故である。


「アズール殿、その認識は間違いだぞ。血は別に悪いもんじゃない。新鮮な血は問題なく食べられるし、ソースとかにだって使えるぐらいだ」

「……そうなのですか?」

「血抜きって言うから紛らわしいんすけど、あれの本当の目的は肉を冷やすことなんすよ。血は腐敗しやすいんで、死体の温度だと簡単に傷んじゃうんすよねぇ。肉が臭くなるってのは、肉というよりも血の臭みが肉に移るのが原因なんす」

「だから逆に、こうやって外傷無しに仕留めたり、殺したばっかの獲物は雑……いや血が傷んだりしてないから、わざわざ血抜きとかしなくても大丈夫なんだ」

「なるほど……」


 二人の説明にアズールは素直に感心する。アズールも軍人ではあるが、やはり元は貴族の子女である。軍人かつ、やんごとなき姫たちの世話係として侍る為に調理の心得こそあるが、ここまで生々しく専門的な知識は流石に持っていなかった。……尚、国の規模こそ違えど、アズールよりもやんごとなき立場にいる筈のルトがその手の知識に詳しいことは、もうキリがないので目を瞑ることにした。


「さて。下処理も済んだし焼くか。おい、誰か薪を」

「はいはい。了解ですよ」


 ルトの指示に従い、手の空いてる部下の一人が手早く自前の火打ち石を使い、無駄のない動きで火をつける。


「……で、この後はどうやって火に掛けるんすか?」

「こうする」


 そう言ってルトは鴨を火の上に置き、そのまま空中で停止させる。


「あとはこのまま遠火でじっくりだな。いい具合に焼けてきたら、停止を緩めてひっくり返す。で、適当な頃合で塩振って完成だ」

「……便利過ぎるなぁ殿下は本当に」


 魔神格の魔法使いとしては甚だ間違っている気がするが、その辺りの疑問を一旦棚上げて考えると、ルトは正に万能な性能であった。部下たちが呆れを通り越して感嘆を零すのも無理はない。なにせルトが一人居るだけで、手ぶらであっても獲物の調達から調理までこなせるのだから。魔神格の戦闘力を抜きにしても、実に出鱈目な生存性能である。


「……一段落したし手を洗うか」

「あ、では今魔術で水を──」

「いや、自分で出せるから大丈夫」

「……それも魔神格としての力ですか?」

「何言ってるんだ? 普通に基礎的な魔法、帝国で言うところの魔術だよ。 王族なんだから通常の魔術も最低限は使えるに決まってるだろう?」

「……左様で」


 更に概念操作意外に、通常の魔法もある程度使えることがここで判明した模様。本当に何でもありである。


「……ところで殿下。すげぇ美味そうな匂いがしてきたんですが、これヤバくないですか?」

「……お前ら仮にも部下だろうが。主の飯を狙うじゃねぇこのド阿呆」

「それはそうなんですがね!? でもしょうがないじゃないですか!!」


 部下の一人が堪らず叫ぶ。事実として、そこにはあまりにも暴力的な美味の気配が満ちていた。

 肉の焼ける匂いは否応無しに食欲を刺激し、脂が滴り『ジュワッ』と火に溶ける音は古代から連綿と続く食事の原風景を想起させる。遠火でじっくりと炙られ、照り輝く肉の様は強制的に人の喉を上下させる暴力装置に他ならない。

 そしてなにより強烈なのは、この鴨肉がルトの魔法によって特殊な処理が為されていることだ。腹が裂かれ内臓こそ抜かれているが、出血はほぼゼロに抑えられた事実上の『丸焼き』。その場で〆るでもしない限りまず食べることができない未知のご馳走であった。


「……はぁ。今回の件が一段落したら、今日みたいに色々と停止させた獲物をくれてやる。だからその爛々とした目は止めろ……」

「マジっすか!?」

「言ってみるもんだなぁ!!」

「お前らも人のこと言えねぇぞマジで……」


 騒ぐ部下たちにルトは大きく溜息を吐く。人のことを散々『不良』やらなんやらとツッコミを入れてきた癖に、自分たちはちゃっかり主から肉を強請っているのはどういう了見なのだろうか?

 ルトに似た図太い性質の者たちが惹かれて集まったのか、ルトの性格に影響され染まっていったのかは分からない。ただ唯一分かるのは、やはりルトと部下たちは特殊な関係性を築いているということだけである。


「……まあ、良いか」


 頭に浮かんだ呆れの感情は棚上げし、ルトは焼かれている鴨肉に視線を戻す。

 全体的にこんがりとしたきつね色に照り輝く鴨肉。それ即ち頃合の証明である。


「そろそろかな、と」


 そう言いながら鴨肉を掴む。凍結を司るルトにとって、焼かれた肉の熱など怯むようなものでは無い。故にこそルトは鴨肉を鷲掴み、それはもう豪快にかぶりついた。


「あぐっ…………」


『バリッ』という子気味良い音が辺りに響く。鴨自身の脂によって、半ば素揚げ状態になった肉が齎した音だ。

 それと同時に顎へと伝わる強い歯ごたえ。『強筋』と名のつく通り、他の鴨と比べて広範囲の渡りをすることで有名なこの鴨は、通常よりも引き締まった筋肉を備えている。それ故に強い歯ごたえと、肉そのものに宿る強烈な旨味が特徴の高級食材だ。

 そして最も特筆すべきは、肉全体に宿る独特の風味。その正体は『血』だ。ルトが語った通り、新鮮な血は極めて栄養価が高くソースにも利用できる。そんな天然のソースが余すことなく詰まっているのだ。肉全体に広がるレバーの風味、それも臭みの一切ない新鮮な最上級のレバーペーストが、純粋な鴨肉の旨味と調和する形で口の中に広がるのだ。


「……うまっ……」


 不味い訳がない。不味い訳がないのだ。肉を頬張るルトの顔に、自然と笑みが浮かぶ程だ。

 パリパリの皮に弾力のある肉質。肉の旨味、脂の旨味、最上級のレバーの風味。それらの要素を更に磨き上げる塩のキレ。野外で鳥の丸焼きに豪快にかぶりつくというシチュエーションも最高だ。

 余計な感想など要らない。ただ美味いという一心で、ルトはガツガツと鴨の丸焼きに食らいついていく。


「うわぁ……」

「美味そ……」

「っ、……」


 その光景はあまりにも魅力的であった。部下たち揃って喉を鳴らし、軍人であると同時に淑女でもあるアズールの心すら一瞬揺らす破壊力を備えていた。


「──ふぅ……」


 そして十数分後。そこには見事に鴨丸々一匹を食らい尽くしたルトがいた。

 満腹だと腹を擦るルトが浮かべるのは、ここ最近で最も満ち足りたと言いたげな笑みである。食とは生物が生きる上で欠かせぬ要素にして、人が人足り得る為に必要な心の潤いを齎す娯楽だ。そういう意味では、ルトの心はかってない程に潤っていた。



 故にこそ、



「──本国からの返答があったから届けに来たのだが……。また美味そうに飯を食っていたなルト殿。遠目からでも分かったぞ?」

「クラウス殿下か。そりゃお恥ずかしいところをお見せした。にしても、随分と早い返事じゃないか」



 唐突にやってきたクラウスと、休暇の終わりを告げる報告にも、ルトは不敵に笑ってみせることができたのであった。



ーーー

あとがき

……なんとなく書いてみたけど、料理描写ってこんなんでええのじゃろうか……? 因みに何かそれっぽいこと書いてますが、作者は料理はあんまりしませんし、詳しくありません。職業の関係で包丁が扱えるぐらいです。作中の説明はネットと漫画知識です。


ぴーえす。前話のあとがきでも書きましたが、作品人気に便乗してTwitter始めました。名前はそのままモノクロウサギ@monokakiusagiです。お暇な人はフォローを……。

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